12話

ファミルとの結婚は、町の復興完了と俺の陞爵しょうしゃく後となった。

現在の町の状況から、俺は確実に陞爵しょうしゃくされるだろうとのことだ。


『別に爵位は必要ないんだが……ファミルと結ばれるためなら仕方ないか』


今まで、恋愛感情を抱いたこともない俺が、いきなり結婚を前提に付き合う。

自分自身、信じられないし、未だに現実感がない。

だが、不思議と晴れやかな気持ちだ。


『これが惚れるってことか……』


勝手に納得して、同時に守っていきたいと思う。

この町と共に、新しい家族を。


『そのために準備できることはしておく。俺は戦闘面で役に立たないし、地頭じあたまがいい訳でもない』


何の取り柄もない自分に怒りが湧く。

だが、この怒りは然るべき時に備え、密かに胸の内へ。

俺は今日もできることを進めていく。






ファミルに告白した数日後。

俺は空いた時間を使って、町へと繰り出していた。


文官たちが『他に出来ることはないか?』と、どんどん仕事を持っていくため、少しだけ余裕が生まれる今日この頃。

文官たちの成果はまだまだ粗削りで、訂正するところは多い。

だが、そのやる気と積極的な姿勢は、大変好ましいものだ。

彼らに寄り添い、少しずつでいいから、できることを増やしてもらえたらいいな、と思っている。


これは付き人のライラから聞いた話だ。

俺が寝入った後、慌ただしく仕事を終わらせた文官たちに、ファミルが発破をかけたらしい。

疲れたところだったため、嫌な顔をされていたそうだ。

が、一晩明けたら皆の感じが変わって、より自ら仕事をするようになったそうな。

俺としては助かるし、そんな行動をしたファミルを誇りに思う。




余談だが、今までライラを侍女と思っていたが、wikiで調べると意味が違っていた。

侍女は夫人に仕える女性のこと。

ライラは男である俺に付き従っているので、言葉と事実が一致していない。

色々検索した結果、付き人がしっくり来たので、誰かに紹介する時は『付き人』と言うことにした。






『見て回るのは久しぶりだな』


あちこちで作業をしている人々を見ながら、通りの真ん中を歩いていく。

座ってばかりで凝り固まった体をほぐしつつ、別世界か! と言うほど変わった町並みを眺めた。


区画の整理をしたことで、町の中心部には商店っぽい建物が多い。

そこから町の南へ向かっていくと、左右に背の高い建物が増える。

これらすべてが住宅。日本でマンションと言われていたものだ。



「おっ! ダイガク様ぁ!」

「仕事中に済まないな。これに君も携わったのか? 凄いじゃないか!」

「いやぁ、照れるじゃないですか。でも、凄いのはダイガク様ですぜ? このマンションっちゅう建物も、大勢入れるから、空いた土地を有効活用できる! これは革命ですよ!」

