8話

王城


よく物語で語られる、何かしらのキーになる重要な場所。

そうじゃなくても、貴重なアイテムが山ほど眠る場所。

現代でも、高貴な方々が住む、崇高な場所。

まだまだ語れることが山とある、それが王城という場所!


まさか……こんな、最悪の状況で拝むことになるなんて……


昼には早い時間

登城して、厳かな廊下をミゼルと共に歩く。


この王城が、建設されてどのくらいになるのか知らないが、おそらく建設当時のまま、維持されているのだろう。

壁も床も天井も、その全てが真っ白に近い。

どんな素材で出来ているかも、俺には分からん。


そんな廊下の左右には、まばらに人がいる。

貴族っぽい身なりから、使用人と思われる服装まで、様々だ。

その人たちからは、不躾な視線が、容赦なく飛んできた。



「ねぇ、聞いた? パンタラント伯爵家って落ち目らしいよ?」

「えっ! どいうこと?」

「何でも、領都だった町が壊滅しちゃったんだって!」



「パンタラント伯爵は終わりですな」

「然り。パンタラントの領都を潰したのだ。降格だけでは済まんだろう」

「では、後釜が誰になるか、懸けませんかな?」

「ほっほっほ。良いではござらんか! 私は……」



そんな声が聞こえる。

悔しいが、事実だけに反論もできない。

それに、ここで何を言っても言い訳にしかならないし、こちらの立場を悪くするだけだ。


お前らに、協力する精神はないのか!


静かな怒りを感じながら、廊下を進む。

やがて、大きな扉の前に着いた。

木でできた扉なのだが、彫られている模様のせいで金属にも見える。

さらには、両サイドに騎士が立っていた。

まさしく、玉座の間へと続く扉。






少しして

中の準備ができたのか、軽い合図と共に扉が開いた。

ミゼルの後に付いて、赤い絨毯の上をゆっくりと歩く。


緊張して、口の中に水分が残っていない。

一歩一歩も重い。足が前に進まない……


目線を少し先の床に固定して、周りの顔を見ないようにする。

すぐに、部屋の中央へと着いた。

ミゼルに倣い、片膝を床について頭を下げる。



「面を上げよ」



静かな空間に威厳のある声が響く。

顔を上げると、玉座に座る壮年の男がいた。

顔に刻まれた皺を見るに、周りに立っている貴族を仕切るのが、大変なのだと思う。

俺はああなりたくない。

ただし、パンタラントのためだったら、いくらでもなってやる!



「まず、パンタラント伯爵から此度の件について報告を」

「はっ!」



王座の右手前に立っている男が、ミゼルに報告を促す。

おそらく、宰相なのだろう。

そして、ミゼルから一通りの報告が終わった。

特に隠すようなこともないので、全てそのまま報告している。

もちろん、俺に戦う力がなくなったことも。



「して、パンタラント伯爵」

「ハッ!」

「町が一つ、壊滅しておるのだが……この責任は、どうするおつもりか?」

「…………」



重苦しい空気が流れる。何も言えないミゼル。



「陛下。此度の被害は甚大。私は、パンタラント伯爵家の取り潰しをご提案いたします」



……恐れていた言葉である。



「陛下! 何卒、挽回の機会をいただきたく!」

「黙れ! パンタラント伯爵、そなたは陛下に下賜かしされた領土を守れなかったのだぞ! どの口を持って挽回の機会などと!」

「フォルグラン侯。そのくらいにせよ」

「!? ハッ!」



いよいよボスの登場だ。



「パンタラント伯。そなたは余に、良く仕えてくれた。そこは感謝しておる」

「ハッ! 有難きお言葉」

「しかし、パンタラント壊滅の責任は、誰かが取らねばならん。それは、分かるであろう?」

「……良く理解しているつもりです」

「……うむ。で、あるならば、パンタラント伯爵家を取り潰すこととする……他の者、異議はあるか?」



……王権。こんなあっさりと決まるなんて。

だが、俺の心は、パンタラント家とは一蓮托生だ。

他の貴族に仕えるつもりはない。ここで、何とかする!


