10話
巨人襲来から8か月。
王都から帰ってきて、5か月が経った。
パンタラントの復興は順調そのもの。
俺は見に行けてないが、町並みは完全に元へ戻った……いや、以前よりも良くなっているらしい。
それもこれも、領民たちが頑張ってくれたお陰だ。
領民たちだけではない。
領主館で働いてくれる文官や騎士など、日本で言う政治家や自衛隊みたいな役職も、パンタラントの見えない所で頑張ってくれている。
だが、それでも人手が不足していた。
キンクに頼んだ奴隷たちや、他領の人間が集まった場合を考えると、まだまだ進めるべきことがある。
シャカンやキンクなどの、優秀な人材を見つけ部下にし、新体制を構築し始めているが全然追いつかない。
特に不足しているのは管理者、そして、文官系の人間だ。
この世界は創作ファンタジーと同じく、教育が行き届いていない。
言ってしまえば、領民全体の識字率が低く、そもそも文官として働けない人間が大半だ。
『今後は、教育にも力を入れていかないと……キンクに頼んだ奴隷が到着した後、まとめて始めるべきか。それとも一部の領民へ先に教えて、奴隷たちの教育を任せるか。どちらにしても、誰かへ相談だな』
そうやって、今後のことを考えながら移動し、部屋についたら状況報告や会議をする。
「ダイガク様、居住区の復興 及び 拡張が完了いたしました。これで、受け入れがいつになっても大丈夫です!」
「商業区の状況は約3割ほどとなっております。居住区の人員を回して、遅れを取り戻せる見込みとなっております」
「ダンジョンの方ですが、重大な問題は発生していません。最深階層も更新し続けています」
「ダンジョンについては追加の情報が。モンスター素材についての問題が――」
各方面や現場を任せている文官から報告が続く。
毎日毎日、凄い量だ。
捌ききれず、書類だけが積み上がっていく。
ちなみにこの世界、紙を作る技術は確立されていた。
こうやって大量に使うので、魔法を駆使して実現されているらしい。
俺に、その知識やスキルがないから、理屈はさっぱりだが。
俺も最初は、書類の内容を把握するのに手いっぱいだった。
だが、処理できる人間が俺しかいなかったので、必死で内容を把握したのだ。
その結果、全ての報告が俺のところに集まってしまう。
悪循環。
早急に、教育された人間が欲しい理由だった。
俺の仕事が止まると、後続が全て止まってしまう。
責任が重い。町の運命を左右してしまう責任が。
『……それでもやると決めた! 恩を返す! と。今、こうして生きることが、本当の意味で生きることが出来ているのは、パンタラントにいる人々のお陰だから。後は行動だけだ』
朝の訓練に、日中から深夜までの政務。
時間を見つけたら、積極的にダンジョンへ行く。
ここ数か月は、そんな生活を続けていた。
………………
…………
……
そんな、ある日のことだ。
いつものように朝の訓練と、日中の会議などを終わらせる。
ここまでは、特に問題なかった。
問題が起きたのは夕方、書類仕事を始めた時だ。
「!?」
「ダイガク様っ!?」
急に力が抜ける。
慌てて机に手を着き、何とか体を支えた。
俺自身、内心はヒヤヒヤだ。
夢で、側溝とかに足を滑らせて、体が虚無へ落ちていく感覚。
なんとも言えない恐怖を感じた。
『危ねぇ。イスから落ちるところだった……一体何があった?』
一瞬の出来事だったため、すぐに元へ戻る。
そして気付いたら、侍女のライラに支えられていた。
「ダイガク様、ご無事ですか?」
「ああ、大丈夫だ。特に問題はない」
「最近、働きすぎでは? 少し休養を取られた方が――」
「いや、本当に大丈夫だ。それに処理すべき案件が溜まっているから、休んでいる状況でも無いしな」
意外にも、日本にいた時より充実している毎日。
領民の報告を聞くのが、楽しみになっている。
仕事一つ一つが苦にならない。
このことを不思議に思う。
『転移前では、絶対に感じなかっただろうな……』
「ライラも仕事に戻ってくれ。若しくは休憩か?」
「……仕事に戻ります。ダイガク様も、お体を大事になさってください」
「分かっているさ。心配ありがとう」
『体調は気を付けるさ。抱えすぎて、潰れた人間は何人か見てきた。そうならないようには――』
そこまで考えたところで、執務室のドアが開く。
そちらを見れば、無表情のファミル嬢が立っていた。
ゆっくり閉まっていくドア、こちらへ迫ってくるファミル嬢。
ファミル嬢には、医者のような働きをお願いしている。
俺がダンジョンへ行くようお願いしたこともあって、領民のケガは絶えない。
日々ケガ人が出ている。だが、ファミル嬢のお陰で死者や重傷者は皆無だ。
それだけ回復魔法は便利だった。
『今日、何か面会する予定があったか?』
ファミル嬢の登場に、今日の予定を思い出すが、思い当たる節がない。
いつの間にか、目前まで移動していたファミル嬢。
相変わらず綺麗な顔をしており、無表情でも見惚れてしまいそうだ。
ただ、元々目つきが鋭いので、現状ではちょっとした恐怖も感じる。
「今日は何か用事がありました――」
パァーン
『か?』
最後の言葉を言う前に視界が変わる。
左頬の軽い痛みと共に、右端にいた騎士が視界へ入った。
無意識に頬を抑え前を見る。
そこには、泣きそうな目とこちらを睨むファミル嬢が。
「領民も……ここにいる皆さんも……ダイガク様のことを心配しているんですよ!? もちろん私もです! もっと私たちを頼って下さい!」
ハッとして、部屋を見回す。
部屋にいた全員が、俺を見ていた。
怒り、心配、呆れ。
そんな感情が顔に張り付いたような、だが、嫌な感じはしない。
そこには俺を気遣う温かさがある。
「今から寝ますよ!」
そう言って、ファミル嬢に腕を引っ張られる。
『いや、ちょっと待って! あと少しで終わるからぁ!』
一言も言えないぐらい、勢いよく引き連れられたのは俺の寝室。
そして、無理やり寝かせられた。
「後は私たちで何とかしますから、今はお休みください」
そんな甘い声と共に破顔する。
普段の行動もあって、カッコイイ印象を持つファミル嬢がそんな顔をすると。
『……そんなんズルいじゃねぇか』
人生で初めての想い。
そんな小さな興奮の中、俺の意識は深い闇の底へ沈んでいった。
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