第28話 常夏の街リキララ

 白い砂浜! 青い海! 輝く太陽!


「リキララ、ウエエエエーーーーーーーーイ!」


 目の前に広がる情景を見て、興奮したイツキは思わずパリピのように叫んでしまった。

 だけど、仕方がない。

 夏の海には人を惑わす何かがあるのだから。

 通称、常夏の街リキララ。

 目の前に広がる光景は完全にハワイだ。


(テレビでしか見たことないから、知らないけど!)


 たぶん、ハワイっぽい。

 ミューレを出たイツキは馬車で移動して、リキララまでやってきた。

 有名なリゾート地だけあって、水着を着た半裸の男女が楽しそうに海で遊んでいる。

 常夏と称されるだけあって、この街には四季という概念がない。

 ミューレやセルリアンから遠く離れているわけではないので不思議だが、その辺は流れてくる潮や風が温暖なもの、かつ、さらに周辺の魔力が乱れていて気候がおかしくなっている、という――


(強引な設定だなあ!)


 近くに常夏の街を作りたいだけの力技設定があった。さすがはゲームの中の世界だ。

 そんなことを思いつつも、イツキは感無量になっていた。

 リキララはシャイニング・デスティニー・オンラインのアペンド・ディスク第一弾『東方への誘い』の中心となる場所なのだ。


(リキララにも来てしまったよ)


 ゲームの世界では、そこに『テレビで見たハワイと同じ画像』が表示されていただけだが、今は違う。

 磯の香りや、肌をじりじりと焼く暑い日差し。南国の自己主張の激しい刺激がイツキの五感を刺激する。

 そういう意味だと、セルリアンやミューレよりもリアルさが強い。


(うーん! 本当にいるんだな、シャイニング・デスティニー・オンラインの世界に!)


 そんな感慨深さを覚えつつ、イツキは右手を上げて叫んだ。


「よーし! 思う存分リフレッシュするぞー!」


 その言葉の通り、イツキが向かったのは、ビーチの近くにある大きな5階建てくらいの宿屋に向かった。

 ホテル・ライゼン。

 同じ宿屋とはいえ、冒険者を相手にしたものとは違い、大きくて綺麗なカウンターや、足元に敷かれたふかふかの絨毯など、明らかに『もてなし度』が高い。

 その名の通り、いわゆるホテル仕様だ。


「お客様、いらっしゃいませ」


 カウンターに近づくと、向こう側にいる受付嬢が丁寧な仕草で頭を下げてくれた。その辺の丁寧さも、荒れくれものを相手にしている冒険者向けの宿とは練度が違う。


「ご宿泊ですか?」


「はい」


「おひとりさまでよろしいでしょうか。ただいまですと、1泊あたり金貨3枚のお部屋が空いておりますが」


「あの、ロイヤルスイートルームに宿泊したいのですが」


 ロイヤルスイートルーム――イツキの口から飛び出した単語に驚いたのか、完璧な接客を続けていた受付嬢の表情にわずかな強張りが生まれる。


(……無理もないか……)


 その名前が示す通り、最高級グレードの部屋だ。

 もちろん、とんでもなく高い。

 見るからに金持ちそうな家族づれの紳士なら驚くこともないだろうが、一人でふらりとやってきた15歳くらいの少女が言い出したとあっては反応に困るのは当然だ。

 むしろ、へ? と言わなかっただけでもプロ意識が高い。


「1泊、大金貨5枚となりますが……?」


 普通の宿なら金貨1枚くらいだ。

 なかなかのぶっ飛び価格だが、


「大丈夫です」


 イツキは即答した。

 イツキの資産はかなりの額になっていた。3年間、ミューレでみっちりと働いたおかげだ。

 音楽の街ミューレでトップランクの楽器店だけあって、ルフェイン楽堂の給料はとてもよかった。おまけに、ハイエンド楽器ブランド『クロイツェル』の成功によるボーナスもあり、かなり稼がせてもらった。


(異世界で、社畜時代より、稼いでる――字余り)


 結局のところ、イツキの技術であれば、稼ごうと思えばいくらでも稼げるのだ。イツキが手を入れれば、ただの木片が大金貨1枚に変わるのだから。

 そんなわけで、一週間くらいの贅沢を楽しもうと考えている。

 受付嬢が口を開いた。


「……承知しました。ただ、実は――ロイヤルスイートルームは誰にでも貸し出せる部屋ではございません。ご身分を証明できるものはございますか?」


 これは職業住所という意味ではなく、高貴な人間かという意味だ。

 イツキは焦ることなく、紹介状を差し出した。


「ミューレのルフェイン楽堂のオーナー、ロゼさんからもらったものです。これで足りますか?」


「か、確認させていただきます!」


 慌てた様子で受付嬢が紹介状を持って奥へと下がった。


(旅立つ前に、話をしておいてよかった)


 次はどこに行くのか、とロゼに尋ねられたとき、リキララでバカンスを楽しむ、どうせなら大きなホテルでロイヤルスイートルームに泊まりたいと言ってみたら、これを用意してくれたのだ。


「そういうところは、泊まる側の格式を求めてくるものよ」


 などと言いながら。


(ありがとうございます!)


 おかげで助かった。

 戻ってきた受付嬢が深々と頭を下げ、預けていた紹介状を差し出す。


「こちら、確認が取れました。問題ありません。ご協力いただきありがとうございました」


 さすがは、超大物演奏家ともコネのある一流店だ。

 ちなみに、この世界には『魔力のこもった印鑑』があり、偉い人はそれを捺印することで自分のサインとする。そして、印鑑に宿った魔力を分析する器具で調べると真贋が鑑定できるのだ。

 そんなわけで、イツキは最上階にるロイヤルスイートルームに移動した。


「おおおおおおおおおおおお!」


 さすがは1泊、大金貨5枚。とにかく広い。無駄にでかいリビングを中心に、複数の部屋が存在する。全体の広さでいえば、前世でイツキが暮らしていたワンルームの10倍くらいはありそうだ。


「わっはっはっはっは!」


 なんだか、いろいろとハイになったイツキは部屋を駆け回った後、そのままベッドにダイブした。お高いベッドだけあって、絶妙なバウンド感でイツキの軽い体を受け止める。


「いやー、癒されるには最高の場所ですねえ……」


 ぐへへへ、とベッドに身を横たえたまま、イツキは笑う。

 そして――


「……あ、寝ていた」


 ハッとイツキは目を覚ました。宿に着いた安心感と長旅の疲れでうっかり眠ってしまった。

 まだ外は明るいので、ほんの少しだけだったが。


「焦る必要はありません。のんびりしましょうか……せっかくのロイヤルスイートルームですからね。うふふふ」


 宿泊は一週間だけの予定。そこからは、適当な安宿に移るつもりでいる。

 なぜなら、長期の滞在を予定しているからだ。高級宿にずっと泊まる度胸はない。

 休養が終わったら、動き出す。

 イツキは窓の外に目をやった。さすがに高級ホテルだけあって、海辺が望める絶好のロケーションだ。

 イツキの視線が遠くを眺める。

 海ではなく、海の向こう側、水平線の先へ。


(今までは、イベントを自分の手で起こすことに積極的じゃなかったけど――)


 この街では、とても大きなイベントがある。

 それこそ、アペンド・ディスク第一弾の目玉になるようなことが。


(今回は、それをやってみよう)

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