5話

さて、マズイことになった。


シーン……と静まり返った執務室。

俺の「町壊滅の責任ってどれくらい?」って発言に、誰も答えることができない。

いや、皆分かっているのだろう

俺と、考えが一致しているなら……



「おそらく、パンタラント家の取り潰し……だろうな」



ミゼルの言葉で、重力が増したと感じるぐらい、空気が重くなる。

バーベルを背負ってるみたいに、物理的に重い。


やっぱりそうだよなぁ。

そして、それをされると、俺の生活保障が無くなる。

平野に1匹、雑魚学ザコ まなぶが出来上がってしまう。



「皆、気にすることはない。私たちを思ってくれるのは嬉しいが、今は町のことを考えよう!」



その後、皆で色々考えたが、いい案は浮かばず。

ミゼルが話を戻した。






すぐに決めるべきは、王都から帰ってくるまで、領民に何をさせるかだ。

俺は、おそらく褒美が出るとのことで、王都まで同行することになった。

その間、指示を出せる人間が、いなくなる。

ちなみに、前の領主代理は死んだ。

領民を置いて逃げようとして、魔神の攻撃に当たったらしい。

運がないな。


パンタラントから王都までは、馬車で片道一か月とのこと。

最悪、ミゼルが帰って来ない可能性もある。

約二か月以上、俺たちがいなくても、領民が活動できるように、考えなければならない。

明日以降も大事だが、今は撤去作業がある。



「だから、左右の山まで行ってだな?」

「それは人が足りなければ、意味がないでしょう!」



会議はこんな感じで、全然進まない。


フゥ。どうするか……


そこで、ふと思い出した。

異世界へ来た当初、現実感がなかった俺は、手当たり次第に鑑定を使っていた。

その時に見た、周囲のステータスを。



「皆さん! Lvってどうされていますか?」

「……いきなり、何を言い出すのだ!? 今、そんなことは」

「大事なことなんです。教えてください」



文官の一人が怒鳴ってきた。が、無視だ。

今はそれより、気になることがある。



「冒険者が一番高いだろう。ダンジョンに良く潜っているからな。ついで騎士、兵士か。警備や遠征を行うし、周囲の村に出現したモンスターの、討伐も行っている」

「では、領民はどうですか?」

「? なぜそんなことを聞く?……そうだな、町の中や外で仕事をしているが、モンスターの討伐はしないから……Lvは10以下ではないか?」



……なるほど。

方向性が見えた。



「では、こういうのはどうでしょう?」



そうして俺は、自分の考えを口にして、賛同を得られたのだった。




………………

…………

……




日が暮れた、一日の終わり。

まだ、巨人の影響が色濃く残る、町の中。

友人知人の亡骸が放置されたまま、悲しむことも許されない人々。

作業に追われ、クタクタになって、寝床へ戻る途中だった。



「パンタラントの諸君! 領主のミゼルである!」



町の中央。岩が当たって崩れた、噴水の前で。

領主ミゼルの演説が始まった。

大きな音を立てれば、モンスターに気付かれる可能性もあるが、こういうのは早い方がいい。



「集まる必要はない。その場でどうか、私の話を聞いて欲しい」



拡声の魔法を使った声は、建物がほとんどない町へ響いていく。

遠く遠く。城壁の近くにいる、人々へも届く。

気になって、広場に集まる人も多い。

薄暗い中、遠くからどんどん、灯りが集まってくる。



「我々は巨人に勝利した! これは誇れることだ!」



ミゼルの言葉に、反応する者は皆無。

皆、俯いている。

それだけ、巨人が残した爪痕は大きい。



「だが、パンタラントは壊滅的な被害を受けている。これは諸君らも知っての通りだ!……以前の日常を取り戻すために、諸君らが頑張っていることも、私は知っている」



泣き崩れたり、拳を握りしめる者が多数。

忘れるために作業へ没頭しても、いつかは現実が戻ってくる。



「……失われた命は取り戻せない。それは事実である。そして! 今! この時も! 失われ続けている、ということも…………それでも我々は、前を向いて、未来を掴む必要がある! 亡くなった者たちの……ためにもだ!」



