6話

空を飛んだまま、魔神に近づいていく。



近づくに連れて分かる、魔神の姿。


人をそのまま巨大化したシルエット。

服などは着ておらず、体の色は全体的に黒っぽい。

性別を表す特徴はなく、筋肉質な男性といったイメージ。

周りより色が薄い腹筋は、トゥエルブパックで惚れ惚れする美しい形。



本当に巨大だ。

子供の頃にアニメで見た、3分しか戦えない光の巨人。

対して、町を踏み潰す大怪獣。

それらと同じくらいの大きさ……


いや、実際に見たことないけどさ。


そう思うぐらい、圧倒された。



魔神の足元に降りて見上げると、足の小指が、俺の身長をかるく超えている。


こいつ、ゲームのテキストでは、巨人の神がなんちゃらって書いてあったけど……。

ESでは、こんなデカくなかったじゃん! ふざけんなよ。


放置ゲーのモンスターは、テキストに巨体と書いてあっても、プレイヤーアバターと同じか少し大きい程度だった。

スマホやPCの画面では、レイドボスもアバターの2倍、あるかどうかというところ。

まぁ、ゲームなんだから当たり前の話なんだが。

これが、VRやアクションRPGなど、別のジャンルだとまた違っていたんだと思う。






移動する俺をずっと見ていた魔神が、静かに左足を上げていく。



踏み潰す気かっ!


足を下ろし始めた段階で気付き、水平方向に飛んで回避する。

足のサイズが何十メートルもあるので、回避も大変だ。


当たりそうな範囲から出たら、そのまま上昇していく。

ある程度上がって下を見ると、ちょうど地面に当たるところだった。



ドオオオォォォォォォ……。


轟音とともに、足周辺の土砂が舞い上がる。


……マジか。これくらったら一発アウト。

即死攻撃より質が悪りぃ。



そんなことを考えていたら、魔神がこっちを覗き込んで来た。

間近で見る、無表情の顔。


!? ブルッ!

体が無意識に震える。

生存本能とでもいうべき何かが、俺の中で暴れまわっていた。

思考も停止しているのか、何も考えられない。


今度は、右手で殴りつけてくる。

自分の直感に従って、拳が迫る反対方向へ逃げる。

ギリギリで逃げ切れた。

が、振り切った拳に、遅れてやってくる拳圧、とも言うべき風の暴威。

吹き飛ばされそうになるのを、何とか耐える。


気付いたら、息切れもしていた。


ハァハァ……落ち着け、落ち着け俺。

2発、かわせた。

大丈夫。回避だけならできるんだ!




それからは空を飛び回って、魔神の攻撃を避け続ける。

魔神はまるで、飛び回る蚊を殺すように動いてきた。


握り潰そうと、手を開いて掴んできたり。

自分の体や手で、叩き潰そうとしてきたり。

挙句には、吸い込もうとしてきた。


それに、俺の行動を予測したように、両手を使ってきた時もあった。

右手の掴みを回避、した先に左手があった時は、マジで焦った。


途中で俺を無視して、町に意識が向きかけたが、そこは顔の周りを飛び回って、注意を惹き続けた。




自分でも、本当によく頑張ったと思う。

攻撃してないし、当たってもないのに、かなり疲れた。


ウィンドウの時計を確認すると、約20分ぐらい逃げ回っていたようだ。



ハァハァ。

少し慣れてきた気がする!

攻撃が大振りで、出し始めが分かりやすい。

範囲はデカいが、その分、着弾までの時間がある。




人間、似たようなことを繰り返せば慣れてくる。

そして、慣れ始めた時に勘違いするのだ。

自分はできる奴だと。


俺も例に漏れていない。

つまり、次を欲してしまった。

そう、反撃を考えてしまったんだ。



……こいつを倒せたら、報酬がすごいんだろうな。

経験値でLvアップできるのか、どんなアイテムがドロップするのか、気になるところだ。

倒せるか確かめるためにも、攻撃……するべきだろうな。

気を付けていれば、奴の攻撃は全てかわせる!