「そうか……そうだな。まぁ、君が元気で良かった」



話しているのは、ただの大工の若者だ。


『検索機能が、画像とか写真も対応してて良かったぁ』


正直、俺は彼を忘れていた。

そのため、声を掛けられたときは内心ドキドキだった。


慌てた俺は、写真を保存したフォルダを必死に探すが、中々見つからない。

そんな時、検索バーが目につく。


『一か八か』


彼の顔を検索対象とする。

すると、数秒かからず結果が返ってきた。

そして違和感なく、会話をすることができている。


『ESで画像検索できるって、初めて知ったわ!』


彼と話しながら新しい発見をした俺は、会話が終わった後、ウキウキした足取りでさらに南へ向かう。






「それにしても、本当に変わったな」

「そうですね。これも全て、ダイガク様のお陰ですよ」



護衛の騎士と一緒に、次々と建設された建物を見て回る。


『忍耐の魔神と戦った後は、津波の後っぽい感じだったのに……すっかりその雰囲気はないな』


倒壊した家の瓦礫は見当たらないし、路上で座り込むような人もいない。

ほとんど復興が終わり、町に活気が戻り始めている。

それに合わせて、領民の中にも笑顔が増えた。


『……良かった。本当に。これで、少しは手向けになるか』


思い出すのは、死んでいった人々。

特に時間を稼ぐため、自ら魔神へ突っ込んでいった者たちだ。


『彼らのお陰で、こうして平和があると思うと、何かを返したかったからな』


この肉体は19歳。

だが、俺の精神は33歳だ。

いつの間にか、涙脆くなっている自分がいたらしい。

唇がわなわなと震えてきた。




「おいっ! 早くその荷物を運べ!」



俺が感傷に浸っていたところ、いきなり聞こえてきた怒声。

歪む視界をクリアにするため、腕で目を擦って、声が聞こえてきた方向を見る。


そこには、犬や猫の姿をした獣人たちが、鞭で叩かれている姿があった。

鞭を持っているのは、恰幅が良い女性と、その後ろには背が低い男一人。

女性は、しきりに獣人たちを怒鳴って、鞭を地面に叩きつけている。


獣人たちの首には、革っぽい素材で出来たベルトが巻かれていた。

また、彼らの体は傷だらけで、明らかに鞭以外の跡もある。


近くには木箱がいくつかと、袋のようなものが落ちていた。

それなりに通行がある通りの真ん中。

周りの人間は気にせず、通り過ぎている。


『いや……気にはなっているのか』


顔だけ動かして見ると、何人かは不愉快そうな顔をしている。




この光景は、実際よく見かけている。

特に王都では日常茶飯事っぽかった。


転移してきたこの世界。

以前見聞きした通り、奴隷制度がある。

特に他種族がその対象。


パンタラントが所属するバートニア王国は、他の国に比べてまだマシな方だ。

奴隷に関する法が整っている。

奴隷の主人に、衣食住の保障や故意の殺害をさせないよう、政策をとっていた。


それでも、世界は奴隷たちに厳しい。

最低限の法律は守るが、それ以上はない。

まるで、道具のように扱われる。そんな印象だ。


奴隷への偏見に関して、パンタラントはバートニア王国内として見ても少ない方らしい。

これも、ミゼルの人徳がなせる業だろう。

他の領は、見えないところで法律を守られておらず、毎年、かなりの奴隷が亡くなってる。






俺が、そんなことを考えている間にも、鞭が何回も振るわれる。

その内の数回が獣人へと当たって、小さい悲鳴が……

それのどこが不快なのか、女性はツバを飛ばしてさらに怒鳴る。


『悠長に考えている場合じゃないな。不愉快だ! こんな奴はこの町にいらない』


商人のキンクとした約束。

守るのは当然として、俺としても奴隷たちをどうにかしたい。

たとえ打算があるとしても、人を傷つけていいとは思わない。


気分が悪くなったところで、止めに入ろうと足を出した時だ。



「おばさん、やめろよ! 可哀そうじゃねぇか!」



どこかで聞いた高い声と共に、子供たちが現れる。

そう、町に来てすぐに出会い、仲良くなった子供たちだ。



「ああ゛? はっ! クソガキ共が、私に意見しようってのか?」

「そうだよ! おばさんは最低の人間だ! 同じ町に住んでる仲間なのに、こんな物みたいな扱いはおかしいぜ!」

「大将の言う通りだ、ババァ! バーカバーカ」

「……ガキ共、なんて言った? そんなに死にたいなら、今から殺してやる!」



女性が鞭を振り上げたところで、俺の傍にいた騎士が動く。

そこそこの距離を瞬きの間で詰め、女性の手首を抑えた。



「なっ! 騎士ィ!?」

「見苦しいぞ。子供に手を上げるなど」

「離せ! こんなことをしていいのか? 今から大声で叫んでやるよ! 暴力を振るわれ――」

