第4話 修繕屋リッキー・リペアショップ

 翌日、宿屋で待っているとウォルたち一行が迎えにやってきた。

 彼らと合流してイツキは街に出る。

 街を歩きながら、持っていた盾を眺めながらウォルがつぶやいた。


「……俺には別におかしく感じる部分はないんだけどなー……?」


 そう思うのも無理はなかった。

 ウォルたちは生産の素人だから。


(ネトゲ時代を思い出すなあ)


 ふふふ、とイツキは内心で笑う。

 シャイニング・デスティニー・オンラインは武器や防具にも耐久値があり、状態異常があった。

 手に入れたからと言って摩耗せず、永続的に使い続けられるわけではない。そこには生産職による『手入れ』が必要だった。

 そうやって前衛職をサポートするのは実に楽しかった。

 本来であれば、ウォルの盾くらい自分で直してあげたかったが、工具もないし――リアルなシャイニング・デスティニー・オンラインの修繕屋も見てみたかった。


(……まあ、こっちの世界はゲームとはかならず一緒ってわけでもないから、まずは様子見かな)


 そんなことを考えているうちに目的の場所に到着した。


「ここだ、ここ。ここらじゃ一番、腕がいいところなんだ」


 ウォルが立ち止まった場所を見て、


「おおおおおおおおおおおおおお!」


 イツキはまたしても叫んでしまった。

 店には『リッキー・リペアショップ』という看板が掲げられている。


(自分で治せるようになるまで、初心者時代によく通っていた場所だ!)


 そんな店が目の前にあるのだから!

 店構えまで一緒で、まるでシャイニング・デスティニー・オンラインがテーマのアトラクションパークに来たような気分だ。

 ウォルが苦笑を浮かべる。


「おいおい……、お嬢様っぽくないな」


「す、すみません……たまにはめを外しちゃうんです」


 店の中もまた見覚えがある感じで、イツキは静かに興奮した。

 ウォルが無人のカウンターに近づき、ベルを鳴らす。


「今すぐいくよー」


 店の奥から声がして、20半ばくらいの職人風の女性が姿を現した。


(……おお!)


 やっぱりイツキは興奮した。

 そこにはゲームでよくお世話になった店長さんがいたからだ。ネット上の存在がリアルで目の前にいる。

 興奮して仕方がないのだが、さすがにイツキは自重する。

 ウォルが盾をカウンターに置いた。


「こいつの調子を見てもらいたいんだ」


「どれどれ」


 女職人は受け取った盾をしげしげと眺める。盾をクルクルと回転させたり、裏から覗き込んだりして。

 やがて、


「ほー」 


 と感心したような声を漏らした。


「こいつは『パーツ揺らぎ』の状態異常だね」


「え!? そうなの!?」


「装備のあちこちのパーツが微妙に緩んでいる。微妙すぎて、普通に使っているとわからないだろうけど、動かしたときに――」


 女職人が盾を傾ける。

 すると、微かな異音が耳に届いた。


「小さな音がする。このまま使っていると、戦っている最中にいきなり壊れてしまうこともあるね」


「おおおお……マジだったのか……」


「買い替えをお奨めするけど――これ、意外といいわね?」


「ああ、爺さんが兵隊をしていたときに褒章でもらったもんらしい。普通のよりはいい盾だぞ」


「だったら、買い替えるよりは補修のほうがいいかもね」


「金はないけど――ま、爺さんがくれたものだし、払うか。よろしく頼むわ」


 そう言って、ウォルがイツキのほうに顔を向けた。


「ありがとよ! お前の言ったとおりだ!」


 女職人もまたイツキをじっと見つめる。


「……あなたが気づいたの?」


「はい。特徴的な音が気になったので。ウォルさんに見てもらうように伝えました」


「ふぅん……生産系なの?」


「はい」


 しばらく考えた後、女職人はじっとイツキを見た。


(……なんだ、この見透かされる感じ……慣れないな……)


 だが、イツキには理由がわかっていた。

 実は『パーツ揺らぎ』の状態異常は鑑定が難しい。それなりの経験者でなければ、気づけないのだ。

 外見上15歳の少女が気付くのは――


(……ちょっと軽率だったかな……?)


