9話

謁見が終わって、パンタラント伯爵邸に戻ってきた。


未だに心臓がバクバクいっている。

嫌な汗が、体中から噴き出すほどに、緊張していたようだ。

気持ち悪い。


屋敷で待っていたライラに、生活魔法を使ってもらう。

今の俺では、生活魔法すら使えない。

なんと不便なことか。


そのまま、ミゼルと中に入って、応接室でフラムさんと会話をする。



「では、取り潰しを逃れることができたのですね!?」

「ああ。全てダイガク殿のお陰だ。本当にありがとう」

「……いえ、あの場でお伝えしたことは、私の本心です。町の領民には、ミゼル様が必要なのです。ミゼル様の声だから、皆、話を聞いてくれています」



感謝を互いに言い合った後、今後について話す。

町のこと、王都でのこと。

やはり、他の貴族が、力を貸してくれることはないそうだ。

完全な見切りをつけてしまった、ということだろう。

パンタラント伯爵家だけで、町を復興しなければならない。


……それはそれでいいか。

後から、あれやこれやで介入されても厄介だ。



「ミゼル様。他の貴族から、支援の申し出があっても」

「分かっている。聞くつもりはないよ。私たちだけで町の復興を行う。それで十分だ」



フラムさんが不安そうにするが、今の町を見てもらえれば、すぐに理解してくれるはずだ。



「それから、私は王都に残ろう。貴族たちはこちらで止めておく。存分にやりたまえ」

「よろしいのですか?」

「構わんよ、ダイガク殿。君は、国王陛下に目をつけられたと思いたまえ。私が知る限り、貴族でない者と直接、話をすることはあまり無いからね」



……マジですか。

目をつけられちゃいましたか。


今後、パンタラントの町を出ない、と心に決めた。今、決めたんだ。






それから、世間話をした。

フラムさんから、冒険者時代の話をせがまれたのだ。

俺は、毎日潜っていたダンジョンの話をする。

様々な種類のモンスター、宝箱から手に入れた道具。

誇張した表現をしつつ、概ね事実をそのまま話した。

フラムさんの目は輝いている。

貴族の社交では、こういった話はしないのだろう。


そうしていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。

走らず、規則正しい音だ。

応接室の前で止まって、ゆっくりとドアが開かれる。



「おお、レイゼル。帰って来たのか」

「はい、父上。ご健勝そうで何よりです」



ドアの向こうには、ミゼルを若くしたような青年が立っていた。

19歳となっている俺よりも、年が上だろう。

おそらく、22~23歳ぐらい。

貴族風のお辞儀をし、顔を上げる。その顔は、目や鼻周りがフラムさんそっくりである。



「ダイガク殿、紹介しよう! 息子のレイゼルだ」

「レイゼル・ガナイヤ・パンタラントと申します。パンタラントの英雄、ダイガク様」



レイゼルが優雅に頭を下げる。

俺も慌ててソファーから立ち上がり、挨拶をして、社会人のお辞儀をする。

荒波でしごかれた90度だ。

二人ともお辞儀をやめて、向かい合った。

なぜか、こちらを睨んでくるレイゼル。


……これは、お家乗っ取りとかを疑われているか?

俺にその気は全然ないし、未来の上司だ。

ここで、関係に溝を作りたくない。



「レイゼル様。ミゼル様には、大変お世話になっております。町復興のため、私も微力ながら、協力させていただこうと思っております」

「ハハハハ! ダイガク殿、謙遜しなくていい。君は凄いよ」

「むっ!」



ミゼルやめて! レイゼル君の顔が凄いから! 気付いて!

これは、俺への嫉妬もあるとみた!

自分より年下の平民が、父親に気に入られている。

確かに、嫉みの対象になるわ。



「レイゼル様。心配することはございません。私はパンタラント伯爵家に仕え、パンタラントの町に貢献することが、至上の喜びなのです。それ以外は塵に等しい」



さりげなく「乗っ取りは考えておりませんよぉ」という意思表示。

さっきから、笑顔を絶やさず接しているのだが、レイゼルの態度は変わらない。

と思ったのだが、急に態度が変わった。

さわやかな笑顔と共に、手を差し出してきた。



「父上の信頼も厚いダイガク様であれば、十分に町を任せることができる。これからよろしく頼む」



……これは、そういうことだよね?

握ったら、ギュッ、だよね?


でも握らないのは印象が悪い。意を決して、すぐに手を取る。

案の定、握った瞬間に力が入った。


ゴキゴキゴキッ!?


次の瞬間、俺の手が潰れる。

痛いなんてレベルじゃない。

俺は声も上げられず、その場に膝を着いた。



「なっ!?」

「ダイガク殿っ! 何をしているレイゼル!?」



怒声と何かをぶつける様な鈍い音、それに物が落ちる音がする。

歪む視界で見上げると、ミゼルがレイゼルの胸倉をつかみ上げて、壁に押し付けていた。

近くの棚にあった物が、床に散乱している。



「息子と言えど、我々を何度も救ってくれた恩人に対して、このような行為は許せん」

「…………」



マズイ!

これは俺が望んでいた展開ではない。

俺は、手の痛みを気合で我慢して、立ち上がる。



「ミ、ミゼル様!」

「!?」

「お、私は大丈夫ですから。その手を放して下さい」

「しかし」

「大丈夫です! 私は大丈夫ですし、気にもしておりません!」



必死に言いつくろう。

陛下の恩赦をいただいてすぐ、パンタラント伯爵家のお家騒動なんて笑えない。

今は、町の復興が最優先。そのためには、息子のレイゼル君とも親密にならないと。



「レイゼル様。お気持ちは分かります。見たことも、聞いたこともない、ただの平民が。貴族である御父上に、急に、仕えることになった。お家乗っ取りを警戒されているんですね?」

「うっ!?」

「……もう一つ。私が若輩であることも、原因でしょう」

「…………」



手がヤバイ!

痛すぎて限界だ。意識も掠れてきた。

トイレを、限界まで我慢しているみたいだ。寒気もする。



「ここで、私がどれだけ言葉を重ねようが、レイゼル様は納得しないでしょう。ですが、私の思いはぶつけさせていただきます……私は、私の生涯を懸け、パンタラントの町を復興、そして発展させるつもりです」

「…………」

「その横には、ミゼル様と……レイゼル様。あなたにも立っていて欲しい。それが私の願いでございます」

「……どうして、私を責めない。今ならば、私を排斥できるだろう。なぜ、そんなことを言う!」

「先ほどから、ずっと申している通り。私は、町のことしか考えていません。そして町には、あなた方、パンタラント伯爵家の人間が必要なのです……町に必要なのは、私ではないのです」



どこまで伝わったか分からない。

でも、もう無理。


そうして、俺は意識を手放した。

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