第19話 プロトタイプ版、ロールアウト
それから何日にも渡る徹夜の生活が続いた――わけではなかった。
なぜなら、依頼者であるリティアには出世払いという弱みがあり、完成も来年のコンクールでお披露目できればいいという緩い納期だったからだ。
あくまでもイツキがこなすべき日常にある余暇だけで対応していた。
(……でも、意外と忙しいんだよな……)
趣味の音楽鑑賞は最優先で続けていて、職人マーケットでの商売も続けている。おまけにロゼからの依頼も増えたので、やることは盛りだくさんだった。
すべての仕事が楽しかったので、いわゆる充実している状態だった。
「ヴァイオリンってのはこうやって作るんだよー」
リッツ―の指示を受けながら作業を進めていく。
(うーむ……楽しい)
生産職カンストとして、大抵のものはすぐ作成レシピが浮かぶのだが、楽器については未知の領域だった。
その空白が埋まっていく感覚がとても心地よかった。
イツキの作業を見ながらリッツ―がうんうんとうなずく。
「筋が良いね―」
「ありがとうございます」
四ヶ月が経った頃、イツキが一人で組み上げた、リティア用のヴァイオリンが完成した。
「できました!」
「おおおおおおおおおお」
当のリティアはいなかったが、リッツーが喜びの声をあげてくれる。
「んふふふふふ、じゃあ、ちょいと試しに行きますかね―」
リッツーはヴァイオリンを手にして、作業室から別の部屋へと移動した。
(……あ、空気の感じが違う)
部屋に入るなり、イツキはそう感じた。空気が詰まっている感じというか。
「変な感じでしょ? 防音が効いている部屋だから、ちょっと感じが違うんだよねー」
そんなことを言いながら、リッツ―がヴァイオリンを構える。
「弾けるんですか?」
「本職の職人だからねー。たしなみだよ。あ、でも、プロのレベルは期待しないでよ?」
リッツーが演奏する。
甘くてつややかな音。演奏会で聞く音。音楽マニア歴7ヶ月のイツキには特段の問題はないように思えた。
リッツーがうなずく。
「うん、なかなかいいね。最初に作った楽器でここまでいい音が出せるなんて、さすがだね」
イツキは己の目で楽器を鑑定する。
===================================
ヴァイオリン(???)
特殊効果:なし
===================================
職人が丹精込めて作った逸品。
どれほどの名品かは鳴らしてみなければわからない。
===================================
いつもなら、常に最上大業物と表示されている部分が???になっている。
つまり、品質不明。
(おそらく、単独だと楽器を作る能力がないと判定されて、細かい部分がわからないんだな)
翌日、 リティアが興奮した面持ちで店にやってきた。
「できたの!?」
「はい。お待たせしました」
昨日の防音室にバイオリンを持って3人で入っていく。緊張した空気が漂う中、 リティアの演奏が始まった。
それは、実に――
がっかりした微妙な内容だった。
(……これは……)
2人に比べれば、まだまだ音楽初心者のイツキでさえ奏でられる音の微妙さには気づいてしまった。
リティアの表情もまた険しくなっていく。
やがて、演奏する彼女の手が止まった。
しん、と静まる部屋。
それは間違いなく失敗であった。だが、イツキは腑に落ちていなかった。
(昨日、リッツーさんが演奏したときとは音が違いすぎる……)
演奏の技術としては間違いなくリティアの方が上なのに――こんなことがあるのだろうか?
