第5話 新たなる世界に乾杯

 いきなりの申し出だったが、イツキにも都合はよかった。

 それなりに金は持っているが、収入がなければいずれはゼロになってしまう。


「詳しい話を聞かせてもらえませんか?」


 その後、リクからの条件を聞いて、イツキは言った。


「お願いします」


「やった、ありがとう! すごく勉強になるよ!」


「ははは……教えられることなんてありませんが……」


「わかってるわかってる! 技術は教えてもらうんじゃなくて、盗み取るってのは職人の常識だから。勝手に学ばせてもらうよ!」


「あはははは……」


 イツキの言葉は本気で謙遜しただけだったが、どうやら別の解釈をしてしまったらしい。


 明日からの出勤を約束して、イツキは宿へと戻った。


 完全歩合制で、1日の平均的な依頼量だと賃金は金貨1枚。

 提示された賃金はイツキの能力を考えれば明らかに釣り合っていなかったが、仕事の内容的には相場だった。


 だが、それ以外の条件は悪くない。

 いつでも好きな時間に来ていいし、好きなタイミングで辞めていい。


(……俺の作業を間近でみたいってのが本音らしいな……)


 ゆるい労働環境で、雇い主はイツキの技術に敬意を払ってくれている初めて働く場所としてちょうどいいとイツキは思った。

 この世界に関する常識があまりにも欠けすぎている。まずは気楽に働ける場所がいいだろう。


(しばらく、あそこで様子を見てみるか)


 そんなことを考えながら、イツキは宿に戻った。

 宿で休んでいると、ウォルたちが訪ねてきた。


「さっき受け取ってきたよ。ありがとな」


 そう言って、イツキが修繕したラージシールドを掲げる。


「リクさんが、凄腕だって褒めていたよ」


「ありがたいことです」


「ついでに就職が決まったんだって?」


「はい、しばらく厄介になるかと」


 そこで斥候のシフが割って入った。


「じゃあさ、就職祝いをしようか?」


「え?」


「ウォルのおごりで飲みにいこうよ。ウォルの修繕費が浮いたお金でさ。これから同じ街にいるわけだし、仲良くしたいよね?」


「おいおい……」


 ウォルはわざとらしくため息をついた。


「ま、悪くはない考えだ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ふー、うー……飲んだ飲んだ……」


 ウォルたちと飲みにいった後、心地よい気持ちでイツキは宿に戻ってきた。端的にいえば酔っ払っていた。

 外見上15歳なのでオレンジジュースかと思っていたら、普通にアルコールOKだった。こっちの世界では法律的な厳密な取り決めはないらしい。


「子供にゃ早いけど、大人になったら勝手に飲む感じかな。まー、祝いの席とかだと、小さい頃から飲まされたけど」


 そんなことを、ウォルが言っていた。

 イツキは酔っ払い特有の少しうわずった喋り方で独語する。


「これは、明日からいきなり昼過ぎ出勤ですねー……。まあ、昼からでもいいという契約ですから問題ないでしょう……うふふふふふ」


 誰にともなく独り言を言っている時点で、相当酔っている。

 イツキ的には、いまだシャイニング・デスティニー・オンラインの世界にいるので、ゲームの世界で酔っ払っているのは不思議な感じだった。

 ベッドに腰掛けた後、そのまま勢いよく、ベッドに倒れ込む。


「酔っ払いなので、もう起きていられませーん」


 ウォルたちは気持ちのいい若者たちだった。距離感はほどほどに近くても、そっと気を使ってくれる。

 そんな距離感がイツキには気持ちよかった。

 ウォルたちは幼馴染みで、冒険者として一旗あげてやろうという感じで田舎から出てきたらしい。


「いいか、見てろよ。俺は竜殺しになるからな!」


 なんてウォルは力説していて、斥候のシフに「やめろ、死ぬぞ」と言われ、魔法使いのマリスに「頑張れー!」と言われていた。

 一方、イツキは自分の出自は曖昧な物言いしかできなかった。


(ネトゲの外の世界から来ました! とは言えないよなあ……)


 そんなワケアリなイツキを問い詰めたりしない点は、彼らのいいところだった。おかげで、楽しい時間だけを過ごすことができた。


 最初に出会ったのが善良な彼らでよかったとイツキは思う。

 右も左も分からない(外見上は)美少女なのだ。最初に出会う相手で人生は大きく変わっていただろう。


 ……まあ、不埒ふらちなことをしてきたら、レベル999の攻撃力で圧殺するだけなのだが。


「……いい感じですねー。いい人たちと知り合えて、仕事も見つかって。上々の滑り出しじゃないですか、異世界ライフ?」


 前世ではゲームをしている以外は社畜として働くか、寝ているだけだった。こんな人間らしい生活は実に久しぶりだった。

 おまけに、レベル999生産職という圧倒的アドバンテージ!


「……ふふふ、これもう幸せになるイメージしかありませんね……?」


 現状に満足した。

 すると、次に浮かんだのは「これから」のことだ。

 さて、何をしようか?


 昨日と今日だけでわかった。

 イツキの腕前は、充分に経験を積んだリクにすら衝撃を与えるレベルなのだ。


 大学や会社でよく言われたものだ。

 ――ゲームなんて役に立つのか? 時間の無駄じゃないのか?

 たまにイツキ自身も迷っていた言葉。


 だけど、今その答えは出た。


「ゲームやってて、本当によかった!」


 おかげで今の、絶対最強なイツキがいる。

 二度とはない幸運に恵まれたのだ。憧れのシャイニング・デスティニー・オンラインの実世界を存分に堪能しなければ!


 まずはセルリアンの街を遊び歩こう。


 そして、それが終わったら外の世界へ。

 多くの風景がイツキの脳裏に次々と浮かんでは消えていく。アーテホルンの滝やカンゼオン大峡谷――ゲームの世界で見た絶景が。


 思い出の地を目の当たりにしたとき、イツキの興奮はどんなことになってしまうのだろう。


 とはいえ、急ぐ必要はない。

 なにせ不老なのだ。死なない限り、時間は無限にある。


 自分が全てを捧げたネトゲの世界に、他をぶっちぎったチート状態で、無限に入り浸れるのだから。


(まるで夢のような時間だ!)


 あははははは、とイツキが笑う。

 楽しげな声は、やがて、静かな寝息へと変わったのだった。

 

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