「オールステータスブースト、戦士の叫びウォークライ、捨て身、武神の心得、魔神の心得、諸突猛進ラッシュ・フォワード盲目の猛撃バインドネス・オンスロート……etc」


魔神の攻撃を避けながら、スキルや魔法で、鉄板の自己強化バフを積む。


ESでは、スキルや魔法を当てる度に判定が在って、当たるか当たらないかの2択だったが、ここは現実だ。

デカい的でしかない魔神に、攻撃を外すことはない。

だからバフは、防御と命中率などを犠牲に、攻撃と敏捷をできるだけ上げる。

敵の攻撃を避けて、一方的にこちらが攻撃する構えだ。



初手、魔法。


落下する隕石フォールン・メテオ不死鳥の衝撃フェニックス・インパクト絶対氷の一撃アブソリュート・ヘイルブロー……etc」


最上位魔法のオンパレード。攻撃をしたことで、魔神にHPバーが表示される。


!? ミリも減ってねぇ……やっぱり、かってぇな。

でも、的がデカいから、魔法は打てば当たる!



魔法をウィンドウから打ちつつ、移動して魔神の足へ。


千剣の軌跡サウザンド・ブレイドロード裁きの剣ジャッジメント・ソード、兜割り、不可避の一閃……etc」


地に足を付け、踏ん張りながら、剣による物理攻撃の嵐。

エクス一式のセット効果『三十の万能剣』や『追撃の聖剣』などにより、発動したスキルの火力が、実質26倍になる。


魔神のHPに、ほんの少し空欄ができる。よく見なければ分からないほどの。

それでも防御は抜けた。



よっしゃぁ! こいつに自動回復系のスキルはない。

今は無理でも、繰り返せば倒せる。


ダメージが目に見えたら、途端に活力が湧いてくる。

その後、バフが消えるまで、攻撃と回避を繰り返していた。

もちろん、スキルだけじゃなく、通常攻撃も大サービスで叩き込んだ。






異変を感じたのは、バフが切れて後退した時だ。


……?

なんで、HPが減ってねぇんだ?

というより、与えたダメージまで回復してる!?


『忍耐の魔神』では在り得ない挙動に動揺して、慌てて原因を探る。

攻撃を回避しながら、足・胴・手と徐々に高度を上げて、確認していく。

そして見つけた。首のところに光っている何かを。



「生命神のチョーカー……マジか……それはダメだろぉぉ!」


高レアリティ装備の一つ『生命神のチョーカー』

継続して2分に1回、2種類の効果を発揮する装備。

1つ目は、最大HPの10%を回復する。

2つ目は、装備者にかかっている不利な効果を全て無効化する。


この不利な効果というのは、状態異常からデバフまで、ありとあらゆる効果のことを差す。

元々耐性が高く、不利な効果が効きかない『忍耐の魔神』に、あまり意味はなさそうだが。

それよりも、1つ目の効果が厄介だ。



攻撃をかわして、少し離れた地面に、魔神と相対して着地。そして現状に絶望する。


いやいやいやいや。

レイドボスに回復は、チートを飛び越えてバグか反則だろぉぉ!

なんでこんなことが、現実に在り得てんだ。

運営の殺意か! 絶対殺すマンか!?

異世界に来てまでそれはいらねぇよぉ!


ものすごく頭を抱えたくなった。

この瞬間、『忍耐の魔神』を攻略する方法が、完全に消え去ったのだ。






「全員の避難が完了した! 離脱してくれて構わない!」


そんな時、領主の声が響いた。


!? ようやくか。

……残念だが、こいつの討伐は諦めるしかない。



全力で離れよう。

そう思って、足に力を入れた時だ。


なっ!? 足が動かねぇ。


下を見れば、プルプルしている自分の足。

まるで、限界まで走った後のよう……


くそっ! 何かの状態異常か?


ウィンドウを表示してみると『状態異常:スタミナ過剰消費』の文字が。

ついで、スキル欄に『スタミナ消費節約LvMax(new)』、『スタミナ神速回復LvMax(new)』、『スタミナ上限突破LvMax(new)』とあった。


はぁ? えっ? スタミナがあんの?

今まで、スタミナ切れなんて……強靭なステータスのせいか!

ここでなるのぉ? 嘘だろっ!?



本当にタイミングが悪い。そして、二度あることは三度ある。



ん? 急に周りが暗く……っ!?


上を見上げると、空を覆う魔神の足裏が迫ってきていた。

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