第42話 S級冒険者、その名は

「どういうことですか?」


「悪いが、俺も詳しくは知らないんだ。ただ、この半年くらい、王国軍は品質のいい装備を集め続けている。それも、かなり優先度を上げてな」


「そうですか」


 イツキが最初に考えたことは、隣国との戦争だった。優秀な装備は喉から手が出るほど欲しいだろう。

 だが、それに組みするつもりはない。

 始まってしまった戦争を終わらせるための武器ならともかく、戦争が始まる契機となる武器など作りたくもない。


「……戦争ですか?」


「少なくとも、俺の知っている範囲だと、その計画はない」


「なるほど」


 生産職のギルドマスターほどの人間が噂すら知らないのなら、その可能性はないのかもしれない。


「あと、戦争にしては、要求する武具の品質があまりにも高すぎる」


「……どういう意味ですか?」


「武具の話なのでね、生産職ギルドへの期待は高い。こちらも総力を上げているんだが、正直なところ、採用率は高くない。俺が腕を振るっても、10作のうち1つ採用されるかどうかってところだ」


(……腕利きが『会心の出来』を出したら到達できるくらいか……)


 修繕におけるパーフェクトリペアのように、生産職は確率でランク上の装備を作れることがある。

 クラフトの腕前の詳細は知らないが、口ぶりからしてかなり高いはず。

 そのレベルの『会心の出来』であれば、大業物クラスだろう。武器としては優秀だが、結局のところ、運用するのは人間だ。腕が見合うエリートに与えるなら数振りでよく、雑兵に与えても効果は薄い。

 調達難度を考えると、大量の兵士を使い捨てる戦争に投入するなら、業物くらいが妥当だろう。


(確かに妙ですね)


 そう思いつつ、イツキの答えはこうだった。


「ただ、用途不明のものを大量に作りたいとは思いませんね」


「……言っておくが、王家の肝入りなので、報酬はすごいぞ?」


「納得できる理由がないと」


「素晴らしい。それが言えるのは、腕利きの鍛冶師の特権だ」


 それは皮肉というよりも、組織を超えた強さへの賞賛だった。


「なら、数を限定して作成するのはどうだろう?」


 数が少なければ、悪用されたとしても被害は少ない、という意味だ。

 その辺が落とし所か、とイツキも思った。

 生産職のギルドマスターであるクラフトにもメンツがある。ここまで目立ってしまった以上、悪い印象を残したまま立ち去るのはよくない。組織を敵に回すことの愚かさは、前世の常識で判断できる。


「わかりました。では、いくつか作りましょう。ただし、私の存在は秘すようお願いします。それと、王家の意図を探ってください。私の作る装備なら取引材料になるでしょう?」


「簡単に言ってくれるが――悪くはないか」


 そう言って、クラフトは不敵に笑った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それからしばらく、イツキは王都を見学しつつ、気が向いたら生産職ギルドに出向いて装備を作る日々を過ごした。

 その日も、イツキが鍛冶場で作業をしていると――


「あ、いたいた! イツキさん!」


 そう言って、ギルドの受付嬢が近づいてくる。

 イツキは手を止めて受付嬢に顔を向けた。


「なんでしょうか?」


「ちょっと、急なお願いがありまして。S級冒険者さんの装備を直して欲しいんです」


「へえ」


 冒険者ギルドが冒険者をランクで管理しているのをイツキは知っている。F級から始まり、順にA級まで上がって、その上がS級となる。

 つまり、最高ランクの冒険者というわけだ。


「やっぱり、すごい装備なんですか?」


「見た目は普通の武器っぽいんですけどね。すごい業物らしくて、滅多に直せる人がいないらしいです。10年くらい前に恩人からもらった大切な装備なので、腕利きの修繕師をずっと探していると」


「そうなんですね」


 イツキは内心で苦笑した。

 そこへ現れたイツキのことを、生産職ギルドとして推薦したわけだ。


(……10年も前の装備を大切に使う人なんだから、そりゃ一肌脱がないとな)


「構いませんよ」


「わかりました! 呼んできますね!」


 受付嬢が戻ってくるまで、イツキは手元にある剣を眺めることにした。生産者である鍛治師からアドバイスを頼まれたのだ。

 この場所で、すでにイツキは『鍛治の神』という扱いを受けていた。技量がヒエラルキーの世界なので、当然といえば当然なのだが。


(頼られるのは悪くないことだ)


 同じ生産の道を行くものだ。後進たちにいい助言をするべく、イツキは熱心に剣を眺める。

 そんなとき、気配が戻ってきた。


「この方です!」


 受付嬢の声。剣を眺めていたイツキの反応が遅れる。それに構わず頭上から男の声が響いた。


「すごい腕前の鍛冶師がいるって聞いたんで期待してきたんだけど、まず、できるかどうか教えてくれないかな。絶対に壊したくないんでね、できないならできないでいいから、正直に教えてほしい」


(……ん?)


 イツキは声に引っ掛かりを覚えた。どこかで聞いたことのある声だった。

 イツキが顔をあげる。

 その視線の先には――

 男が立っていた。

 男の顔には見覚えがあった。10年くらい前に見た映像とダブる。イツキがこの世界にやってきたばかりの頃に見た映像。

 視界の先にある男の表情が驚きに変わる。イツキが口を開くよりも先に、男が言葉を吐いた。


「イツキ――?」


 その声を聞いて、ふふっとイツキが笑う。

 そこには、昔のような新米の冒険者はいない。

 そこには、最初に出会った18歳の頃よりも、多くの修羅場をくぐって経験と年を重ねた歴戦の冒険者がいた。

 彼が差し出そうと右手に持っている剣に、イツキは見覚えがあった。別れの日に、イツキが贈った最上大業物のロングソードだ。


 ――俺はウォル。見た目のとおり、戦士だ。


 そんな言葉が脳裏に蘇った。

 去来するさまざまな感情を懐かしみながら、イツキは口を開いた。


「お久しぶりですね、ウォルさん」

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