3章 生活崩壊の危機
1話
目を開ける。
すると、飛び込んでくる都会のビル群。
視界の8~9割を占める灰色の建物たち。
時折、色鮮やかな建物もあるが、ほとんどは灰色。
上を向けば、雲一つない青空。
快晴と言って差し支えない、いい天気だ。
ただし、その視界にも灰色が、多数存在する。
その場で周りを見てみる。
俺が立っているのは、灰色が囲む開けた空間。
目の前には、スクランブル交差点。
信号機の三色が目に入ってくる。
周りは人人人人。地面が見える部分はない。
皆が一様に、下を向いてスマホを触っている。
そのためか、俺の視界はほぼ灰色と黒しか映らない。
徐々に、空も信号機も人の肌も灰色となっていく。
色と音が消えていく。
ふと、右手の重みに気付いた。
握った何かを目の前まで持ってくる。
スマホだ。
画面には『限定! はずれなしガチャ』の文字が。
10連ではないことを少し残念に思うが、一瞬のこと。
疑問を持たず、いつもと同じように、もはやルーティーンである画面のタップ。
演出が流れる。最高レアリティを表す、虹色が画面から溢れ出す。
驚いて手を放すも止まらない。
次第に、視界が虹色へと染まる。
そこで俺の意識は途切れた。
………………
…………
……
目を開ける。
見えたのは白い天井。一部青いところがある。
先ほどまでの虹色はない。
そのままボーッとした。
さっきの光景を思い出し……そうとするが、もう忘れている。
何か現実的じゃないことを見た気がする……
そのまま時間だけが過ぎていく。
ふと、のどの渇きを感じた。
ずいぶん長く寝たんだな……
冷蔵庫にコーラ、あったっけ?
そうして、ベッドから出るために上体を起こした時だ。
いつも見ていた光景と違っていて、面食らってしまった。
……そうか。
異世界に転移して、魔神と戦って……
俺の目には、壁の一部が崩れ、外の景色が見える部屋が映る。
外に騎士が2人、この部屋に人が入らないよう立っている。
ここは少し高い位置にあるのか、町の光景の一部が見えた。
屋根から土を落としている者。
崩れてしまった家屋の廃材を運んでいる者。
地面に積もってしまった土を移動させている者。
女も男も老人も子供も、皆が何かしら作業をしている。
自分が寝ているベッドを見る。
見るからに高級そうな、今まで止まっていた宿のベッドより数段グレードが高い。そんなベッドだった。
目前の光景に見入っていた時、女性の不思議な声と共にドアのノック音がする。
そちらへ目を向けると、使用人風の女性が入ってきた。
……こういうのを侍女と言うんだったか?
そんな関係ないことを考えていた時だ。
「あお%$ヴぃ'#(whお%&あd? dgうぇsめ」
……?
女性の話したことが理解できない?
思わず首を傾げてしまった。
俺の様子を不思議に思ったのだろう。
そんな感じの表情をしたまま、再度話しかけてきた。
「ぃwr”#$ws?」
やっぱり理解できない。
これ、やばいんじゃ……
冷や汗が出てくる。
言葉が通じない……日本でも外人と話せなかった俺が、異世界で言葉が通じない。
これが意味するところは……
俺、詰んでね?
その後、女性は必死に声を掛けてきたが、その全てが理解できない。
俺が一人で落ち込んでいると、女性は部屋から出ていった。
話しかけるのをやめて、他の仕事に向かったのだろうか?
頭を抱えた。
1年半いるからと言っても、言葉が通じなければ何もできない。
コミュニケーション能力は高くないし、ジェスチャーで伝えられるとも思えない。
これからのことを考えると憂鬱だった。
しばらくすると複数の足音が近づいてくる。
ドアをノックして入ってくる、先ほどの女性。
なんだ。諦めたわけじゃなかったのか……
後ろには、領主のミゼルと娘が付いてきている。
それと騎士が2名と従者っぽい男が1人。
ミゼルは俺の前まで来て、話しかけてきた。
「dgうぇrl。tじyq#kぁ’l?」
やっぱり聞こえない。
俺は首を横に振る。なんとなく、そうしないといけない気がしたからだ。
ミゼルが一つ頷き、従者が持っていた盆から小さな箱を取って、俺に渡してきた。
黙って受け取る。ミゼルを見ると、開けるようなジェスチャーをした。
従って開けると、箱の中には指輪が一つ。
もう一度ミゼルを見ると、指にはめるジェスチャーをする。
……正体が分からない指輪。
いや、ミゼルは信用できる。
俺はミゼルに従って、左手の中指に指輪をはめる。
中指だったのは、手の中間でカッコ良さそうに見えたから。特に意味はない。
「どうだね? 私の言葉を理解できるか?」
途端に鮮明となったミゼルの声。
目を見開いて、首を縦に振る。
「そうか。それは良かった。その指輪は、翻訳の指輪だ。ダイガク殿の過去を詮索するつもりはないから、安心してくれ」
言葉が通じなくなったことに、疑問を感じたのだろう。
それを詮索しないと言ってくれたのは、明確な意思表示。
本当にありがたい……
「さて。ダイガク殿も起きたことだ。腹が減っていないか? 食事を用意してある。巨人……いや、魔神と言ったかな? あれからのことも話そう」
そうして、俺たちは食堂へ移動した。
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