静寂を破るようにリッツーが大きな音で手をたたき、能天気な声を出した。
「いやー、残念だったね! まあ、でもモノ作りには失敗は付き物だからさ、次を考えていこうよ!」
「……ごめんね、うまくいかなくて」
ため息まじりにリティアがつぶやく。
何が悪かったのか、イツキには判断できない。
「いえ、こちらこそ……」
リティアからヒアリングした要望を、リッツーと一緒に検討して『楽器という形』へと正しく落とし込んだ自信はあるのに。
生産職としての自負があるだけに、イツキはイツキでショックを受けていた。
このまま引き下がるわけにはいかない。
「次を作ってもいいですか?」
「え? もちろんだよ! むしろ、やってくれるの!?」
「はい、わたしのゴールは――」
あなたを、あなたの限界へと導く楽器を作ること。
(さすがにキザかな……)
と思ったので、こう言った。
「リティアさんに喜んでもらえる楽器を作ることですから」
「ありがとう」
そう言って、リティアが柔らかくほほ笑む。
「これも出世払いにつけておいてね。ちゃんと支払うから」
「あー……」
そこでリッツーが割り込んできた。
「いや、よければ、うちで引き取りたいんだけど、どうかな?」
「いいんですか?」
「ロゼさんから言われてるからね。リティアちゃんに合わなければ、うちの商品にしていいって」
それから2週間後、イツキはリッツーとともにロゼの執務室に呼ばれた。
「あら、いらっしゃい」
ロゼがほほ笑みを浮かべた。
「リティアのヴァイオリンの件、リッツーから報告を受けているわ。残念だったわね」
「はい」
「あまり落ち込まないことね。リティアに合う楽器を用立てるのはとても難しいことなんだから」
「……落ち込んでいるように見えます?」
「落ち込んでいないの?」
「次こそは、という気持ちで燃えています」
イツキの言葉を聞き、ロゼが肩を揺らした。
「とてもいい根性ね。好きよ、そういうの」
そこでロゼが指を1本立てた。
「いい報告よ。あなたが作ったヴァイオリンが売れたの。買ってくれたのは――」
ロゼが伝えてくれたのは、ミューレで有名な音楽校の名前だ。
それなりのクオリティがなければ、決して買ってはくれないだろう。
「とてもいい楽器だと喜んでいたわよ」
「……ありがたい言葉です」
やはり、イツキのヴァイオリンに問題はない。つまりはそういうことだ。
「で、2つ目」
二本めの指を立ててロゼが続ける。
「もうあなたがここで働き始めて4ヶ月。そして、あなたが作ったヴァイオリンも見せてもらった」
ロゼの約束通り、イツキは木工職人としての腕をふるっていた。
こちらは一本の楽器を作るような作業ではなく、リッツーから依頼された部品を作成して納品する形だ。
「リッツー。彼女の腕前の評価は?」
「満点中の満点ですねー。悔しいけれど、今のわたしじゃ彼女と同じものは作れませーん」
「このリッツーも、わたしが信頼する才能ある職人なの。彼女にここまで言わせるなんて、あなたは本当にすごいわね」
「あは、あはははは……」
ただのゲーム廃人で、やり尽くしてレベル999まで来ちゃったんです……。
とも言えないので、イツキは笑ってごまかした。
「実際、あなたの部材を使った楽器は音色がとてもよかった。一流どころにも高値で売れたわ」
ロゼが引き出しから取り出した袋をデスクに置いた。ガチャリ、と固いものがぶつかる重い音がする。
「これは?」
「いいビジネスだったから臨時ボーナスよ。気持ちよく受け取って」
イツキが袋の中を覗いてみると、大金貨がたくさん入っていた。
(うはー)
ミューレに来てから減る一方だった貯金が一瞬にしてプラ転した瞬間だった。
「それでね、あなたに提案があるんだけど」
「はあ」
正社員への登用だろうか、とイツキは思った。それはあまり好ましくないなあ、とも。
自由に生きたいし、生きるだけの力もある。何かに縛られるのは勘弁願いたい。
もちろん断るのは簡単だが、それでロゼが気分を害し、作業場所を失ってしまうと大変だ。
だが、ロゼの提案はイツキの予想を超えていた。
「ハイエンド楽器のブランドを新しく立ち上げようと思うの。あなたの部材を専属に使う――あなた専用のブランドを。どうかしら?」
「はい?」
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