第15話 職人マーケット

 翌日、イツキは職人マーケットに向かった。

 そこはシャイニング・デスティニー・オンラインにも存在した場所である。

 一言で言えば、個人の店や販路を持たない名もなき職人たちがここで自作を売ることができるフリーマーケットである。

 さして狭くもない路地裏の両側に、職人たちがずらりと並んで自信作を販売している。


(この雑然とした雰囲気、ゲームと同じ雰囲気だな……)


 それだけでイツキはワクワクしてしまう。

 イツキは風景を眺めながら、ゆっくりと歩いていく。こんな感じでマーケットは500メートルくらい続いている。

 客の数はわりと多い。

 ミューレの有名スポットなので、少し変わったものが欲しい物好きな人々が訪れるのだろう。


「こちら、もらえますか?」


 いくつか雑貨を購入する。


(……面白いな……)


 シャイニング・デスティニー・オンライン上だと、ここはただの背景でしかなく、プレイヤーは一切の売買ができなかった。

 それができてしまうのだから、廃ゲーマーとしては実に興味深い。


「少し教えていただきたいことがあるのですが」


 商品を買ったついでに、店主の若い男にイツキは話しかける。


「なんだい?」


「実はわたしも職人でして。ここで物を売りたいんですけど、どうしたらいいんですか?」


 フリマをやってやろう、とイツキは決めてしまった。

 イツキの技量であれば、どこの店に持っていっても高額で買い取ってくれるであろうが――そして、そちらのほうがマネタイズは楽だろうが――せっかくなので、ゲームの中ではできなかったことをしてみたい。


 若い男の店員は面倒くさがらずに教えてくれた。


「管理している役所に許可を取ればいい。あとは空いている場所を勝手に使えばいいよ」


「許可ですか。難しいんですかね?」


「簡単だよ。名前と住所を書くだけ。俺たち貧乏な職人に保証できるもんなんてないからな」


 若い男が笑い飛ばす。

 それは深刻な感じではなく実に気楽な雰囲気だった。そんなたくましい様子がイツキには心地よかった。


「ありがとうございます、話を聞いてこようと思います」


 役所での登録を終えて、翌日からイツキの商売が始まった。


「よろしくお願いします」


 いろいろと教えてくれた若者の隣にイツキはシートを敷く。


「おう、頑張りなよ。ま、なかなか売れるものじゃないから、覚悟はしておけよ?」


「のんびりやりますよ」


 イツキはシートに昨夜のうちに作っておいた木製の置物を並べた。

 もちろん、ぼーっとしているつもりはない。材木屋で買った端材の残りを取り出し、新しい商品を作っていく。

 客の数は多い。

 素通りしていく人もいれば、足を止める人もいる。


「かわいーねー!」


 と興奮するだけで買わない人もいれば、無言で買っていく人もいる。

 商品を受け渡しながら、


(……んふふふ、見る目あるじゃないか!)


 イツキは上機嫌にもそんなことを思ってしまう。

 なぜなら、破格の値段だからだ。

 率直に言えば、どれも銘品であり、目利きの美術商ならば「いー、仕事してますねー!」とそれなりの値段をつけるだろう。

 だが、イツキは普通の品より少し高いだけ値段で売っていた。

 なんとなく、この場ではその値付けがふさわしいと思ったのと――


(見る目のある客に売りたいんだよね)


 それが一番の理由だった。

 客との真剣勝負――クリアすれば一級品がお安く買えます。そのスリルをイツキは楽しんでいた。


「ありがとうございます」


 イツキは若い女性の客に彫り物を手渡す。

 彼女は品物のよさはには気づいていなかったが、かわいさが気に入ったようで購入してくれた。


(……ものの良さに対する、直感の鋭さってところかな)


 そういうのを持ち合わせている人もいる。

 なんであれ、美しいものに近づく審美的な感性があるのは素晴らしい。


「そこのお姉さん! どうかな、アクセサリーもあるんだけど!?」


 隣の若者が立ち去ろうとする女性に声をかける。

 女性は若者が展示する商品をざっと見た後、首を傾げて困ったような笑みを浮かべた。


「……ううん、わたし的にはかわいくないかも……ごめんね!」


「ぐはあ!」


 のけぞる若い職人を尻目に、女性は颯爽とした足取りで立ち去る。


(……ものの良さに対する、直感の鋭さってところかあ……)


 残念ながら、若者の技術はイツキから見ても『足りていない』。それは彼に才能がないわけでも、サボっていたわけでもない。単純に、彼はまだ若すぎて、まだまだ伸びる余地があるだけだ。

 だが、客には関係のない事情でもある。


「残念でしたね」


「はあ、俺のほうはあんまり売れないねえ……」


 ちらっと、若者がイツキの商品に目をやる。


「そっちはいい感じに売れているみたいじゃない?」


「おかげさまで」


 面白いな、とイツキは思っていた。

 しょせんはただの置物――芸術作品だ。わかりやすいスペックがあるわけでもないのに、イツキの『こっそり良品』は見つけ出されて売れていく。


(芸術の街だけあって、感性は鋭いのかな)


 そんなことを思っていると、新しい客がやってきた。


(……おや?)


 50くらいの婦人だった。黒をベースとした服を着て、頭に大きなつば広帽子をかぶっている。派手ではないか、決して安物ではない上質な服を着こなしていた。


 たたずまいにも、妙に隙のない雰囲気が漂っている。

 イツキの商品を見る目にも眼力が迸っている。


 今までのゆるふわ系カジュアル勢な客とは一線を画す人物だった。


 しばらくそうやって眺めていた後――

 彼女は迷いなく、イツキの作ったもので最も高品質なものを手に取った。


「これをもらいたいのだけど」


「大銀貨2枚です」


 わたしが値段を告げると、彼女は怪訝な表情を作った。


「……あなた、これの価値がわかっていないの?」


「わかっていますよ、だけど、その値段で売っています」


「そう……物好きね……」


 少し考えてから、彼女はこう言った。


「わたし、店をやっているんだけど……これ、卸してくれないかしら?」


 突然の急展開。聞き耳を立てていた若者が、おおう、とうめき声をあげる。


(……プロの人か……)


 そういうこともあるだろうと思っていたので、イツキは用意していた言葉を返した。


「すみません、今は自分だけでやろうと思っていまして……」


「訳ありなのね」


(そういうわけでもないんだけど!)


 単なる趣味なのだが、勘違いしてもらっておいたほうが楽だと思い、イツキは曖昧に笑みを浮かべるだけにした。

 婦人は最初の置物を買うと、去り際にそう言い残した。


「気が変わったら、ルフェイン楽堂に来なさい。オーナーに会いたいと言えばいいから」


 婦人の後ろ姿を見送りながら、ふう、とイツキはため息をつく。

 隣の若者が興奮した様子で話しかけてきた。


「おいおいおいおい! 今すぐ……今すぐ行って謝ってこい! チャンスを逃すぞ!?」


「へ?」


「ルフェイン楽堂って言えば、このミューレでもトップランクの楽器販売店だ。そこのオーナーとコネを作れるなんて、そうそうないぞ!?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る