「何を言っても、もう遅いがな」



女性が初めて俺を認識し、驚愕した表情をする。

まぁ、今の俺は代官用の服ではなく、普通の服を着ている。

代官用の服は装飾が凝っている上に、生地が固いし、全体的に重くて疲れるのだ。



「代官様ぁ! 今のは見間違いでございますよ!」

「……見間違い? 何を見間違いと?」

「全てでございます! 私が、代官様のご指示を無視するわけ、ないじゃないですかぁ?」



そう言いながら、手に持った何かを渡そうとしてくる。


『賄賂か』


見れば金だ。

これもよくある光景。

日本の感覚からすると、違和感しかない。



「……」

「どうされました? 代官様?」



『昔であれば、喜んで受け取ったかもしれんな』


課金時代を思い出す。

どうやって、課金するための資金を用意するか。

日夜、そのことばかり考えていた。

生活費を切り詰めるために実家で暮らし。

車やファッションなど、一般的に興味を持ちそうな物も無く。

貯金もせずに毎日課金。


それはそれで楽しかった。

そう、楽しかったのだ。


目前の金に視線を戻す。


『これは違う。俺の心を満たす物ではない』



「悪いが、そなたの行動は看過できない」

「なっ!? それは――」

「この者たちを捕まえてくれ!」



俺の指示で、騎士たちが動き出す。

瞬く間へ地面に伏す女性。



「やめろ! 私を誰だと思って! おいっ、お前! 今すぐ私を助けろぉ!」



抵抗していた女性の声を聞いて、後ろに立っていた男が動き出した。

マントを着ていたため気付かなかったが、結構鍛えられている。

腰に差していた短剣を引き抜いて、襲い掛かってきた。


その対象は……


『俺か! 普通、代官を狙うか?!』


真っすぐこちらへ向かってくる。

かなりの速さだ。


護衛の騎士は一人。女性を取り押さえていて動けない。

外出が急だったため、準備を待てず、通常二人のところを一人だけ連れて来たのが仇になった。


日々の訓練のお陰か、自然に迎撃の態勢をとる。

だが……


『今のステータスと技術では、対応は無理か!』


あれからLvも上がっているし、体術系の技術もついた。

それでも、相手するには無理がある。


俺が若干諦めた時、小さな影が割り込んで来た。



「ダイガク様は俺が守るんだ!」


その一声と共に、腰の入ったパンチを繰り出す。

完全に不意を突かれた男の腹部へ、直撃。

男は水平に飛んで地面を転がった。


気絶まではしていないようだが、相当な威力だったようで、悶絶している。



「シャアッ! 見たかぁ!」

「大将は、やっぱすげぇよ!」



割り込んだのは、子供たちのリーダーをしている少年。

名を『アブル』

実は、シャカンとウェイゼルの子供らしい。

聞いたときは心底驚いた。


『まさか子供がいるとは……そして、俺を求めるとは思うわんだろ』



「アブル」

「ダイガク様! どうよ? 俺、カッコよかったでしょ?」

「ああ! カッコ良かったぞ! 俺からしたら英雄だったさ」

「……まだまだだよ。俺はダイガク様みたいになりたいんだから」



どうやらアブルは、魔神を討伐した時の俺に憧れているらしい。

やたらと俺を立ててくれる。

正直、照れくさいのだが、悪い気はしない。



捕らえた者たちを、駆けつけてきた兵士に引き渡し、アブルたちと少し話す。

聞けば、アブルたちの子供グループもダンジョンに潜っているそうだ。


『できれば、危ないことをせず、勉強とかしてほしいのだが……そういう場所も作らないといけないな』


スラム街の子供たちは、生活するために仕事をする必要がある。

自分の食い扶持は自分で。

それがスラム街のルールだ。



「危険ではあるんだけど、前よりいい暮らしができてるんだ! 俺たちが活躍すれば、大人たちにも認めてもらえるし。ダイガク様には感謝してるんだぜ?」

「そうか。俺としては、危ないことをしてほしくないのだが……」

「大丈夫だよ! ちゃんと訓練もしてる。問題ないって……それに、親父にも強くなれ! って言われてるし」



『シャカンやウェイゼルが絡んでいるのであれば、一応大丈夫だろう』


一旦、納得することにした。

そこから近況などを聞いた俺は、領主館に戻る。

その道すがら、アブルの戦いを思い出す。


『……羨ましいな。パンタラントを守るための必要だったとはいえ、子供でもあそこまで戦えることを見ると……』


強くなりたい!

町を、領民を、ファミルを、俺が守れるように!

今一度、自分の気持ちを再確認した休息だった。

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