俺は震える右手を上げる。

周りに、良く見えるように。



「ん? そなたは?」

「報告にあった冒険者です」

「そうか……して、何を語ってくれる?」

「陛下。この者は平民です。いくら功績があると言っても」

「良い! 余が許そう」



良かった。話が通じそうなお人だ。

俺は震える声を紡ぐ。



「パンタラント伯爵家の取り潰しを、どうかお見逃しいただけないでしょうか?」

「なっ! 貴様! 陛下に向かって、なんと図々しいことをっ!」

「良いと言った……そこな冒険者よ。それは出来ん。貢献には褒美を、失態には罰則を。今回、一族皆殺しになっていないのは、パンタラント伯の、これまでの貢献を勘案してのこと」



……やはり、一筋縄ではいかないか。

仕方ない。



「でしたら、私にいただける褒美を辞退いたします。その代わりに、パンタラント伯爵家の取り潰しを、取りやめることは可能でしょうか?」

「!? 貴様っ! それ以上言えば」

「フォルグラン侯! 黙っておれ。この件に口を出すなっ!」

「!? 申し訳ございません」

「……冒険者、名は?」

「ダイガクと申します」

「そうか……ではダイガクとやら。なぜパンタラント伯爵家の取り潰しに拘る? 自分の褒美があればよかろう?」



パンタラント伯爵家に拘る理由……そんなの決まっているじゃないか!



「……私は誓ったのです。パンタラントの町を復興させると。死んでいった仲間たちに、町に住む人々に……そこには、パンタラント伯爵家も含まれます」

「それでは弱いな。他の貴族でも問題あるまい? パンタラント伯爵家は取り潰しであって、処刑ではない。平民となったパンタラント伯と共に、町を復興させることもできるであろう?」

「……それはできません。私が信用しているのは、ミゼル・ガナイヤ・パンタラント、及びその親族のみでございます。他の貴族家と共に、パンタラントの復興は……私にはできません」



玉座の間に騒めきが起こる。

ある意味陛下も信用できない、と言ったも同然。

処刑されても仕様がない、一言。

それでも、これが俺の覚悟だ。



「ハッ! パンタラント泊よ。良い小僧を見つけたものだな」

「いえ。そんなことはございません」

「……まぁ、良い。冒険者ダイガク。その覚悟は称賛しよう……だが、決定を覆すことはできんな」

「……私が、陛下に……いえ、国に貢献していないから……ですか」

「その通りである。此度の巨人を、討伐したというのも怪しいものだが。そなたの名を私は初めて聞いた。今までも大した功績がないのであろう」

「……」



ここにきて、能力を隠していたことが裏目に出たか……



「言い返すこともできんか?」

「……」

「では! パンタラント伯爵家は取り潰しで」

「陛下に献上したき物がございます!」

「……ほう? 余の言葉を遮ってまで渡したい。そういうことか?」

「ハッ!」

「……よかろう。ただし、仕様もない物であれば……そなた、分かっておるな?」



ゴクリ!


