4話

さて、まずは世間話から。



「最近はどうですか? 町の暮らしなど、いかがでしょう?」



俺が聞いた瞬間、キョトン、とした表情をするシャカンさん。

そして、笑い出した。

何かツボるとこ、あったか?



「ククク……あっ! 申し訳ございません。その、可笑しかったもので……ククッ」

「……どこに、笑う要素がありました?」



まさか、ヤバイ人間じゃないよな?

普通、世間話から入るんじゃないのか? こういうタイプは。



「ダイガク様は時間を大事にされる! と聞きましたから、世間話をされるとは思わず……気分を害されたのであれば、申し訳ございません」

「いや、それは大丈夫ですが……誰から聞いたんですか?」



そう言った瞬間。

シャカンさんの雰囲気が変わった。



「それは秘密でございます」

「……そうですか。秘密では仕方ありませんね」

「……詮索しないので?」

「話したくないのでしょう? それに、女性の秘密を知ろう! とは思いません」



女性に、秘密を聞くのはタブー。

異世界でも、それは共通だろう。



「冗談です! 子飼いの者たちに、お願いをしただけですから」



俺は無言で、後ろの騎士を見る。

騎士は頷きを返して、部屋を出て行った。



「どこまで聞いていますか?」

「流石に、過去は分かりませんでした。が、そうですね……運動をされたり、政務をされたり……そうそう、区画整理も始まるそうじゃないですか」



……区画の話は、数日前に決まったばかりだ。

外部へ漏れても問題はないが、それを既に知っている ということは。


内部の情報も収集できる、優秀な人間がいるのか?



「優秀ですね」

「ええ。自慢の子たちです」



隠す気もないのだろう。

微笑んだ表情のまま、淡々と口にしている。

この女性は危険だ! と俺の心が言っている、と思う。


勝手な想像だが、裏の人間は、自分の欲望を満たすために平気で裏切る。

物欲、金銭欲、それに嫉妬や怒りなどの負の感情。

理由は様々だが、欲を満たせるなら、より条件のいい相手を選ぶだろう。

利害が一致する相手と、取引したいのは俺も同じだ。


目前の彼女は、何を求めている?

相手の要求次第だが、裏切る可能性も考慮するべきか……

これなら、さっきの男たちの方がマシだ。


眉間に皺が寄る、のが自分でも分かる。

そうして黙考していると、シャカンさんが話しかけてきた。



「考え事ですか?」

「……ええ。これからどうしようかな? と」

「そうですねぇ。とりあえず、私を喜ばせてみるのはいかがでしょうか?」

「……」



何を求めている?

目的が見えない。つかみどころがなくて、不気味なぐらいだ。

直接、聞くべきか?



「ダイガク様もお忙しいと思います。なので、単刀直入に。私は、ダイガク様……あなたが欲しいのです」

「……はぁ?」



えっ! どいうこと?



「私、優秀な人間を集めるのが趣味でして。ダイガク様を一目見て、惚れてしまったのです」

「……」

「どうしても手元に置きたい! ずっと傍にいて欲しい! その思いで、心が満たされているのです」



席を立って、俺の横に座りなおすシャカンさん。

そして、俺の左手を抱いてきた。

左腕が、彼女の豊満な胸で包まれる。

目と触覚の両方に、童貞には厳しい衝撃の嵐。

だが、次の瞬間には、背筋に悪寒が走った。

脳裏になぜか、ファミル嬢の顔が浮かんで。


急いで振り払い、距離を取る。

シャカンさんの顔を見ると、相変わらず微笑んでいた。



「振られてしまいましたね」

「いきなり誘惑されれば、誰だって警戒するでしょう」

「フフッ それもそうですね……話を戻しましょう。私の目的は、先ほども言った通り、あなたを手に入れること」

「……本気で? 冗談ではなく?」

「ええ、本気です。マジ! って奴ですね」



俺に、それだけの価値はないだろうに。

すると、やはり裏があるか。



「まだ、疑っておられますね? それほど、自分に自信がないと?」

「当たり前ですよ。私がやっているのは普通のこと。何も特別なことはしていません。見て、聞いて、分かるでしょう?」

「……なるほど。ダイガク様に自覚がない、ことが分かりました」



俺に自覚がない? どいうことだ?


それを聞く前に、シャカンさんが俺の前に跪いた。



「もう一度、言わせていただきます。私は、あなたが欲しい! そのためであれば、私は国にだって歯向かいます」



見上げてきた表情と、眼を見て。

俺は、シャカンさんが本気だと言うことを、理解した。

良く見た眼だ。

目的のためには、死をも恐れない。

覚悟を持った、眩しく光り輝いている。


その動機が俺、という事実は置いて。

彼女は、本気で俺に協力しようとしている。


……本当は、町を守りたい!

みたいな人が良かった。

が、今は人手が欲しい。

彼女であれば、裏切りはしないだろう。



「シャカンさん。あなたの力を、私に貸してください」

「!? ええ! 見返りを期待しても、いいのですよね?」

「……それについては、今後の活躍次第、ということで」



俺は、問題の先送りを選択した。




………………

…………

……




シャカンにはとりあえず、娯楽区の統括をお願いする。

そして、裏の人間をコントロールして欲しい! とも。


聞けば、シャカンの部下は優秀な人間が多く、尖った技能持ちもいた。

シャカンは、才能を見抜く目を持っているのだろう。


ついでに、他領・他国の情報収集もお願いする。

俺の予想が当たれば、今後この町へ、人が流入してくるはずだ。

いや、この町ではなく、俺が欲している! と言った方が正しい。


特殊な技能を持った人間が増えれば、それだけ町が発展する。

今いる領民も、より高度な技能を身に付け、やれることが広がるはずだ。




日本では、人手不足を機械化や自動化で、補おうとしていた。

それ自体に文句はない。

実際に、俺も助けられてばかりだった。


だが、その結果として『やる気の喪失』も起きていると思う。

覚えた仕事が、一瞬で奪われるのだから。

そりゃあ、自暴自棄になって、不祥事みたいなことを起こしたくなるわ。


人生を懸けた職人の技は、時には機械よりも洗練され美しく、そして速い。

そんな人たちは、自分の技術に自信を持っているはずだ。

見倣う新人たちもそうだろう。

師匠・親方、呼び方は様々なれど、同じようになりたい! という意思を持っている。


そこへ、いきなり効率化の概念を持ってくれば、途端にやる気を失う。

自分たちが、不要な道具に思えて……


そんな状態に俺はしたくない。

それに、俺はこの世界へ、日本の文化を積極的に広める気はない。

ここにはここの、成長の仕方があるはずだ。


俺がするのは、それをほんの少し、後押しするだけ。

それだけだ。

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