第14話 音楽の街ミューレ

 2週間ほど歩いて、イツキは音楽の街ミューレへとやってきた。


「一時滞在税は金貨3枚となります」


 セルリアンの実に6倍。


(足元見やがって!)


 だが、不思議ではない。なぜなら、ここは『音楽』の街だから。


 素晴らしい演奏家も、心に響く歌声も――音楽を愛する人間の求める全てがここにある。そんな最高級の芸術を楽しもうと、多くの富裕層が訪れる。

 人の出入りが激しいのだから、高くしてやろうと考えても不思議ではない。

 もちろん、芸術振興を続けるには予算が必要なのだから、これは当然の経費という考えもある。


 門番に金を払い、イツキはミューレへと入った。


 セルリアンに比べて街の規模が大きく、建っている建物も立派だ。

 そして、その見覚えのある風景は、いつだってイツキの気持ちを心地よくさせた。


「うーん、ミューレも最高!」


 ゲームでお馴染みの風景を歩きながら、イツキは宿を探す。

 やがて、散策に便利そうな、街の中央にある小綺麗な宿に決めた。


「いらっしゃいませー! わ、すごい美人!」


「そうですか? ありがとうございます」


 宿の娘にイツキは苦笑しながら会釈した。

 さすがに、女のイツキを1年もしているのだ。この言葉がまるきりのお世辞でないことをイツキは知っている。むしろ、


(わっはっはっは、美人だと褒められるのは気持ちいいなあ!)


 そんな心持ちである。

 部屋を借りる手続きが終わった後、イツキは宿の娘に尋ねた。


「あの、演奏会に興味があるんですけど、どんなのがあるんですかね?」


 せっかく音楽の街に来たのだ。音楽三昧の日々を過ごそうとイツキは画策していた。前世でそれほど音楽好きでもなかったが、そこは場所の雰囲気に乗っていこうという算段だ。

 宿の娘が、うふふ、と笑った。


「どんなのがあるのかかー……うーん、説明が難しいね」


 宿の娘はいたずらっ子っぽくほほ笑む。


「あそこを見てもらえると、わかるんじゃないかな」


 宿の娘が指差した壁の一角には、たくさんの張り紙があった。


『巨匠グレーリッツの美しき旋律に酔いしれる』


『月の光落ちるカルターナ別邸で名曲『月光』を』


『ホルクタル・コンクール受賞の新星が作り出す新時代の音』


 そのいずれも、演奏会を案内する内容だった。


(……こんなにあるのか……!?)


 壁の前に移動したイツキは度肝を抜かれた。ざっと30枚以上はある。その全てが演奏会の紹介をしているものだった。

 背後から宿屋の娘が話しかけてくる。


「どう? すごいでしょ? これでも、ミューレで行われる演奏会の一部なんだよ?」


「さすがは音楽の街って感じですね」


 この街には音楽があふれている――イツキはわくわくするものを感じた。

 ゲームだと、そういう文化的な側面を楽しむことは特になかった。ミューレだとクエストの内容や依頼者が音楽や楽器がらみのことが多いくらい。


 つまり、設定上でしか音楽とは関係がなかった。


 だが、今のイツキは違う。設定上にしか存在しなかったものを、その奥底まで堪能することができる。より奥深く、どのプレイヤーも知らなかったシャイニング・デスティニー・オンラインの世界――文化を知ることができるのだ。


「参加したい演奏会があれば、当日行けばいいのですか?」


「それでもいいんですけど、大人気の演奏会だと売り切れちゃってることも多いね。チケット自体は事前に売り出されているから、そっちで押さえておく方が無難かな。ホンットーに人気の演奏会はあっという間に売り切れちゃうから」


 前世で言うところの、大人気アーティストのコンサートだとイツキは理解した。


「……人気の演奏会って、この張り紙だとどれですか?」


「そーだねー。こっちから」


 そう言って、宿の娘は張り紙エリアの左端を指差し、


「あっちまでだね」


 ずーっと右端まで指を動かした。


「……全部ですよね?」


「全部だね」


 そう言って、あははは、と宿の娘は笑った。


「でも、冗談じゃないんだよね。本当に、ここにあるのは人気のある演奏会ばかりなの。うちみたいな普通の宿に出ている広告だからね」


「……なるほど」


「ここは音楽の街。有名から無名まで、たくさんの音楽家たちがいるの。よければ、無名の彼らの演奏会にも行ってみてね。明日のビッグスターを発掘できるかもよ?」


 きっとそれが楽しいのだ。

 前世で言うところの、インディーズバンドだとイツキは理解した。


(あー、でも――想像以上に楽しめそうだ)


 この街の文化の奥深さは思ったよりも芳醇なようだ。


「色々ありがとうございます。楽しんでみたいと思います」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


(うはー、すげー……)


 巨匠グレーリッツの演奏会が終わり、イツキは座ったまま放心状態になった。

 まさに甘やかな音のシャワー。著名な天才指揮者グレーリッツが作り出したオーケストラに酔いしれた。


 最後の音色が消えて、静寂。

 観客たちの拍手が音楽堂に響き渡った。


 まるで豪雨のような音の最中に感動した客による、ブラボー! ブラボー! という声が聞こえる。作法を知らないイツキだったが、感動した気持ちのままに手を叩き、ブラボーブラボーと繰り返した。

 むっちゃ気持ちよかった。


(元が取れたわー)


 席料はなんと、大金貨1枚――10万円。

 さすがは巨匠。


 当初、イツキはあまりの値段に心が折れかけた。

 前世は庶民生まれにして薄給の社畜である。ドケチ精神は骨の髄まで染み込んでいる。


 音楽に興味がないのに、そんなに払うのか?


 イツキは深く悩んで――悩んだ末に支払うことにした。


 シャイニング・デスティニー・オンラインを楽しむのだ。ビビってはいけない。それに、巨匠グレーリッツは知らない人物ではなかった。

 ゲームに出てくるのだから。

 ゲームの世界でなら、会話したことだってある。


(つまり、知り合いなんだよ。知らない間柄じゃない!)


 なのに、彼の作り出す音楽をイツキは聞いたことがない。


(なら、聴くしかないでしょ!) 


 その決断は正しく報われた。


(グレーリッツ、マジ神)


 そんなほくほくとした気持ちでイツキは宿に戻った。


「あ、イツキさん! グレーリッツの演奏会どうだった?」


 暇そうにしていた看板娘が話しかけてくる。


「うふふふ……控えめに言って――」


 ビシッとイツキは親指を立てて、


「最高でーす!」


「いいいいいなああああああああ!」


 看板娘が体をくねくねとさせた。


「くううううううううううう! 羨ましいいいいいいい!」


「音楽もいいですね。滞在中は音楽三昧な生活を楽しんでみようと思います」


 そこでイツキは話題を変えた。


「ただ、所持金に限りはありますからね。お金を稼ぎたいのですが、何かいいところはありますか?」


「うーん……何ができるの?」


「……そうですね、生産なら少し自信があります」


「ものづくりができるんだ――」


 少し考えてから、看板娘が言った。


「じゃあ、職人マーケットなんてどうかしら?」


「へえ、どこなんですか?」


 とイツキは話を合わせたが、もちろん知っていた。


(そうか、そこがあったか……)

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