第3話 始まりの街セルリアンへ

 ついに、第一現地人とエンカウントした。

 イツキはドギマギしながら言葉を返す。


「ああ、俺なら大丈夫だ」


「……ん?」


 男が首を傾げた。


 男は咳払いした後、すまない、とだけ言って、特に何も指摘はしなかった。


(……何か気になることでもあったのか……?)


 答えを教えてくれたのは斥候の女だった。


「……ふぅん、俺っ子なんだ?」


「あ!?」


 イツキは露骨に狼狽した。

 うっかり前世の言葉遣いで応対してしまった。外見は女性なのに。


「あ、いや、そんなことはなくて――わ、わた、あた、あたし? 大丈夫だよ?」


 全然大丈夫じゃなかった。

 斥候の女が肩を揺らす。


「ごめんごめん、からかったつもりはなくてさ、普通に話してくれていいよ?」


「そ、そんなことない、ぞ? うん? ここ、これが普段の喋り方だぜ、わよ?」


 女言葉っぽい喋り方がわからないのと焦りでイツキは混乱しまくっていた。

 今のままだと、露骨に怪しい人だ。


(中身が男なんだから、仕方がないだろ!?)


 そのとき、意識下にメッセージが浮かび上がった。


 ――所作アシストを発動しますか? 動きや言葉遣いを設定キャラのものに変更します。


(……なんだこりゃ!?)


 イツキは驚いたが、すぐに女神の言葉を思い出した。


 ――他の情報はあなたの無意識に滑り込ませておきます。必要なときに気づくことができるでしょう。


 おそらくは女神が仕込んでいたものだろう。


(なんでもいいから、助けてくれ!)


 ――受領を確認しました。所作アシストをONにします。


 イツキは咳払いした。


「……ごめんなさい、少し慌ててしまいました。本当に大丈夫だから心配しないでください」


 そう言って、イツキは優しくほほ笑む。

 それだけで、やや混乱気味だった場の雰囲気が一瞬で落ち着いた。


(……おお、すげーな、所作アシスト。しばらくはこれでいこう)


 それからは自己紹介の流れとなった。

 彼らはおおむね18歳くらいの冒険者で、


「俺はウォル。見た目のとおり、戦士だ」


「わたしはシフ。斥候ね。短剣と弓が得意」


「わたしの名前はマリス。魔法使いだよ」


 この森の近くにある街で活動していると語った。

 近くにある街の名前が気になったのでイツキが尋ねると、戦士のウォルが「セルリアンだ」と教えてくれた。


 セルリアン!


 その名前にイツキは興奮した。

 始まりの街セルリアン。シャイニング・デスティニー・オンラインでイツキが最初に降り立った街だ。


(……おお……! ついに生のセルリアンを拝むことできるのか!)


 これは絶対に行かねば! とイツキは決意した。


「あの……よろしければ、その街まで連れていってもらえないでしょうか?」


「ああ、俺たちももう戻るから、別にいいぜ」


「ありがとうございます。わたしの名前はイツキ。よろしくお願いいたします」


 そう言って、イツキは深々と頭を下げた。


(……どうでもいいが、むっちゃ丁寧だな……)


 話すとアシストが発動して、すぐに敬語になる。

 イツキには思い当たる理由があった。

 シャイニング・デスティニー・オンラインはキャラクターの背景を選ぶことができるのだ。選んだ背景によって特殊クエストが発生して、ストーリーが楽しめる。

 イツキのキャラは『没落した旧貴族の家系』だ。

 確か、貴族として厳しく育てられたので平民だが『お嬢様』のようらしい。

 ……プレイヤーとしてのイツキはロールプレイには興味がなかったので、そんな設定は完全に無視して遊んでいたが。


(アシストは設定準拠らしいから仕方がないか……俺のキャラじゃないけど、丁寧なのはいいか……?)


 ウォルが周囲を見渡した。


「……ところで、この辺で叫び声が聞こえたんだが、静かなものだな……モンスターは?」


「ええと……」


 少し離れたところまで吹っ飛んで死んでいます。

 わたしのワンパンチで!


(――なんて言えるはずないよな。中身がレベル999とかおかしいし)


「ちょっとわからないですね」


「そうか。ま、あんたが無事でよかったよ」


 ウォルはあっさりと納得し、こう続けた。


「よし、セルリアンに戻ろう」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 始まりの街セルリアンを囲む城壁が見えてきた。

 残念ながら、遠方から見るとただの壁なので、まだなんの感慨も沸かないけど。


「一時滞在税をいただきます」


 門番がそんなことを言った。

 ウォルたちは冒険者ギルドの身分証を見せて通してもらえたが、イツキはそうではなかった。


 外部の人間が出入りすると金を払う必要があるのだ。


 料金は大銀貨5枚。

 金がかかると知って、イツキは焦った。


(……ゲームではそんなの、かからなかったぞ!?)


