5話
山を一刀両断。これはこれで爽快だな。
日本では絶対にできない偉業。
当然、口の端が吊り上がる。
ここまでの、運動エネルギーも乗せたからだろう。
山からの反作用を受けて、俺の移動は止まっていた。
突き抜けて、魔神の傍まで移動していたら……そう考えるとゾッとする。
後は重力に従って、町へ落ちるだけだ。
そして気づく。
切って半分になったが、それでも山は山だ。
このまま落ちれば、町の人が潰れてしまう。
思考加速を再発動。
まず、俺自身の落下を止める。
エクス一式のセット効果『飛行』の無効化解除。
ESの運営上層部が「えっ! エクスカリバーなら飛べるでしょ?」という、訳の分からん理屈でつけたらしい、セット効果。
効果を有効化すればずっと使え、効果の内容は地震系の攻撃を無効化する。
ゲーム時代はこれがあって大変助かった。
が、現実では足の踏ん張りがきかず、その感覚が気持ち悪くて無効にしていた。
別に空を飛びたい欲望なんてないし。怖いし。
さて、破壊系魔法の詠唱をば……破壊したらどうなる?
細かい破片が飛んでいくよな?
何なら、爆発の衝撃で、破片の速度が上昇。一種の弾丸に化ける可能性もある。
……!? 中断中断!
だったら、大質量を移動させる魔法だ。
何かあったっけ?
「突風」
魔法欄から試しに一つ、風で相手を吹き飛ばすだけの魔法を、右の山に発動。
途端に吹き飛んでいく。
山に当たって、跳ね返ってきた風に、俺が吹き飛ばされそうになった。
……ハハ。ステータスサイコー。
左の山も同様に吹き飛ばした。
さて、今度こそ大丈夫だな!
そして……ハァ。町中の視線を集めている気がする。
それは無視するとして、俺にできるのは逃げる時間を稼ぐこと……か。
町の総人口は知らんが、日本の都市より多くないだろう。
それでも相当な人数になるはずだ。
チラッと南の門を見る。
……無理だよなぁ。あの大きさじゃ、人がつっかえる。
仕方ねぇ。
「風化」
さっき見つけた土属性の魔法。防御力低下のデバフ魔法なんだが、現実だと……やっぱそうなるよなぁ。
魔法を使った瞬間、南側一帯の城壁が塵となって、風に流されていく。
ESでは、低ランクの魔法で、雑魚戦向きだったんだが……。
この光景を見ると、自分の力が恐ろしく感じるな。
再び、町の様子を見てみる。
皆、こちらを見上げるだけで、逃げようとしない。
舌打ち一つ。
くそっ! 今の状況を理解できてねぇのか。
悪態を吐いて、思考加速を解除。
そして、息を大きく吸い込む。
「さっさと逃げろ! 俺でも討伐は無理だ!」
できるだけ大声で叫んだ。
俺の声が聞こえた奴らは、我に返り、南へ向かって逃げ始める。
が、悲しいかな。元々声はでかくない。
町全体に声が届かねぇ! 何か魔法は……
「パンタラントの諸君。領主のミゼルである。今すぐ、南の丘まで逃げろ! これは勅命である。逆らう者はその場で切る!」
いきなり聞こえた大声にビックリして、声の発生源、中央広場に立っている男を見た。
見ただけで分かる、生地が良さそうな服。
全体的に深緑風の色合いで、俺が思う、これぞ貴族! というような服装。
騎士や兵士ほどではないが、体は引き締まっているし、佇まいは自信が漲っている。
立ち姿も様になっている。
常に、堂々と胸を張っているのだろう。
表情もそこらの平民とは違う。
今は、俺に目を合わせており、その瞳は未来を見通おそうとしているような、そんな印象を受ける。
金髪碧眼で、綺麗な顔立ち。
ダンディーなおじさまとは、こういう人のことだ! と思わせる。そんな人物。
そいつの周りには、騎士が数名。
それと美少女もいる。
顔立ちが、隣にいる領主となんとなく似ている。おそらく娘だろう。
つり目で気が強そうな印象。わがままお嬢様っぽい。
この状況を理解しているのか、今は、険しい表情をしている。
それでも絵になるのだから、世の中理不尽だ。
さて、領民は逃げろ! だったか?
俺も領民だから逃げていいかな……
「空に浮かんでいる者! 逃げる時間を稼いでほしい」
あっ……はい。
俺が体の向きを変えたからか、先手を打たれてしまった。
これでは逃げられん。
仕方なく魔神の方へ向き直る。
魔神は山を放り投げた後、こちらに向かって歩き始めていた。
うわぁ……来てほしくねぇなぁ。
こいつ、ステータスは超防御特化だが、攻撃手段が殴る蹴るしかない代わりか、近接火力がえげつないし。
近づく前に、魔法で吹き飛ばせないものか……
そんなことを考えていた俺だが、突如、魔神が出した足を引っ込めた。
まるで、こちらに来るのを嫌がるような……
その後も、足を出しては引いてを繰り返す魔神。
……何しているんだ?
よく観察してみると、ある一定範囲から動いていない。
もしかして、ダンジョン付近から移動できねぇのか?
……もしそうなら、ラッキーじゃねぇか!?
ここさえ凌いで逃げ切れば、奴は追ってこれない!
この状況に活路が見えた。ともに余裕が俺の中に生まれる。
ははっ! これなら楽勝だ。
近づかなければいいんだからな!
そして、油断も生まれる。
魔神が、山があった場所へ近づいていく。
はっ! また投げようってか。
次もぶった切ってやるよ!
そうして身構えていると、魔神はこちらに体を向け、右足を後方へ上げていく。
そのまま勢いをつけて、地面ごと山だったものを蹴りつけた。
後から思えば、すごい綺麗なシュートフォーム。
とてつもない土砂が飛んでくる。
あまりの広範囲に、闇が迫って来るような感じだ。
視界は完全にふさがってしまった。
慌てて顔の前で、両腕をクロスさせ、防御姿勢を取った。
すぐに色々なものが腕や体に当たる感覚がする。
……数十秒後、ようやく静かになった。
げぇぇ。気持ちわりぃ……
髪がガサガサするし、服や口の中にまで土が入ってきた。
ぺっぺっ
体に着いた色々なものを叩き落として、周りを確認する。
さっきまで、家々の灯りで光っていた町並みが、真っ黒くなっていた。
さらに、土砂は町を超えて、南の平地にまで飛んでいる。
なんて馬鹿力だ!
そう思ったところで、土砂の中から人が出てくるのが見えた。
良かった。
まぁ、土を被っただけだ。そりゃあ、大丈夫だよな。
……ふぅ~。困ったな。
近接さえって思ったが、遠距離の手段があるんだったら、ここで待つのは意味がない。
いや、被害が多くなるだけか。
……やりたくねぇ。やりたくねぇが、近づいて回避に専念した方がいいか。
ヘイトは完全に俺を向いてるしな。
ハァ……なんで俺なんだよぉ~。
俺じゃなくてもいいじゃねぇか。
ほんと、こういうのって、勇者とか英雄とかだろう?
俺には向いてねぇって。
小石 学 33歳。
グダグダとやらない、やりたいくない理由を重ねていく。
元々できる人間ならば、地方の白い企業で、下っ端なんてやっていない。
………………死ぬ気配なんて感じたことないが、かわすだけだ。
かわすだけ。そう、かわすだけだ。
俺は、覚悟? を決めて『忍耐の魔神』へ、向かっていくのだった。
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