王に向かって、ここまで暴言を吐いたんだ。

処刑されてもおかしくない。


俺は、インベントリから『生命神のチョーカー』を取り出す。

もちろん、ポケットから取り出したように見せてだ。

魔神討伐の報酬だったのか、いつの間にかインベントリに入っていた。

神聖な見た目をしていたので、ファミルにでも渡そうと、考えていたんだが……

神の名がついた装備品。ここで出すのが吉と思った。


『生命神のチョーカー』を傍に寄ってきた男に渡す。

王が、男から受け取って観察し始めた。

2つの効果について説明し、静かに行く末を見守る。



「……それは、誠の話か?」

「ハッ! 全て真実です。嘘は一切ついておりません」



王の眼を真っすぐに見て、逸らさない。

こちらに疚しいことは一切ないのだから。



「そうか……後で鑑定士に見せよう」

「陛下っ!? この者が嘘を吐いている可能性も」

「良い。ここで嘘を吐く意味があるまい? して、ダイガクよ。そなたが望むものを言ってみよ。叶えるかは分からんが」

「……よろしいのですか?」

「良い! 言うだけ言ってみろ」



ありがたい。俺がい今のところ望むのは二つ。



「お言葉に甘えて二つだけ。一つは、先ほどから話に上がっているパンタラント伯爵家の存続」

「うむ。して、もう一つは?」

「パンタラントの復興に猶予をいただきたい」

「? どういうことだ?」



俺は説明する。

ここで、パンタラント伯爵家が存続できたとしても、町の復興に時間が掛かってしまっては、お咎めを受けてしまう可能性を。

王は否定したが、状況は目紛めまぐるしく変わる。

そんな中、真っ先に目が当たりそうなのが、パンタラント伯爵家。

数か月には、やっぱり取り潰し! なんてことになりかねない。

用は、今日決まったことに時間的期限を設けて、その間は覆されないようにする。



「ふむ。そなたの考えていることは分かった……して、期間はどのくらい必要か?」

「10年。それだけあれば、パンタラントの復興は可能と愚考いたします」



またもや騒めきが起こった。

この世界の基準で考えれば、10年では復興ができない。

そう思われても当然だ。

だが、現代日本から来た俺としては、不可能ではないと思う。

いや、10年もかからないと思っている。

それだけ、ステータスの、Lvの恩恵は凄まじいのだ。



「……よかろう。パンタラント伯爵家の取り潰し 及び 領主替えは、今後10年行わないことと約束しよう」

「陛下っ!?」

「私が決めた。それで良い。承認はここにいる者、全てだ。我が『バートニア』の名において誓うぞ!」

「…………」

「ふむ。少し、褒美が弱いか。税の1年免除と……ダイガク、そなたに騎士爵を授ける」

「!?」



……えっ?


その後は、俺が徐爵を受けて終わった。

結果的に、目的は達成できた。

税の免除という、おまけも付いてきて。


でも、爵位は要りませんよぉ~。王様ぁ~。




謁見も終わろうとしており、後は退出だけとなった時だった。

唐突にミゼルが口を開く。



「陛下。恩赦おんしゃをいただいた身で恐縮なのですが……1つ、お願いがございます」

「……良い。言ってみよ」

「ハッ! 私の娘、ファミルと第三王子殿下の婚約についてでございます。パンタラント壊滅の責任……それに町の復興もございますので、婚約の破棄をさせていただければと」

「……なかったことではなく、破棄とな?」

「ハッ! 当方に全ての責任がありますれば、今更なかったことにするなど、虫の良い話! 当方の事情による、婚約破棄とさせていただきたく」

「……相、分かった。今日は気分が良い。パンタラント泊、そなたの言う通りにしよう。我が『バートニア』の名において、我が息子『ドライル・バートニア』とファミル嬢の婚約を破棄する」

「有難き幸せ」



ファミル嬢って、第三王子と婚約してたの!?

俺……キスしちゃったよぉ

もしかして、そのせいで婚約破棄に、なんて……

違うよね?




こうして、初めての謁見が終わった。











<<SIDE:ライトル・バートニア>>



「陛下。良かったのですか? あのような小僧に」

「ん? ああ、良い。そなたが気にすることではない」



謁見は続いており、宰相が口上を述べている間に、妻が話しかけてくる。

今日は面白い者を見た。

王である私に媚びず、壊滅したパンタラントを救うために、死ぬ覚悟すら持った青年。

自分の褒美に、神話級の装備を渡してでも、主君を守ろうとする心意気。

部下に欲しいくらいだ。


謁見は続く。いつもと変わらない光景。

そのためか、先ほどの青年がずっと浮かんでいる。


……私も年かな。

そろそろ、息子たちに渡すことも考えねば……


あの青年を見ると、パンタラントの復興は、まず間違いなく成される。

10年と言っていたが、おそらく数年で完了するだろう。

その後の発展は、あの者次第。

そして、その発展も成し遂げる。

そんな確信じみたモノを感じていた。



「フフッ、フハハハハ」



突然、笑い出した王に、玉座の間が静かとなる。

謁見に来た者は、何か失態を犯したのか、と震えていた。



「あぁ、済まぬな。先ほどのことを思い出しておった。許せ」



いかんな。

いつ見ても、若者の台頭とは心が躍る。


今の発言で、青年に注目が行ってしまったが……よかろう

この荒波を乗り越えられなければ、復興など出来ようはずもなし。


バートニア王国の王 ライトル・バートニアには、今後のことを考えると、笑顔をこらえられなかった。

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