第29話 醤油のために、ガレオン船を作ろう!

 翌日、イツキはホテル内にある服売り場にやってきた。巨大な建物だけあって、宿泊施設以外も充実している。

 暑すぎるので、夏物の服を買い足す必要がある。

 もちろん、服装センスがないので――


「あのー、私に似合いそうな服ってありますかね?」


 店員さん頼みだが。

 女性の店員はイツキを見るなり、目をらんらんと輝かせた。


「あの、店員として言っていいのかわからないのですが……お客さま、すごい美人ですね!」


「あ、あははは……ありがとうございます」


 さすがに『イツキ』を4年もしているので対応も慣れてきた。イツキは顔立ちが整いすぎていて、異性のみならず、同性の目も奪ってしまうほどだ。

 とりあえず、その状況をイツキは頭で理解できている。


「これもう、私的に最高のかわいい! をおすすめさせていただきます!」


 そんな美人に服を用立てるのは光栄! とばかりに女性店員が張り切って服を選び始める。

 女性店員の後をついていくと――

 女性店員の目が、通り過ぎようとする空間へと向いた。

 そこにある、特設コーナーへと。


「あの、水着はどうしますか?」


「水着」


 そこには、常夏の街にふさわしく、カラフルでおしゃれな水着がずらりと並んでいる。


(水着……?)


 今まで縁のなかったアイテムだった。セルリアンもミューレも内陸地だったので、それが必要になることはなかった。

 中身が男性であるイツキの頭に浮かんだ水着は、もちろん、男性向けのハーフパンツだ。

 そんなイツキに女性店員が差し出したのは――


「こちらがお似合いかと!」


 ビキニだった。


(ビーキーニー!)


 それも『大胆な』という表現がつきそうな感じの、布面積が少なめな感じのやつだ。

 その発想はなかったイツキは一瞬で脳が焼き切れた。

 女性店員が興奮気味にセールストークを始める。


「お客さま、顔はもちろんですが、スタイルも抜群! まるで美の化身のようなお方ですから、こういう水着でも問題なく着こなせるかと!」


 鼻息荒く、むしろ、私がその姿を見たいんです! とばかりに女性社員が押し込んでくる。

 それはそうだろう。イツキのデザインは『ゲームのキャラ』なのだから。

 エンタメの世界において、主要女性キャラは逆張りしない限り、美人でありスタイル抜群なのだ。水着回であれば、当然のように大胆な水着も着る。

 そのように、デザインされているのだ。


「あ、あはははは……」


(そうか、外見上は女性だもんなあ……)


 むしろ、この外見で男性用の水着を着るほうが問題だ。

 それは理解できるのだが――


(いやいやいや……女性用の水着は無理だ)


 もう少し落ち着いた形状の水着に視線を向けても、本能が抵抗してくる。

 中身が男性なので、どうしても折り合えない部分があるらしい。

 服装は女性のものを着ているが、どうも水着というカテゴリは別扱いらしい。

 不要だと断ろうと思ったが――


「ええと、まあ……せっかくなので、それも買います」


 いつ何時、何が緊急で必要になるかはわからないから。


(インベントリに放り込んでおけば邪魔にはならないだろう)


 どうせ着ることはないから――と、そのまま買うことにした。


 このときの雑な判断を、イツキは後悔することになる。

 どうせなら、もっと落ち着いたデザインのものにしておけばよかったと。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 買い物をすませたイツキは海辺に向かった。

 さっそく、購入したばかりの白い半袖Tシャツに半ズボン、麦わら帽子の装備に身を固めて。

 格段に軽装になったが、それでも――


(……暑い……)


 それが常夏の街の醍醐味ではあるのだが。

 海では多くの観光客たちが遊んでいる。水着を着ないことにしたイツキには縁遠い場所のはずだが、せめて雰囲気くらいは楽しみたい。

 海に入れなかったのは残念だが――


(海で遊びたくて来たわけじゃないからな)


 楽しそうな砂浜の様子を横目に見ながら、イツキは海水浴場にあるレストランへと向かった。


「白身魚の香草焼きとスープをお願いします」


 届いた料理を眺めながら、思う。


(焼き魚に醤油をかけて食べたい)


 残念ながら、醤油がないので叶わぬ願いなのだが。

 簡単には手に入らないことをイツキは知っている。なぜなら、それらの素材がシャイニング・デスティニー・オンラインに現れたのは、アペンド・ディスク第一弾が登場してからだから。


 アペンド・ディスク第一弾で、実はここが西側の大陸だとわかり、東側にも大陸が存在すると明かされる。

 そして、アペンド・ディスク第一弾のクエストで大型帆船を作り、交易が始まって醤油のような食材が使えるようになるのだ。


(そろそろ元日本人として、醤油が欲しい……)


 4年ほどの禁醤油生活で、そんな思いが弾けてしまった。


 貿易が行われていないのなら、貿易をさせちゃえばいいじゃない!

 醤油のためなら、手段を選ばない!


 そんなわけで、イツキは交易イベントを無理やり動かすことに決めて、この地にやってきたのだ。


 魚の香草焼きに舌鼓を打ちつつ、イツキは思考を続ける。

 シナリオの進行は以下の通り。


 依頼主は、この街の領主――エタンロイ子爵の息子がやってきて「外洋の航海に耐えられる船を作って欲しい」と依頼してくる。

 作成するのは、船職人姉妹が経営するコルト造船所。


 二人に『大型帆船の設計書』を手渡すと、船が完成する。

 このイベントをこなすことで、このリキララは東洋への窓口になる。


 すると、醤油がゲットできるのだ。もちろん、醤油以外のアイテムも大量に増えるのだが。


 イベントのキーマンはエタンロイ子爵の息子と、コルト造船所。

 貴族に会うのは簡単そうではないので――


「まずは造船所からですかね」


 イツキは方針を決めた。

 ロイヤルスイートルームでリゾート生活を満喫した後、決めていた通りにホテルを引き払い、イツキは漁師街に移動した。

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