10話 ミゼル・ガナイヤ・パンタラント + α

謁見の翌日


ダイガク殿を乗せた馬車が出発する。

私は、屋敷の前でそれを見送っていた。

一月後には町へ到着し、パンタラント復興のために尽力してくれるだろう。


ダイガク殿に任せておけば、町の方は大丈夫だ!

私は、私のできることを。

……それにしても、昨日は大変であった。


今年22歳になる息子、レイゼルの暴挙。

巨人討伐の代償として、ステータスが下がってしまったダイガク殿の手を、握り潰してしまう。

あの時は、やったのが息子ということもあって、怒りを抑えられなかった。

ダイガク殿が仲裁してくれなければ、勘当という、親としてあるまじき行為をするところだった。

ダイガク殿には、本当に感謝だ!



「あなた。そろそろ」

「……そうだな」



我が妻、フラムに言われ、私は屋敷へ戻る。


これから忙しくなる。

貴族連中の対処をし、ダイガク殿が町に全力を出せるよう、フォローしなければならない。

それに……ダイガク殿を守る必要もある。

だが、まずは。


私は考えを実行するべく、セバスに全員を集めるよう、言った。






パンタラント伯爵家の書斎


部屋の最奥にある、重厚なイスに腰掛け、皆を待つ。

程なくして、下人以外の全員が集まった。

妻のフラムと息子のレイゼルも、端のソファーに座っている。



「全員、良く集まってくれた」

「いえ。旦那様のお呼びとあらば、どのような場所からでも参上いたしましょう」



言って、セバスと使用人たちが頭を下げた。

本当に、良くできた使用人たちだ。



「皆を集めたのは他でもない。ダイガク殿とパンタラント伯爵家の今後について、話をしたかったからだ」

「…………」



息子から、なんとも言えない雰囲気が漂ってくる。

治療院で治すことができたとは言え、かかった高額な治療費は、今のパンタラント伯爵家にとって負担でしかない。

それにダイガク殿を害したという、心情的問題もある。



「レイゼルよ。今さら、やったことは取り消せん。ダイガク殿は気にしておられなかったが……分かっておるな」

「……はい」



……いかんな。

ここはダイガク殿を見倣みならって、私の思いを言葉とするべきか。



「レイゼル。勘違いをしていそうだから、言っておく。私は、お前を勘当する気はない」

「……えっ」

「現状のパンタラント伯爵家に、そんな余裕はない。レイゼル。今回の失態は、働きで返せ。以上だ」



こちらを向いた息子は、目を見開いている。

普通は、恩人への無礼で勘当されてもおかしくない。

そう考えていたのだろう。


……可笑しくなってきた。



「フフッ! フハハハハッハハハ!」

「ち、父上! 笑い事ではありません! 私は……ダイガク殿の手を、握り潰してしまったのですよ! 我が家を救って下さった恩人に、無礼を働いたのです。普通であれば勘当されても」



