4話
山なりに飛んでくる山。
親父ギャグなんかじゃなく、現実の話だ。
山が、魔神の手を離れるタイミングで、ハイパースロー映像のように、目に映る物の動きがゆっくりとなった。
まるで、時が止まっているかのようだ。
高すぎるステータスが、俺の動体視力を限界以上に引き上げている!
そんなことはなく。思考加速スキルを、無意識で発動したのだろう。
ESでは、魔法の発動に詠唱時間があった。
詠唱中は、画面下部に発動ゲージなるものが表示され、ゲージが溜まったら魔法が発動できる。
思考加速スキルの効果は、この発動ゲージが溜まる速度を、上昇させる程度だった。
だが、現実になるとどうだ。流れる時間を遅く感じ、状況把握と熟考する時間ができてしまう。
体の動きは思考に追い付かず、ものすごく鈍くなるんだが、十分チートだ!
だが、それも時間の問題。
魔法やスキルには効果時間がある。
思考加速スキルは割と長いが、現実でどれくらいになるかは不明。
使うときは、いつも自分で切っていたからな。
さて、これからどうするか、すぐに決めないと……
魔神のヘイトがこっちに向いてしまった。
元々逃げる予定だったが、こうなってしまった以上、全力を出すしかない。
今なら、山が落ちる範囲から、余裕で脱することができる。
ここら一帯が血の海……いや、海にはならないか。
潰れてしまうから、赤い絨毯が、在り得ないぐらい広範囲で敷かれる感じ。
……山が残るからそれもないな。
想像していたら、気持ち悪くなってしまった。
方針は変わらない。
ならば、さっさと逃げるのみ。
俺はスキルを解除し、足に力を入れて飛び上がる。
門を超え、少し遠くにある丘まで全力疾走した。
すぐに、頂上まで登り切ってしまう。
STRとAGIがともに10億あるんだ。
そりゃあ、一瞬だわな。
安全圏に来た俺は、振り返って町の様子を見る。
山はちょうど、放物線の一番高い位置にあった。
これから落下が始まり、轟音を出しながら、町を瓦礫に変えてしまう。
そんな場景がありありと脳裏に浮かぶ。
…………これで……これでいいんだ。
俺に『忍耐の魔神』を倒す力はない。
行っても無駄に死ぬこととなる。
だったら、この町を離れて別の町、いや別の国で暮らせばいい。
少なくとも俺が死ぬまでに、魔神が世界を崩壊させることはないはずだ。
それに、せっかくラノベみたいな、最強ステータスを手に入れたんだ。
もっと自由に、もっと自堕落に、好きなことをして……生きて……
俺の目に、町の人々が映る。
また、遠見系のスキルを無意識に発動したらしい。
人々は、目前の出来事が信じられないのか、空を見上げたまま呆然としている。
山が飛んでくるという非現実。
命の危険を感じたことがない人間が、行動できないのも当然だ。
この後の惨劇に思考がいきつくはずもない。
ふと、大通りの母娘が目に入る。
母親は、この後何が起こるかを直感で悟ったようだ。
子供を抱きしめて震えている。
娘は口を開けて、山を見上げたままだ。
魔神と反対側のこの場所、母親の顔が見えてしまった。
眉間に皺ができるほど目を閉じて、涙を流している。
……胸がズキリと痛む。
何か大事なものが損なわれようとして。
目を瞑って頭を振る。
見るな! 見たら俺は……
意思に反して、俺は町のいたる所に目を動かす。
路地にいる悪ガキ共、諦めた顔で俯いている。その顔から雫が零れた。
酒場にいつもいる野郎共。涙を流した笑顔で乾杯している。
町に散らばった冒険仲間。必死の表情で何かを叫んでいる。兵士や騎士っぽい人も同様だ。
他の人々。いつもは笑顔でいるのに、今日は上か下を見ている。表情は驚愕 若しくは 絶望。
俺の手には、山を破壊するだけの力が握られている。
後は、選択するだけだ。
「ハハッ。俺って、実は英雄願望でもあったのかな? 日本では見て見ぬふりばかりだったのに」
ここへ走って来るとき以上に、両足へ力を入れる。
そして、一気に解放。
丘が、俺の足から放たれた力に耐えられず、広範囲で抉れる。
放物線じゃない、一直線に、最短を行く。
「換装……」
換装スキル。事前に登録した全身の装備を、今着ている装備と瞬時に入れ替える。
俺が選択するのは、もちろん最強装備。
「エクス一式」
ESの期間限定イベント、『エクスカリバーに包まれよう!』
運営の上層部にアーサー好きがいたらしい。
9年で計14回も復刻されたイベントで、内容はシンプル。
イベント限定のモンスターを倒して、ポイントや素材をゲットし、装備を生成する。
たったこれだけである。
イベント名が表している通り、作成できる装備、頭・胴・下半身・腕・足・アクセサリー、その全てがエクスカリバーである。
両手に1本ずつ持てる、剣としてのエクスカリバー。
頭のヘルムがエクスカリバー。
胴の付属になる、後光がエクスカリバー。しかも16本。
他の部位もすべてが、大小様々なエクスカリバー。
そんなイかれた装備だ。
2周年目に実装されたイベントで、第1回の復刻が決まった時には、そこまで注目されていなかった。
次々と実装される新装備が強かったからだ。
が、イベントの度に、装備の強化項目や段階が増えていき、いつしかES最強装備の一角に。
ここまでくると、一種の信仰だろう。
ちなみにこの上層部には、自分もアーサーに持たれたいという欲望があったとか、なかったとか。
装備の換装が終わるとともに、補助スキルを一つ。
「攻撃範囲拡大」
右手に持った、エクスカリバーの刀身に光が集まる。
その光が、刀身の先端以上に伸びていく。
数倍にまで伸びた愛剣。
前を向くと、ちょうど目の前に落ちてくる山。
雄たけびなど必要ない。
ただ静かに、飛んできた勢いに任せて、縦に一振り。
ひとまずの惨劇は免れた。
======================================
チョビ戦闘回。
主人公の戦闘理由がベタベタのベタになってる……。orz
もうちょっと、だらしない主人公にするつもり? だった気がする。
とりあえず、楽しんでもらえたら嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます