2話
いつもより清々しい朝を迎えた俺は、泊まっている宿を出て、ダンジョンへ向かっていた。
長年、スマホを弄り倒している俺の体は、星の重力に逆らえない、軽度の猫背だ。
歩いて移動するときは、大抵、少し先の地面を見ている。
だから気付かなかったんだ。その存在に。
町からダンジョンまで、歩いて4時間ほど。
乗合馬車が出ており、こっちは1時間半でつく。
視界に時計ガジェットを表示できるようになって、実際に調べたから確かだ!
ん? 今はガジェットなんて言わないのか?
まぁいい。
今日も北門にある停留所までやってきた。
最終階層を目指して頑張ろう!
そう気合を入れて、顔を上げた時だ。それが目に入ったのは。
今いる場所から遠く、ちょうどダンジョンがある辺りだと思う。
黒く巨大な物体があった。上の方は視界に入りきっていない。
俺はつられて、上へ上へと視線を上げていく。
すると白い雲を超えて、まだ続いていることが分かる。
物体の頂点が、雲の切れ間からチラチラと覗く。
なんだ? あれは。
一体、いつ現れた? 空から降ってきたとしても、地震なんかなかったし……。
もしかして、自然にポップしたのか?
モンスター……あんな巨大な!?
混乱。
それは、状態異常の一種。
自分自身のことさえも分からなくなり、とにかく意味のない行動をして嫌われるやぁつ。
特に、確率で仲間を攻撃するなんて……ふざけてる場合じゃねぇな。
さて、巨大モンスターと言ったら、レイドボスだと思うんだが。
だとすると、どんなボスが出てくるか……だな。
もし、ES序盤のレイドボスであれば、俺がワンパンできる。
だが終盤、というかイベントやストーリー後半のレイドボスだと厳しい。
……話を盛ってしまったな。勝つのは無理だ。
何か情報はないかと、右に左に大きく移動しながら見てみる。
ここからだと、形状が三角か四角かもわからん。
見えた感じだと、おそらく四角だろうが。
黒く四角い巨大な物体、これだけでモンスターを推測できるかぁ!
仕方なく乗合馬車に乗って近づこうと思った時だ。
後方、町の中から騎士や兵士の集団がやってくる。
「北方にあるダンジョン一帯は封鎖だ! これは領主命令である! 従わないものは厳罰となるため注意されたしっ」
周囲へ注意喚起をし、数人の騎士を残して、黒い物体目掛け突撃していった。
最後尾に帆馬車が数台。
……あれを調べるのか。頼むから、いきなり暴れださないでくれよ。
暴れだしても雑魚であってくれ。
俺はその場で願うしかなかった。
それから半年。
依然として、物体は健在。
存在が確認されてから、1週間後には、ダンジョン一帯の封鎖が解除された。
解除後、真っ先に見てきたが、何も分からなかった。
もしかしたら、モンスターじゃないかもしれない。
その後、1か月ぐらいは悶々としながら過ごしたが、毎朝見てると慣れた。
いやぁ、人間の慣れって恐ろしいわ。
町の方も最初は騒がしかったが、今はそんなでもない。
いや訂正。商魂たくましい奴らが、なんか出してる。
「いらっしゃい! オベリスク煎餅はどうだい。北に見える巨塔のようにドデカイ味だぜ!」
「オベリスクレンガぁ。オベリスクレンガぁはいかがっすかぁ!」
「あ、あの。黒い塔の編み物ですぅ。ぜひ、どうですか?」
……うん。どこの世界も似た感じなのかな?
領主からお触れもあり、謎の物体は、オベリスクと呼称されるようになった。
物体にかかわらないよう、厳命されている。
話は変わるが、この世界のモンスターは、ESで登場していたものと同じ。
ゴブリンやスライム、はたまたオーガやミノタウロスなど、オールスターの見本市状態だ。
ただ、ESのイラスト以上に醜悪だったり、逆に可憐だったりと、俺を苦しめる。
現実になったことで、においや声といった、五感の情報もあって、ダンジョンに潜り始めた当初は大変だった。
ちなみに、殺すことは気にならなかった。
手応えがないし、死体が消えてアイテムがドロップするしで、現実感を感じられなかったからだ。
何が言いたかったのか、そう、ESであんな物体見たことない。
つまり、モンスターじゃないってことだ!
フフフ。どうだぁ? 俺の完璧な推理は!
はい。どうでもいいですね。
もう、放置一択だし。
今では、ダンジョン行って帰って寝る。これだけだ。
たまにダンジョン以外の依頼と、まぁ、こちらでも友人的な存在ができた。
今日はその友人と夜の街へ出て、酒を酌み交わしている。
深夜を過ぎて、明け方近いかもしれん。
「お前ってすげぇよな」
「ん? 何のことだ?」
「色々だよ。登録1年でCになってるし。依頼も必ず達成してる。はっきり言って羨ましいぜ」
「……すまん。素直に反応しにくい」
「ハハ。まぁ、そうだよな」
この世界に来てからは、全部チートのせいなんだよなぁ。
すまんが、こればっかりは素直に喜べねぇ。
「マーヤちゃんが、お前だったら付き合ってもいい……いや、結婚してほしいって、言ってたそうだぞ」
「受付嬢のマーヤか……。俺と容姿が釣り合わねぇだろ。おっさんだし」
「何言ってんだ? お前はおっさんじゃねぇだろ?」
「ははは。世辞はいいよ」
冒険者ギルドの美人受付嬢マーヤ。
確かに可愛いし、素でいるところに好感が持てる。
でも、気後れするんだよなぁ。
33歳のおっさんが、20歳前の女性となんて。
その後も適当な話をしていた。
そして、そろそろ解散となった時だ。
突然、世界が揺れる。
地震! 中々大きい揺れだ!
とっさにカウンターへしがみ付く。
店内の物が次々と倒れ、棚にあった酒瓶が床に落ちて割れる。
外からも悲鳴が聞こえてくる事態。
ゆっくりと揺れが引いていく。
1~2分ぐらい揺れたか?
「大丈夫か?」
「あぁ。こっちは大丈夫だ」
店内の、他の客にもケガはなさそうだ。
しかし、今の揺れは……まさか!?
思い当たるものなんて1つしかない。
俺は急いで外へ出て、北のオベリスクを見る。
そこに、いつものあれはなかった。
代わりにあった、いや、いたのはESでもよく見たレイドボス。
大罪と美徳の魔神イベント。
そのイベントで登場したレイドボスの1体。
ESの中で一番厄介なモンスター『忍耐の魔神』だった。
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