10話

「供物を指定してください」


目前のウィンドウに表示される文字。

今まで一度も使ったことがない、今日が最初で最後、初めて使うシステム。


まさか使う日が来るとはな……


しみじみと感じるものがある。

ウィンドウを触る指が、一瞬止まる。


……今さら戸惑うわけにもいかねぇ。

それに、選択順を間違えたら一巻の終わりだ!



贄システムは、選択した対象が供物とされ、すぐにデータから消える仕様だった。

しかも、一度に全てを指定できない。

ES運営の「必殺技はロマンだ! そこにドラマがあるし、発動までに魅せる演出。時間がかかって当たり前だよね!」というふざけた理由で、供物を順次、指定する形となった。


昔、あるプレイヤーが引退する時、課金要素のデータを先に指定したため、ブーストしていたステータスなどが下がってしまい、しょっぱいダメージしか与えられないこともあったのだ。


今は命がけ。順番を間違えて、魔神を討伐できませんでした テヘッ! では済まされない。





顔を上げる。

なぜか、攻撃してこなかった魔神を見ながら、言葉を紡ぐ。



「ゴールドを指定」


瞬間、約1京ゴールドと表示されていた所持金が、0ゴールドへと変わる。



「所持アイテムの全てを指定」


別ウィンドウで表示していたインベントリから、アイテムが次々と消えていく。

月々の給料や、年一回のボーナスを注ぎ込んで獲得したアイテム群……

今なら言えるっ!


「くっ、殺せ」

「!? どうされました?」

「あっ。い、いや、なんでもありませんよ! ハハハハ」


近くの騎士に聞かれてしまった。顔が熱くなる。

この時、俺は考えが至らなかったのだ。その代償はすぐに表れる。


「なっ!? そなたは何をしておるのだっ!」

「キャァァァァァァ!」


ん? なんでこっちを見て……

自分の体を見下ろすと、程よく引き締まった腹とその先にある我が息子……



ギャァァァァァァァ!?


慌てて股を隠す。


「……何か理由があるのか? ダイガク殿」


すぐ冷静になった、ミゼルに聞かれる。

少し離れているミゼルの娘は、顔を両手で隠しつつ、隙間からこっちを覗いていた。


「すみません。あいつを倒すために必要だったのです」

「……分かった。誰か羽織れるものを持ってきてくれ! ……私たちに手伝えることはあるか?」

「おそらく、準備に時間がかかりますので、魔神の注意を引いてくれればと」

「そうか……」


努めて冷静に返事をする。

従者っぽい服装の男性に、ローブを貸してもらう。

いつの間にか、丘の麓に騎士や冒険者が揃っており、着替えている間、ミゼルの演説が聞こえた。



「諸君! よく集まってくれた。時間がないので簡潔に言おう! 奴を……あの巨人を倒せるかもしれない」


集まった者たちがざわざわと騒ぐ。


「だが、発動までに時間がかかるそうだ。そこで、諸君には巨人の注意を引いてもらいたい」


その言葉に、急に静かとなる。


「死ぬ可能性もある。だがっ! 誰かがやらなければならない。やらなければ……我々の後ろにいる者たちが! この国の人々が! そして諸君の大事な人が、死ぬこととなるだろう。……お願いだ。力を貸してくれ!」


