第41話 王都サングリア

 門番に大銀貨を5枚支払い、イツキは王都サングリアに入った。


「おおおおおおおお! ついにサングリア!」


 感無量である。

 もちろん、王都である以上、サングリアはシャイニング・デスティニー・オンラインにおける最重要ポイントなのだから。

 ゲーム上で駆け抜けたイベントの数々がイツキの脳裏に浮かぶ。


(ここで受けた討伐クエストで、暗黒竜ラハーデンにわからん殺し100回くらいされたのもいい思い出だな……)


 そんなわけで、いつものようにイツキは感動していた。

 王都だけあり、今までのどの街よりも建物の密度があり、歩いている人たちの数も多い。

 お上りさんよろしく、それらを眺めながら、イツキは適当な宿へと入った。

 リキララではバブリーな金の使い方をしてみたが、あくまでもイレギュラー。前世の生き方と同じく、質素堅実に生きていこうと思っている。

 というわけで、入ったのは普通の宿だ。

 宿の受付嬢に話をすると――


「お客さま、滞在期間はどれくらいですか?」


「ええと……決めていませんが、問題ありますか?」


「実は王都の法で、一時滞在者は1週間を超えて滞在する場合、王都内に後見人を用意する必要がありまして」


「……後見人ですか」


 困ったぞ、とイツキは思った。ゲームの中なら王族とでも知り合いだったが、今は誰も知り合いがいない。


「困りましたね、知り合いがいません。どうしましょうか……」


「人でなくても、組織に登録とかでも構いません。例えば、冒険者になる予定の人だったら冒険者ギルドに登録するとかですね」


「ああ、なるほど。じゃあ、生産者ギルドでも?」


「問題ありません。登録ができたら、発行される証明書をご提出ください」


 翌日、イツキは生産者ギルドへと向かった。

 特に用事はないので、どれほど滞在するかは決めていないが、登録するだけでいいのならしておこうと考えたのだ。

 生産者ギルドの受付嬢に話しかける。


「あの、私は生産者なのですが、ギルドに登録できますか?」


「もちろんです。ただ、制作物の提出をお願いしております」


「製作物……」


 イツキはただ繰り返しただけなのだが、どうやら受付嬢はそれを緊張だと受け取ったらしい。


「大丈夫ですよ! 品質のチェックまではしませんから!」


 ようするに、提出さえあれば生産者と認めると。

 なるほど、そういうことかとイツキは納得した。


 最初、イツキはザルなチェックだな、と思った。なぜなら、そこら辺に売っているものでも自分の製作物だと言って提出すればいいのだから。

 だが、それでもいいという割り切りなのだろう。


 そもそも、ギルドは仕事斡旋所なのだ。登録するだけならギルドに負担はないのだから。


「では、これでどうですか?」


 そう言って、イツキは制作していた短剣をインベントリから取り出して受付嬢に渡す。


「短剣ですね。少し拝見させていただきま――」


 短剣を引き抜いた瞬間、受付嬢の言葉が止まった。その目は、じっと短剣の刃を凝視している。


「……え、ええ、ええと……」


 あたふたしながら受付嬢が言葉を探す。


「あの、これは、どこかで手に入れたものですか?」


「私が作ったものです」


「疑うのは、その失礼かもしれませんが……そんなわけ、ありませんよね?」


 イツキは気がついた。

 確かにその短剣は、間違いなく最上大業物で、名工が作り出したものだ。

 名工というか、イツキだが。

 そして、イツキは外見上、15歳くらいの少女だ。これほど、名工にふさわしくない外見もないだろう。

 品質が悪くても気にしないそうだが、良すぎるせいで疑われるとは。


「作った本人なんですが……」


 登録できないと困ってしまうので、イツキとしても引き下がれない。

 少し考えた後、受付嬢は方針を決めた。


「わかりました。上のものに確認しますので、少々お待ちください。こちらの書類に記入をお願いいたします」


 そう言うと、短剣を持ったまま受付嬢はギルドの奥へと消えた。

 書類に名前や滞在先を書き込んで待っていると、中年の男を引き連れて、受付嬢が戻ってきた。

 男が書類に目を走らせる。


「イツキ、か。俺の名前はクラフト。ここのギルドマスターだ」


(ギルマスか!?)


 すごいのが出てきたな、とイツキは焦った。

 焦りつつも、感傷的な気分にもなっていた。なぜなら、クラフトはシャイニング・デスティニー・オンラインでも出てきたからだ。

 少し感動しつつも、やっぱり焦っているのが本音だ。

 どうにも騒ぎが広がりすぎている。自分の特殊性ゆえに日陰で生きていきたいイツキとしてはあまり歓迎できる状況ではない。

 生産者ギルドにきたのは失敗だったかな、そんな考えが頭よぎる。


「この短剣を作ったのは本当にお前でいいのか?」


「……はい。間違いありません」


 嘘ですと言うのが、丸く収める手っ取り早い方法のような気もしたが、それはそれで癪に障るのでイツキは引かないことにした。


「そうか、わかった。登録は受理する。ただ、ギルドから仕事の依頼をしたい。問題はないか?」


 実際に制作をする以上、嘘ならすぐにバレてしまう。

 だが、これは嘘を明かすためのハッタリではないとイツキは思っていた。なぜなら、すでに登録は受理する、と言っているのだから。

 そもそも、登録だけなら誰でもできるのだ。ここでイツキの真贋を見極める必要などない。

 正真正銘の依頼だ。


「構いません」


「わかった。なら、奥に来てくれ」


 イツキはクラフトの執務室へと移動した。

 応接セットで向かい合うと、クラフトは短剣をローテーブルの上に置いた。


「見事な短剣だ。正直、俺でも作ることはできない。ここに来た以上、お前が作ったと信じよう」


「ありがとうございます」


「その腕を見込んだ依頼だ。ロングソード、ラージシールド、プレートメイル――どれでもいいから作って欲しい」


「どれでも……? 数は?」


「それもいくつでもいいが……そうだな、こちらで決めるべきか。ならば、ロングソードを1本、作ってくれないか。その品質を見てから決めよう」


 翌日から、イツキは生産者ギルドの鍛冶場を借りて、一本のロングソードを打ち上げた。


==============================

ロングソード(最上大業物)

特殊効果:なし

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ただならぬ気配を感じさせる剣。

刃の輝きが、名工の技量を現している。

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 やってきたクラフトがロングソードを検分する。


「すごいな……」


 息を呑む、という表現がはまるような、クラフトの反応だった。

 クラフトが周囲の鍛冶師に目を向けると、彼らもまた信じられないものを見た様子でクラフトに証言する。


「このお嬢さん、マジですごいですよ。神業みたいな動きで作業していますから」


 彼らの目がある以上、すり替えも不可能。

 間違いなく、イツキの仕事であることが証明されたのだ。


「イツキ、執務室で話をしよう。今後についてだ」


 再び執務室でイツキと向かい合うと、クラフトが口火を切った。


「この品質の装備なら、いくらでも欲しい。作れるだけ作ってくれないか?」


「……このギルドで販売するのですか?」


「いや、そうじゃない。これは依頼なんだ。俺よりもはるか上位――王家からの」


「王家が?」


 王家が最上位の装備を欲している。それも、数限りなく。装飾や儀礼用であれば、それほどの数は求めないだろう。

 つまり、それ以外の何か。

 そこには当然、裏があるのだろう。きな臭いものを感じながらイツキは問う。


「どういうことですか?」

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