 内心で焦るイツキに女職人が言った。


「修理は材料費だけでいいからさ、そこのあなた、やってみない?」


 その目は、お手並み拝見と雄弁に語っていた。


「……はい。頑張ります」


 装備に関する作業は生産系の華だ。控えめな返事だが、イツキはわくわくしていた。

 いったんウォルたちと別れて、イツキは店の奥にある作業部屋へと移動した。ゲームでは入れない場所だったので、なかなか興味深い。

 女職人が口を開いた。


「自分の工具がないんだったら、そこらへんのを使っていいから」


 そう言うと、女職人は離れた場所に座って中断していた補修作業を再開した。

 イツキもまた作業に取り掛かる。

 作業台の上に置いたウォルの盾がある。

 考える必要は何もない。

 鍛え抜いたスキルが、身体をどう動かせばいいか知っているから。


『修繕:ラージシールド(業物)』


 イツキの手が素早く動き、工具で盾の微細な歪みを直していく。

 そう時間をかけずに修繕は完了した。

 どんな角度にしても、異音は聞こえない。

 木工でウサギを作ったのとは違う興奮を覚えた。

 やはり、はっきりと世のため人のためになる目的があると達成感が違う。


(……ウォル、喜んでくれるといいなあ)


 そんなことを考えた。

 動きを止めたイツキに女職人が気付く。


「ん……、もうできたのか?」


「はい」


「……本当に? ちょっと早すぎるんじゃない?」


「そうなんですか?」


 早いも何も、リアル作業だと普通はどれくらいかかるのかをイツキは知らない。


(ゲームだと、スキル選択だけで終わりだったからなあ……)


 女職人が盾を検分する。


「マジで……!?」


 なんて言った後、すごい形相でイツキを見た。


「こ、これ……パーフェクトリペアじゃないの!?」

 

 パーフェクトリペアとは、修繕していると、たまに発生する特殊効果だ。

 その効果は、名前が示すとおり、新品同然にまで回復すること。


 ただ、強力な効果ゆえに、そう簡単に発動するものではない。

 その発生率にはスキルの強さが関係する。


 生産職レベル999であれば――


「きっと会心のできだったんですよ」


 女職人は反応せず、盾をじっと見つめている。

 やがて、イツキに目を向けた。


「あのさ、作業料は払うから、もうひとつ修繕してくれない?」


 渡されたレザーアーマーを眺めながら、イツキは考える。


(むっちゃ試されている感じがする)


 おそらく、同じ結果を出せば何かしらの反応が予想される。あまり目立ちたくないイツキとしては避けたいところだ。

 手を抜くという方法もあるのだが――


(……うーん、微妙だな)


 自分が勝手に失敗して恥を描くだけならともかく、ここには託されたアイテムがあるのだ。

 裏切る行為はしたくない。

 イツキは覚悟を決めて、修繕作業に取り掛かった。


『修繕:レザーアーマー』


「……できました」


 新品同様の耐久度を取り戻したレザーアーマーがそこにあった。

 女職人は放心したように動かない。


「あ、あの?」


 心配したイツキが声をかけると、ハッとした表情で我に返った。


「……ごめんね。ちょっと、その、凄すぎて……」


 女職人はレザーアーマーを検分すらしなかった。まるで、それがパーフェクトリペアだと、すでにわかっているかのように。


「すごい。あんな手捌てさばき、見たことない。師匠よりもずっと――」


「ありがとうございます」


 女職人がじっとイツキを見る。


「わたしの名前はリク。ねえ、ここで少しでいいからここで働いてみない?」

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