着替え終わって、ミゼルの方を見ると、少し頭を下げていた。


「……なぁに言ってるんですか。力を貸すのは当たり前ですよ! そうだよな、みんなっ!」

「おう! 命令してくれよ! ミゼル様っ」



集まった者たちの中からそんな声が聞こえ、次々に協力の声が上がる。


「ありがとう。ありがとう!」


騎士ロイに後を任せ、皆の前から離れたミゼル。

目を覆っている手の隙間から、光るものが落ちていた。








「全体、突撃ぃ!」


それから少しして、集まった騎士や冒険者が、魔神へ向けて突っ込んでいく。

贄システムの発動は、タイミングを合わせることとなった。



「ステータスを指定」

10億あったステータス(LUCのみ千)が全て1になる。

なぜか、HPとMPは対象外だ。


途端に、体から力が抜ける。

さっきと同様、両膝を地に着けるが、それでも体が前に倒れていく。

慌てて両手を突き出し、四つん這いになる。

それから、何とか体を起こして続きを


「称号を指定」

「スキルを指定」


ステータス欄にあった、大量のスキルと称号が消えていく。

やっぱり、捨てきれない思いもあるが、発動したものは仕方がない。



「MPを指定」

魔神との戦闘後、2割ほどになっていたMPが1になる。

体から、さらに力が抜ける感覚。

両手で支えるのが辛くなって、両肘を着いて土下座のような姿勢に。

精神的にものすごく疲れた気がする。体の怠さがヤバイ! そして眠い。



「え、HPを指定」

殴り飛ばされて、残6割ほどのHPが1に。

その瞬間、丘に叩きつけられた以上の痛みが、一気に襲い掛かって来る。


カハッ!?


声すら出ない。

全身から血が噴き出し、揺れる地面が真っ赤だ。

肺や喉も血で塞がったのか、呼吸もできない。


不意打ちで襲ってきた全身の痛みに、意識が朦朧とし、継続する痛みで意識が戻ってしまう。

俺の血を吸って、グジュグジュになったローブが重い。

姿勢を保つために、腕や足に自然と入っていた力が抜けて、前へと倒れる。

地面との距離が近づいていく。


「大丈夫ですかっ!?」


倒れる体を誰かに支えられた。

混濁する視界で、横を見るとミゼルの娘が。


「お嬢様っ!? お召し物が汚れて……」

「そんなことを言っている場合ですかっ! 私たちのために、瀕死になっているのですよ!」


言い争う声が聞こえる。

ミゼルの娘が言い返す。が、相手は聞く耳を持っていないようだ。

そのうち、ミゼルの娘が相手を無視をして、こちらの呼吸を確かめるように、口の前へ手を持ってきた。


「血で塞がって呼吸が……申し訳ございませんっ!」


上体を起こされ、勢いをつけた掌底が胸に入る。


「グッ! ゴホッガホッ、ボッホホォ……」


口から大量の血を吐き出し、何とか呼吸することができるようになった。


「今、回復しますから。あなたたち! 何をしているのですかっ! 早くこちらに来て手伝いなさい! 大いなる光の神よ~~」


誰かを叱責し、そのまま回復魔法の詠唱を始めた。

が、贄システムを発動した時点で、回復魔法は効果がない。

当たり前だ。回復と贄の無限ループを、ES運営が許すわけない。


俺は、手を出して止めさせた。


「どうして……もしかして、効果がないのですか?」


頷いておく。




そして、供物の指定を続ける。


「か、かきn、課金……要素を……指……定」


ウィンドウに表示されていた課金項目、その全てが消える、若しくは、グレーアウトになっていく。


これで、ESのシステム上、捧げられる供物は全てだ。

だが、これだけでは足りない。


俺より課金している廃人が、その潤沢な資金と膨大な時間を使ったデータで、打ち上げた花火。

それでも『忍耐の魔神』のHPを、3~4割削るのがやっとだった。


これだけでは救えない。






横を見る。

端正な顔付き、父親と同様に意思が強そうな目。

顔のパーツも整っており、スラっとした鼻、瑞々しい唇。


俺を支えたことで、色々なところに血が付いているが、そんな状態でも絵になる容姿。

戦闘用なのか、騎士の鎧っぽい出で立ちだ。イメージは、物語に出てくる姫騎士が近い。

そんな中で、髪は日の光を反射し、黄金に輝いて見える。


俺の語彙力では到底、表現できない美少女。




俺みたいな人でなしだって、最後ぐらい良い思いをして、いいよな?


「すま……ない」

「! 何でしょうか?」

「最……後に……キスを……して……くれる……か?」


眉間に皺が寄る。


やはりダメか……


そう思った時、顔を両手で挟まれた。

そのまま、彼女の顔が近づいて、唇が重なる。


「………………」


初めてのキス。

その味は、俺の汚れた血のせいで、鉄っぽい味がする。


少しして、離れていく彼女の顔を見ると赤くなっていた。


「その……またしてあげますから。死なないでくださいね?」


言葉を発した真っ赤な唇は、とても妖艶だった。

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