尚も、言葉を重ねる息子に、笑いを堪えられなかった。

しばらくして、落ち着いてくる。



「レイゼル、すまん。お前を軽んじるつもりはないのだ。ただ、ダイガク殿は違う。それだけの話だ」

「……父上はやはり、ダイガク殿を跡継ぎにする……おつもりですか?」

「それも違う。ひとまず、私の話を聞け。周りの皆もだ」



そうして、王城での出来事。

それから、私たちの謁見後、陛下が笑った話をした。

皆が絶句したような、そんな表情をしている。

それだけ、陛下が一個人に注目することは珍しい。



「私は、ダイガク殿に何度も助けられている。巨人の討伐、町の復興、伯爵家の取り潰し回避。細かいことを上げれば、それこそ無数にだ」

「……」

「パンタラント伯爵家は、既にダイガク殿がいなくては、機能しない。それだけ重要な人物である」

「……」

「……私も、ダイガク殿に跡を継いでほしい、と思ったことはある。打診もした。だが、ダイガク殿はやんわりと拒絶されたのだ……私には分不相応だと」

「!? ほ、本当のことですか? 父上!」

「ああ……本当だ。ダイガク殿は栄達えいたつを望んでおらん。私たちパンタラント伯爵家と、町のことだけを考えてくれている」

「……私はなんてことを」



息子が俯いて震える。見ると、拳を握りしめていた。

一晩経って、頭が冷えたのだろう。

ダイガク殿は最初から言っていた。

「お家乗っ取りなど考えていない。パンタラントのために働くつもりだ」

と。



「私は……私は!」

「レイゼル! 自分を卑下するな! 既に、取り返せないのだから前を見ろ! ダイガク殿を支えてやれ!」

「……私の力なぞ、ダイガク殿に不要でしょう……私の、心の中まで見通しておられた」

「それは違うぞ。ダイガク殿は経験があるのだろう」

「? それはどういう……」



私は、ダイガク殿を見て思ったことを、口にする。

言動に感じる知性、相手の感情を見透かすような行動。

それに、問題が起きた時の対処など。

明らかに知っている者の動き。



「おそらく、ダイガク殿が特別ではない。住んできた環境が、そうさせたのだと思う」



ダイガク殿の出身地は不明。

だが、ダイガク殿を見ていると、言動に対する自慢が見て取れない。

つまりは、自分のやっていることを普通と思っている。

それは、ダイガク殿が住んでいた場所で、ダイガク殿以外の住人も、ダイガク殿と同じようなことを、日常的にやっているということだ。



「我々よりも、濃密な時間を過ごしてきた、と考えている。そうして磨かれた感性が、ダイガク殿の秘密。その一端であろう」

「……」



書斎が静まり返る。

住人全員が、どれほどの時間を費やしたのか。

考えるだけでも恐ろしい。



「ゆえに、周りから注目を集めていることを、ダイガク殿は気付いていない。やっていることが、ダイガク殿にとって日常だからだ」

「それは……」

「ああ。自身の命が危険に晒されている。このことにも気付いていない。そして、パンタラントのために命を差し出す覚悟も、持っている」



何かを成し遂げるために、命を差し出す人間は強い。

何をされても動じず、脅迫などでは止まらない。

しかし、諸刃の剣でもある。

何かがあった場合、自分の命で対応しようとする。

ダイガク殿より価値ある命は、今のパンタラントには無い、というのに。



「今、貴族の話題で、中心にいるのは間違いなくダイガク殿だ。私たちは、彼を守らなければならない。既に、聡い者は動き始めている」

「……」

「私たちで守るぞ! ダイガク殿を、パンタラントを」

「はいっ!」



私は胸ポケットの手紙に触れる。

町を出る時、ファミルに渡されたモノだ。

ダイガク殿の、身の安全を保障して欲しいと。

それから、第三王子の婚約を破棄して欲しいと。


そう書かれていた。

それ以外にも、ダイガク殿に関する内容が書かれている。


フッ。女心は分からんが、ファミルの恋が始まった……

そう考えるべきか。

私としては、ぜひ! ファミルとくっ付いてほしい。


ニヤリと顔が歪んでいる、と思う。

貴族らしい打算の混じった、それでいて、娘の将来を案じる親なのだから。



「レイゼル」

「はいっ! 父上」

「1年後、町へお前を戻す。その後は、ダイガク殿を見て学べ! ダイガク殿が持っているモノ、その一端でもいい、吸収しろ!」

「……なぜ、私に……」

「簡単だ。私より、お前の方に時間がある。パンタラント伯爵家を継ぐ者として、確実に、役に立つ」

「……分かりました。必ず、成長した姿をご覧に入れます」

「期待している。だが、この1年は無理だ。王城の仕事を引き継がなければな……死ぬ気で、ダイガク殿を守るのだぞ!」

「ハッ!」



その他、話が終わって。

皆が出ていく書斎。

一人、窓から差し込む、眩い光を眺めていた。











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「第三王子殿下とファミル伯爵令嬢の婚約が破棄されました」



薄暗い部屋の窓から王都を眺める。

部下からの報告を聞いた私は、特に感情を出すこともなく「そうか」と一言。



「それで? 他に報告はないのか?」

「はい。特にございません」



報告がないと言うことは、他の奴らにも動きがないのだろう。

喜ばしいのか、そうでもないのか。

そんなことはどうでもいい。

私は、この王都を……


ん?



「そういえば、伯爵と一緒に来た冒険者はどうだった?」

「ハッ! 中々に面白い男だと思います」

「……それはどちらの意味だ? 私の敵か? 味方か?」



その後の話を聞いて。

顔がニヤケてしまう。


そうか! 是が非でも!


部下が去った後、一人で思案に暮れた。


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これにて、3章は完結となります。


4章は少し時間を下さい。

大まかな流れは決めているんですが、各話のストーリーが白紙なんです。


近況ノート 若しくは Twitterで再開の連絡をします。

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