一時的に、人の心を動かすのは割と簡単だ。

自身の思ったことを、自身の言葉で、自身の感情を込めて。

そして、相手のことを考えて話す。

今のような状況であれば、もっと簡単だろう。

全員に届かなくてもいい。半分だけでもいいのだ。


事実、大半の人間がミゼルへ視線を向けた。



「そして、救われた命があることも、理解してほしい。この地に残っている諸君らは、散って逝った者たちの、行動が起こした奇跡であると!」



静かに。だが確実に。

ミゼルの言葉は、民衆へ伝わっていく。



「私は宣言しよう! たとえ、何十年かかろうとも。私の人生、全てがかかろうとも。この地に、再びパンタラントを蘇らせるとっ!……そして、パンタラントの復興には、諸君らの力が必要だ! 頼む! 私に力を貸してほしい」



ここに、サクラは存在しない。

民衆に紛れて、ミゼルの話に合わせて盛り上げるような、そんな人間は存在しない。

だから、話が終わった後の歓声は……大地を震わせるような雄たけびは。

純然に、ミゼルが領民の心を、動かした結果。



異世界からの来訪者は、その輝かんばかりの光景を見て。

そして、一人の人間として。

密かに目頭を押さえていた。




………………

…………

……




「さて。私の意気込みは、語らせてもらった。次は、新しい代官に挨拶をしてもらおう!」



しばらくして、ミゼルが言った内容に、困惑の声が聞こえてくる。

そりゃあ、こんな時に代官を変えるのは、普通に考えたらおかしい。

俺だってそう思う……代官が死んでいるのは置いて。

ミゼルに呼ばれて、近くへ向かう。その間も紹介が続いている。



「彼は、あの巨人と単身で戦った英雄だ! 皆も知っているだろう。最後に儀式魔法を発動させ、あの巨人を見事に討伐した、真の英雄」



そこまで聞いて、察した人間の多いこと。

視界の端に、驚愕の表情をする人々を映しながら、俺はゆっくりとミゼルの元へ歩いていく。

いやだいやだ、と思いつつ……



「彼が新しい代官だ! パンタラントの英雄、ダイガク殿だ!」



瞬間

先ほどよりも、大きい歓声が上がる。


やめてやめてやめてやめて!

大した男じゃないから、やめて!


ミゼルの横まで行くと「後は任せるよ」と言って、ミゼルは端の方へ移動した。


えっ! 一緒にいてくれるんじゃないの!?


一人残された俺氏、困惑する。

顔を上げれば、今まで経験したことのない目線が、こちらに向けられていた。

心臓の鼓動が速くなる。ドクンドクンと頭の中で鳴っているような。

足も手も震えているし、頭の中は真っ白だ。

直前まで考えていた内容も、吹き飛んでいる。



「……え、えと……あの……その……」

「…………」



じっと、言葉を待つ人々。

直視できずに、俯いてしまう。

何か言わないと、と思って、とりあえず話を始める。



「みみみみ、皆さん。は、はは、初めまして。だ、ダイガク……と、という、冒険者ですぅっ!?」



どもった上に、噛んでしまった。

笑い声や応援の言葉が聞こえてくる。

顔が熱くてたまらない。



「りょ、領主ミゼル……様には……だだ、代官として……に、任命して、していただき……本当に、か、感謝しております! こ、これから……は、皆さんの……暮らしを、さ、さ、支えるためにっ!? 頑張って行こうと」

