11話 ファミル・クレイム・パンタラント2
「スースースー」
静かな部屋の中に、規則正しい呼吸音が聞こえる。
その主はベッドの中。
よほど疲れていたのか、横にしたらすぐに、寝息が聞こえてきた。
覗き込んでみれば、穏やかな表情を浮かべている。
「ここ数か月、寝る間を惜しんで働かれたのですから、ゆっくりなさってくださいね」
呟き、仕事を終わらせるために部屋を出る。
起こさないよう、慎重にドアを閉め――
「ダイガク様の様子はいかがでしょうか?」
た瞬間に、横から聞こえてきた声。
最愛の人との時間。
その余韻に浸っていたため、若干イラつく。
顔が強張らないよう気をつけながら、体を向けた。
「すぐお休みになられました……こちらに何か御用でしょうか? シャカンさん?」
「そんな、他人行儀な呼び方はやめてくださいな。ファミル様」
視線を上げれば、柔和な笑みを浮かべた赤髪の女性、シャカンが目に入る。
私以外の人もそうだが、皆シャカンを見れば、その容姿に目が行ってしまう。
フルプレートの騎士が被るヘルムを、そのまま着けたように大きい胸。
細い体に女性らしい臀部、ここにもヘルムが二つ。
男性に好かれそうな、私から見ても女性らしい肢体に、素直に嫉妬する。
ダイガク様が獲られてしまいそうで――
『……いけませんね。ダイガク様は私のモノではありません……ですが、私の気持ちは本物です。負けませんからね』
「そう言われましても、難しいご提案ですね」
「いえいえ。同じ男性を好きになった者同士、仲良くしたいと思っているだけです」
「……」
「そのように、怖い顔をしなくても大丈夫ですよ?」
本当にそうだろうか?
シャカンさんは『ダイガク様を手に入れたい』、そうおっしゃったと風の噂で聞いた。
今も微笑みを浮かべたままだが、本当に笑っているわけではないことも分かる。
『私も貴族の端くれ。その程度で
「その内、お願いいたしますね?」
「ええ……いつかそうなれると、私も嬉しく思います」
会話を終え、シャカンの横を通って、領主館の外へ向かう。
すれ違う際、シャカンの後ろにひっそりと立っているウェイゼルを見て、体がビクッとした。
『シャカンさんの右腕、ウェイゼルさん……この方は体が大きいのに、本当に気配がありませんね……心臓が飛び出るかと思いました』
途中で合流した
回復魔法が得意な私は、ケガや病気の人々を救うために診療所を始めた。
パンタラントの壊滅、という状況を救うために始めたことだったが、意外と私に合っていたようだ。
魔法で人々を救うことも、診療所の経営も苦になっていない。
当然、伯爵令嬢である私が働くことは、周囲から猛反対される。
巨人討伐の際、ダイガク様に近づくことを否定した侍女なんかは、発狂しながら『貴族であるファミル様が働くなどと!』と連呼していた。
そこで私は言ったのだ。
「貴族は民の象徴。領土に何かあった時は責任を取ります。平時はその対価に好き勝手していますよね?……でしたら、私も好きなことをしてもいいはずです!」
診療所は私がしたいこと。
仕事かもしれないが、本当に私が、心からしたいと思ったことだ。
貴族だからと言い訳を述べるのであれば、私も貴族だからと反論する。
私を止めるのであれば、納得する理由と解雇される覚悟を持ってきて欲しい。
結局、誰も私を説得できず。
無事、診療所を続けている。
そんな私を見て感化されたのか、反対に私を手伝う者が増えた。
最初は何も感じなかったが、その内、手伝ってくれる者たちに感謝の気持ちが芽生える。
ちょっとした雑用でも、誰かが手伝ってくれるだけで大分楽になるものだ。
『独りでもやろう! と思っておりましたが……やはり、人との協力は大事ですね』
今では従業員として雇い、日々良好な関係を築けている。
ちなみに発狂した侍女は、いつの間にか屋敷からいなくなっていた。
執事曰く、お暇を出したと。
『他人事ながら、どこかで無事に生活していることを願います』
夕方から夜にかけて、ダンジョンから帰還した者へ、回復魔法を行使していく。
最近は、ダンジョンに行ってもケガをする領民は減った。
それだけ、戦闘経験を経て強くなっているのだろう。
「ファミル様。今日もありがとうございますです」
「フフッ! いつも通りで構いませんよ?」
「そう言ってもらえると助かりやす」
こうやって、領民と会話するのも日課になってきた。
何気ない会話に、意外と重要な情報が含まれることもある。
人とのコミュニケーションは大事だと、改めて感じる毎日だ。
とは言え――
『純粋に会話が楽しいのですよね』
ダンジョンの話。
モンスターの話。
その他に喜びや苦労など、本人の体験が含まれた話は、感情がこもっているためか聞いてると楽しい。
後ろの
そして夜。
一通りの治療が終わって、領主館に戻る。
中に入ってみれば、文官や
「そっちはどうなっている?!」
「今、確認している最中です! もう少し待ってください!」
「早くしろっ! それが終わらないとこっちが進められん!」
「そうは言っても――」
周囲から怒声が聞こえてくる。
『……私も含め、全員がダイガク様に甘えていたみたいですね』
「手伝います。私にもいくつか書類を回してください」
「!? ファミル様! そんなことできませんよ!」
「いいから回してください! このペースでは終わりませんよ!? あなたたちも手伝って!」
それから数刻。
ようやく、今日やらないといけない書類は片付いた。
手が付けられなかったものは、明日以降にやるしかない。
『少しずつ溜まっているにしても、ダイガク様はこの量を毎日……凄いですね』
体を壊してしまうのは当然! だと思いながら、周りの人を見る。