 簡略化した世界と、リアルワールドの差だった。

 だが、焦りはしたが、問題はなかった。


 女神が渡してくれた初期アイテムに金袋があったからだ。

 中に入っていたのは、金色に輝く硬貨が30枚。


 どう見ても、銀貨ではなく金貨だ。


(ふぅん、複数種類の硬貨があるのか)


 ゲームの世界だと硬貨という設定はなく、単に通貨の単位として『ダルク』だけがあった。この辺もゲームにおける簡略化の一貫だろう。


(……通貨の概念もゲームとは少し違うんだな……)


 イツキは残念と思わなかった。

 むしろ、面白いと思った。すなわち、自分の知らないシャイニング・デスティニー・オンラインの世界がより深く楽しめるのだから。


 とはいえ、まだ無知は無知だった。

 

(……大銀貨ねえ……)


 大銀貨というからには、普通の銀貨もあるのだろう。

 そして、手持ちにあるのは、金色の硬貨。


(金貨の価値ってどれくらいなんだ?)


 金貨>大銀貨>銀貨?

 大銀貨>金貨>銀貨?


 念のため、イツキは3枚の、金色の硬貨を差し出した。


「これで足りますか?」

「へ?」


 ウォルたち3人と門番があんぐりと口を開く。

 門番が表情を曇らせた。


「いやいやいや、ちょっと出し過ぎです。これ、大金貨ですよ?」


 そもそも手持ちの硬貨は、金貨ではなく大金貨だった。


 ちなみに、金銭的には大銀貨=1000円、金貨=1万円、大金貨=10万円くらいの感じになる。

 

 5000円のお支払いに30万円のオーバーキル。


(……大銀貨もあるなら……大金貨もあり……ます、よね……)

 

 イツキに金貨の大も小もわかるはずがない。今日はじめて見るのだから。


「ちょっと間違えちゃったみたいですね、あは、あはははは……」


「間違えますかね……?」


 門番が差し出したお釣りを受け取り、イツキはそそくさと街へと入った。


 そこに広がる街並みは――

 確かに、シャイニング・デスティニー・オンラインで見たものと同じだった。


 キャラクターを新規作成した後、ゲームがオープニングした瞬間に広がる光景が、そこにあった。


「おおお、おおおおおおおおおおおおおおお!」


 思わず興奮の声をあげてしまった。

 もちろん、こちらは進化し続けている街だから細かい部分で違いはある。だけど、ざっと見た感じの印象は見慣れた『あの風景』だった。


「ちょっと興奮しすぎじゃない?」


 苦笑する斥候のシフにイツキは答える。


「いやー、……その、憧れの街だったので」


「ふぅん、そうなんだ。そう言えば、この街を知らない感じだったわね。あの森にいたのはどうして?」


「この街を目指していたんです。それが道を間違えて森に」


 もちろん、嘘だった。

 だけど、ゲームの世界に転生したら森だったんです! なんて言えるはずもない。


「そう、でも女の子一人で徒歩移動なんて危ないわね。気をつけないと」


「ああ、そこは……少しだけ護身の心得がありまして」


「そうなんだ。でも、過信はしちゃダメよ?」


 ふふっと笑ってから、シフは話題を変えた。


「ところで、泊まるあてはあるの?」


「うーん、ないですね……」


 そもそもシャイニング・デスティニー・オンラインには宿屋に泊まるという概念がなかった。そこはゲームなので、24時間ずっと稼働可能なのだ。


「ウォル、この子が泊まりやすそうな宿に案内してあげるのはどう?」


「悪くないな」


 親切な3人に連れられて、イツキは街の中心部にほど近い、わりとこ綺麗な感じの宿を紹介してもらった。


「ここがおすすめかな。ちょっと宿賃は高いけど」


「ありがとうございます。皆さんもここに泊まっているのですか?」


 イツキの問いに、ウォルが首を振る。


「いやいや……言っただろ? ちょっと宿賃が高いって。駆け出しの冒険者は節約命だからさ」


「夜、横たわるだけでギシギシするベッドでね……」


「うう、早く出ていきたい……」


 3人とも微妙な表情だった。

 ウォルが手を上げる。


「下町のボロ宿『夜明けの鶏』亭にいるから、困ったら来てくれ」


 そうして、去っていこうとするウォルたちを――


「あの、ひとつ言っておきたいことがありまして」


 イツキは引き止めた。

 ずっと気になっていることがあるのだ。


「うん?」


「ウォルの持っている盾、嫌な音がするんですよ」


 それは微かな――異音。

 普通なら聞こえないか、聞こえても無視するレベルだろう。だけど、生産職として頂点を極めたイツキには聞き逃せないものだった。


「修繕屋に持っていって点検したほうがいいかもしれません」


 少し考えてから、こう続けた。


「実は生産に心得がありまして……よければ同行してもいいですか?」


 いろいろとよくしてくれたのだ。

 恩返しできることもあるだろう。

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