「何言ってんだよっ! お前はっ!」



突然、聞こえてきた怒声。

驚いて、声の方を見ると、こちらを睨みつける男たちがいた。



「お前に代官を任せられるかっ! この裏切り者がぁ!」



その一言に、周りの人たちへ不安が広がる。

好意的な目が、懐疑的な目に変わっていった。



「こいつはなぁ、巨人が山ぁ投げた時、一番に逃げやがったんだ! 俺たちを見捨ててなぁ!」

「俺も見たぜ! 南門を一人で飛び越えて、逃げやがった!」

「ハムスリグが死んだのも、こいつのせいだぜ! 二人で酒飲んでるところを見たし、その後置いて、出ていったからなぁ!」



その後も、男たちが次々に声を上げる。

内容が事実だけに、俺は何も言い返せない。


やはり、俺に代官は荷が重い。


しばらく続いた罵倒で、周りからも非難の目を向けられている。

一言「私は代官にふさわしくありません」と言えばいい。

そう思って、口を開いた。



「だったら、おっちゃんたちは討伐できたのかよっ!」



またも、突然聞こえてきた声。

今度は大人ではなく、子供である。

声の出所には、悪ガキの姿が。



「あぁん! 何だと! このクソガっ」

「そんなに言うんだったら、おっちゃんたちが、町を守れば良かっただろ!」



その言葉に、一瞬固まる男衆。

当たり前だ。放置ゲームのチートがあっても、全てを犠牲にするしかなかったんだから。

この男たちが、討伐できるはずがない。



「なんで黙ってるんだよ……どうせできないんだろ! お前らと違って、兄ちゃんは巨人を倒したぞ!」

「ッ!? このクソガキ!」

「そうやって、罵るしかできないお前と違って、兄ちゃんは俺たちを助けてくれた。逃げたっていいじゃないか! 俺だって怖かったんだ……それでも兄ちゃんは、俺たちを助けてくれたじゃないか!」

「…………」



男は、歯を食いしばって、体を震わせている。

すると、急に走り出した。少年へ向かって真っすぐに。

だが、周りの人たちが止めに入る。



「どけぇ! そのガキは許さん!」

「ハァ!? お前らこそ邪魔だ! 俺たちはダイガク様を尊敬しているんだ。逃げたことを非難するつもりは、元からねぇんだよ!」



取り押さえられ、抵抗できない男たち。

騎士や兵士が動かずとも、民衆の間で完結してしまった。



「ダイガク様ぁ! 町を救ってくれてありがとぉ!」

「店が復興できたら奢るから、絶対来てくれ!」

「よっ! パンタラントの英雄! 代官としても期待してるぜ!」



次々と、応援の声が寄せられる。全部、好意的なものばかりだ。

悪ガキ共も、口に両手を当てて、何やら叫んでいる。

人々の声が、次第に「ダァイッガク! ダァイッガク!」と、ダイガクコールに変わっていく。

俺が、その光景に唖然としていると、ミゼルに肩を叩かれた。



「皆、君を必要としている……もちろん私もだ。だから、胸を張ってくれ! ここに君を否定する人間は少ないさ」



周りを見回す。

見える範囲の人、全員が笑顔だ。

先ほどの男たちや、似たような人の姿は見えない。


……先ほどの視線は俺の勘違い。

最初から、ここにいる人たちは俺のことを……


胸に込み上げる何か。

いつの日か、失くしてしまったモノ。

こんな俺でも、大勢を笑顔にできる喜び。

自然と涙があふれていた。

こんなに望まれたら……やるしかないじゃないか!



「俺は……代官になった、ダイガクという者だ」


静かな滑り出し。声は震えている。


「先ほどの男が言った通り、俺は一度逃げた。皆を置いて……自分だけ助かろうと思った。奴には勝てない、と諦めていたからだ」


事実は認めるべきだ。言葉にして。


「……だが、丘の上で振り返れば、皆の姿が見えたんだ。日々笑い、励まし、共に過ごす皆の姿が!」


その時の思いを言葉にして……伝える。

伝えなければならない。


「俺には力があった。助けられる力が! だから行動できた。結果は皆が知っている通りだ」


伝わった思いは伝播する。

たとえ、電波がなくても、物理的に繋がっていなくても。

この空間にいるだけで。


「今の俺に、力はない。皆を守れるような力は。 そんな俺に出来るのは一つだけ……皆を支えるだけだ」


俺は既に、戦う力を持たない役立たず。

何かを成せるような力も、持ってはいない。

それでも!


「こんな……こんな俺でも、ついてきてくれるだろうか?」



一瞬の静寂。

ダメかと思った次の瞬間には、割れんばかりの大歓声だった。

地震が起きているかのような、声だけで空間が揺れている。

俺の視界も、不自然に波打っていた。


ほんと、こんな冴えない男のどこがいいんだか……


ふと、昨日の夢を思い出した。

スマホから溢れた出た虹。


……神様よぉ。単発ガチャだったけど、これは確かに最高だわ。


深まる夜闇の中。

天から照らす月を見上げ。

俺は、人生二度目の覚悟をした。






すっかり、日が落ちた後。

明日からのことを、領民に説明する。

そうだなぁ……まずはこれからだろう。



「皆にはこれから、モンスターを狩ってもらう!」



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実は、4話のところで。

遺体による疫病を書こう! と思って忘れてた。

「……etc」に入ってるから! 大丈夫だから!


そして演説回。

……国や企業のトップは、考え方違うんだろうなぁ

と思う私は、似非ヲタク。

そう、私が思う、人心の動かし方だ!

成功例はない!


以上!

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