3話

大罪と美徳の魔神イベント


このイベントは『Second Life Online』が7周年を迎えた時、運営の誰かが呟いたことで、開発が始まったと噂されている。

「大罪や美徳に関するイベント、やったことなくね?」と。



1年という開発準備期間を経て、8周年の節目にリリースされたこのイベントは、プレイヤーの多くに涙を提供した。

感動ではなく、絶望という意味で。


イベントで登場したのは、14体のレイドボス。

複数プレイヤーで、1体のボスを倒す。

それがレイドボスの仕様だ。


しかし、今回のレイドボスは少し特殊だった。


通常は、レイドボス1体の戦闘に、参加できる人数の上限がある。

上限に達した場合は、別のインスタンス……同じレイドボスが新しく増え、そこに新しい参加枠が設けられる。


だが、このイベントでは、各レイドボスへの参加人数が無制限。

つまり、レイドボス1体に対して、プレイヤーは何人でも、それこそESのプレイヤー全員でも参加することができた。


運営の豪胆さに、既存プレイヤーは嬉々として参加する。

そして惨敗を余儀なくされた。


各レイドボスがあまりに強すぎたのだ。


あるボスは、総額数千万の重課金プレイヤーを、一瞬で灰にする火力を持つ。

別のボスは、各種耐性を突破する、状態異常攻撃のオンパレード。

仲良し双子ボスは、あらゆるスキルのクールタイム無視による、無限波状攻撃。

他にも、討伐させる気がないようなレイドボスの数々。


この常軌を逸したイベントに、プレイヤーたちの怒りと怨嗟は積みあがっていく。

まさしく、大炎上したこのイベントに、運営は一言。


「自分たちが楽しいことをした。後悔も反省もない」


この一件は、世界各国のニュースで取り上げられ、ES運営の強行な姿勢に感化されたのか、新規プレイヤーの加入に一役買ったとか。

同時に、見切りをつけたプレイヤーの、大量卒業もあったらしい。








よりにもよって、こいつかよ!


俺は、今の状況に悪態をつきながら、遠くでたたずむ巨人へ目を向ける。

あのES史上、最悪のイベント『大罪と美徳の魔神』で登場した、レイドボスの一体。


--忍耐の魔神--



レイドボス自体が、通常の敵よりステータスが高いのに、このイベントで登場した奴らは、輪をかけてステータスが高い。

つまり、シンプルに硬くて、倒すのに時間がかかる上、ボスの攻撃を耐えられず、敗北の可能性がめちゃくちゃ上がる。


そんなのが14体。

しかも、運営の殺意が具現化したような、阿保らしい特殊性のおまけ付き。

特殊攻撃であったり、特定ステータスのさらなる強化であったり、果ては戦う場所、フィールドが特殊だったりと。


中でも一番厄介だったのが、今、目に映っている、忍耐の魔神。

こいつは非常に、ひっじょぉ~うにシンプル。

レイドボスということで、ただでさえ高いHPと防御能力を、追加で盛りに盛った魔神だ。

特殊攻撃系は一切なし。ただ殴る蹴る、それだけだ。


ただし、忍耐の名に恥じぬ、各種魔法、各種属性、各種状態異常の耐性を高レベル、いや限界突破レベルで所持。

耐性が高すぎて、一時期「攻撃が効かない!?」、「無効化スキルが常時発動している!?」

などと掲示板で騒がれたほどだ。


しかも、他の魔神が弱点を持っているのに対し、こいつは弱点がない。

正規の攻略は、ただただ超高火力で叩く。

そんなレイドボスだ。






……俺一人ではどうやっても無理だ。

俺よりも課金していた廃人が、数十人集まって、ようやく倒したボスだぞ。

中には、こいつを倒すためだけに、億まで手を出した奴もいる。



この町に、恩はある。

転移して何も分からない俺に、町の人たちは優しかった。

日本で冷めきった俺の心に、熱を起こすくらいには。

クソガキ共には腹が立ったが、あいつらのお陰で楽しかったのも事実。

それでも、それとこれとは話が別だ!


俺は早々に逃げることにし、行動を起こす。

既に酔いも吹き飛んでいる。

魔神の意識がこの町に向いたら最後。

蹂躙されておしまいだ!



町の南に向かって駆ける。

すれ違う住人たちは、起こっていることが分からないのか、魔神をボーッと見上げていた。


下手に声を掛けて、パニックになっても面倒だ。

悪いが、このまま逃げさせてもらうぞ!


後ろから「ちょっ! どこ行くんだ、ダイガク」という声が聞こえる。

説明している時間はないため、無視して南へ。




南門に到着した時、それなりの人がいた。

直感が働いたのか? いや、今はどうでもいい。

早く門を抜けて外へ。

しかし、そう簡単にはいかないようだ。


「早く門を開けてくれっ!」

「無理です。規則で決まっていますし、日が昇ってからでないと危険です!」

「あれはヤバイ奴だ! 頼む、頼むから今すぐ開けてくれっ!」

「落ち着いてください! 時間になったら開けますから、それまで待って」


住民の怒声と兵士の大声が聞こえてくる。


くそっ! この状況でもお役所かよっ!

どうする? 日が昇るのを待つか?

いや、そんな時間あるわけねぇ。

……仕方ない。目立つが城壁を飛び越えて……!?


その時、体がブルっとする。

な、なんだ!?

今まで経験したことのない嫌な感じ。


恐る恐る振り返る。

すると、魔神がこちらを見ていた。


全身から冷や汗が噴き出す。

ヤバイヤバイヤバイヤバイ!?

焦る心に反して、体が全くいうことを利かない。



魔神がゆっくりと、腰を落とし始める。

思考が停止したまま見ていると、足元の岩……違う、山だ。

山の頂上部を掴み、そのまま頭と同じ高さまで、持ち上げていく。


その恰好は、砲丸投げみたいだった。

地響きがここまで聞こえてくる。後、何かの雄たけびも。

遠見系のスキルが勝手に発動して、逆さになった山から、モンスターが落ちていくのが見えた。

見えたといっても、シルエットだけだが。



…………モンスターって、人と同じか小さいぐらいの背丈だったよな。

山も魔神も大きすぎて、距離感が掴めない。



そこでようやく我に返ったが、少し遅かったようだ。

魔神が少し溜めた後、こちらに向かって、山を放ってきた。

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