皆、疲れた表情をしていた。
「皆さん」
「……何かご用でしょうか? ファミル様」
「毎日、少しずつで構いませんので、やれることを増やしていきましょう。今、パンタラントにはダイガク様が必要です。もし、ダイガク様が倒れた場合、パンタラントは終わってしまう」
疲れているのを承知で言う。
『今、言うべきではないかもしれません。ですが、言っておかないといけない気もします』
「皆でダイガク様を支えましょう。私も手伝いますので……一晩、考えてみてください」
ここで叱責するのではなく、自分がどうしたいか考えてもらう。
疲れている時は、思考など出来るはずもないのだから。
だけど、ダイガク様の負担を減らすために、少しでも考えて欲しいと思う。
私も休むために部屋へ向かう。
その途中で、ダイガク様の様子がどうしても気になり、立ち止まった。
『……少しくらい、いいですよね?』
その場で方向を変え、ダイガク様の寝室へ向かう。
ソーっとドアを開け中に入る。
ベッドの傍まで行くと、出て行く前と変わらない姿があった。
『気持ちよさそうですね。無理やりでしたが、この表情を見ると良かったと思えます』
本当に気持ちよさそうである。
……目の隈は凄いことになったままだが。
そして、そんなダイガク様を見ている私は――
『……少しくらいなら、いいですよね?』
本日2回目の言い訳。
そのまま、起こさないようダイガク様のベッドに潜り込む。
淑女として教育を受けてきた。
そういう視点では、とてもはしたない行為。
理解していても我慢できなかった。
ドクンドクン
心臓が張り裂けそうなほどの爆音を奏でる。
このままでは眠れそうにないほど。
だけど、不思議と落ち着いている。
『ああ、私はやっぱりダイガク様のことを――』
あと少し、あと少し
そう思いながら、いつの間にか意識が無くなっていた。
………………
…………
……
<<SIDE:ダイガク>>
起きた。
ここしばらく、感じたことがないくらい清々しい朝だ。
『睡眠や休息は必要と言うことだな。体のダルさが無くなっている』
日本で『できる人間』みたいな書籍を読むと、『睡眠が大事!』と大抵書いてある。
まさしく今、それを実感したところだ。
『……部下を育てる必要が出てきた。元々考えていたが、これからはもっと大事になるだろう』
そして、そんな状態にならないよう対策が必要となる。
今すぐは難しいが、すぐにでも始めなければならない。
起きてすぐ、クリアな頭で熟考する。
どうすれば、解決できそうかを。
『まぁ、すぐに答えは出ないか……俺一人で解決できる問題でもない』
一度棚上げにして、ベッドから出ることにする。
違和感に気付いたのはその時だ。
「……」
右手に奇妙な感覚……はない。
そんなことをするまでもなく、俺は気付いてしまった。
隣で美少女が寝ていることに。
体の熱が冷めていく。
背中に冷や汗が流れる。
『マズくないか? 貴族の女性って、貞操を大事にするよな? 偏見か?』
同衾。
日本でも経験したことがない、女性と一緒のベッドで寝る行為。
母親は対象外。
それが貴族の女性、ファミル嬢ともなれば話がややこしくなる。
放心……することなく、取れる選択肢を考える。
『謝罪か? でも俺のベッドだぞ? 問いかけ? 言い訳?……いっそキスしてしまって――』
自分自身で動揺していることに気付けず。
そのまま時間が経って、ファミル嬢が起き出した。
「ん……う、うーん」
「……」
「うん? ダイガク様?」
「……ああ、ファミル嬢。おはよう」
「おはようござますぅ」
まだ気づいていないようだ。
「なぜダイガク様が私のベッドに? もしかして、私の夢?」
「現実だし、ここは俺のベッドなんだが……逆にファミル嬢は、なぜ俺のベッドで寝ているんだ?」
ファミル嬢が首を傾げる。
寝起きの顔にその仕草は、童貞に厳しい。
庇護欲が湧いてくる。
「ダイガク様のベッド? 私は昨日、自身の部屋へ……!?」
ファミル嬢の顔が赤くなる。
目尻が若干下がり、目に涙が浮かぶ。
そして俯いてしまった。
『!? か、可愛い』
これが計算であれば恐ろしいが、反応的に偶然なのだろう。
気まずいまま時間が過ぎていく。
「ダイガク様」
「……なんでしょうか?」
「今回悪いのは私です。ですが、淑女と床を共にしたのです……責任、取っていただけますか?」
「……ファミル嬢は、好きな方がいないのですか? ここには私とファミル嬢しかおりません。黙っていれば――」
「私はっ! ダイガク様が好きなのです!」
突然の告白に面食らう。
『出会って数か月、そこまで面識のなかった俺を?』
「何かの冗談ですか?」
「こんなことを冗談で言うと思いますか?」
『言う訳ないよな』
自分でも納得する。
でも、ファミル嬢は伯爵令嬢。
俺は騎士爵。
明らかにつりあわない。
『違うな。俺がどうしたいかか』
ファミル嬢には大変助けられている。
能力面でも精神面でも。
それに――
今一度、ファミル嬢を見ると、こちらを見ながら次の言葉を待っている。
その顔は不安に彩られていた。
俺自身、守りたいと思っているし、おそらく好きなんだと思う。
あんまり自覚はないが、他の人とは違う感情を持っているのは確かだ。
「ファミル嬢。私と結婚を前提に付き合っていただけますか?」
「!? はいっ! 喜んで!」
草原いっぱいに花が咲く、若しくは、夜空いっぱいに花火が打ち上がったような。
そんな笑顔と共に、俺はファミル嬢……ファミルと付き合うことになった。
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