第18話 ルフェイン楽堂

「ここです」


「えええええええええええ!?」


 ルフェイン楽堂を見るなり、リティアが大きな声を上げた。


「す、すごく有名な店よ?」


「らしいですね」


 たたずまいもまた名店の雰囲気であった。貴族どころか王族が店を訪れてもおかしくないような立派な外観だ。


「まあ、むげには扱われないでしょう。前にヘッドハントされましたしね」


「へ?」


「ヘッドハントです。オーナーから」


「えええええええええええ!?」


 再びリティアが大声で叫んだ。


「叫んでいても仕方がないので入りましょうか」


 イツキたちはルフェイン楽堂へと入っていく。


「いらっしゃいませ」


 身なりの整った30くらいの男がにこやかな笑顔で接客してくる。


「本日はどのようなご要件で?」


「オーナーさんにお会いしたいのですが」


「オーナーに、ですか?」


「はい、前に誘われまして。職人マーケットの黒髪の乙女が来たとお伝えください」


「……承知いたしました」


 しばらくすると、店員はオーナーを連れて戻ってきた。

 職人マーケットで出会った婦人がにこやかな表情で近づいてくる。


「来てくれたのね!」


「はい、詳細を伺いたいと思いまして」


「……す、すごい……本当に知り合いなんだ……」


 隣で目を丸くするリティアに、婦人が目を見向けた。


「……? あなた、リティアさん?」



「は、はい! え、わたしのこと、ご存知なんですか?」


 緊張しまくるリティアに、婦人が苦笑を浮かべて応じる。


「あなた、自覚してないようだけど、有名人よ。コンクールのファイナリストを知らないなら、楽器を扱う店のオーナーとして大問題ね」


 そして、婦人はイツキに視線を移した。


「あなたが話を聞きたくなったのは彼女が関係しているの?」


「はい、リティアさんの楽器を作ることになりまして。つきましては、作業場所を貸してもらえないでしょうか?」


「ああ、そういうこと」


 婦人が楽しそうに笑う。


「詳細について話しましょう。わたしはロゼ。あなたのお名前を伺ってもいいかしら?」


「イツキと申します」


 イツキとロゼは店の奥に場所を移して話し合うことにした。二人で話がしたいとロゼが言ったので、リティアは戻っていった。


「どうぞ」


 秘書らしき女性がテーブルに食べ物を置いていく。


(う……なんだかすごく高そうな茶菓子と香り高い紅茶が出てきたぞ……)


 さすがは一流の名店。

 条件は特に揉めることなくまとまった。


「わかりました、それで構いません」


 作業場所が確保できたイツキは満足した様子で席を立つ。そんなイツキをロゼが呼び止めた。


「……最後に、いい?」


「はい?」


「彼女――リティアの楽器、とても大変だと思うから覚悟して臨んでね」


「……そうなんですか?」


「有望な演奏者には楽器店が無償で楽器を貸し出すのよ。宣伝になるからね。当然、わたしたちはリティアも候補として考えて調査した」


 そこで、ロゼは小さく首を振った。


「結果は見送り。どうしてかって? 彼女の技量は素晴らしい……けどね、どの楽器も邪魔をする。彼女の作り出すものを汚し、劣化させる。演奏家の表現を阻害する楽器なんて貸し出したら、宣伝どころか悪評よね」


 冗談めかして言いつつも、悲しそうな様子でロゼがため息をこぼす。

 なるほど、とイツキは思った。

 コンクールで感じた違和感をはっきりと理解できた。

 一言で言えば、奏でられる音が微妙にチープなのだ。例えるなら、前世で言うところのストラディバリウスで演奏しているのに、その辺で売っている1万円の激安ヴァイオリンの音というか。


(……さすがに、この例えは無茶苦茶かな……)


 だが、そう的外れでもない感覚もあった。

 ようするに、楽器の音がグレードダウンしているわけだ。

 どうしてなのかはわからないが。

 そのハンディキャップをものともせず、己の演奏技術だけでコンクールの決勝まで這い上がってきたリティアの才能は本物なのだろう。

 だが、周りも一流の腕前を持つ戦いとなると、そのハンディキャップを乗り越えるのは難しい。

 その結果が、最下位だ。


 ――だけど、わたしは限界の自分を表現できていない。これで諦めるわけにはいかないんだ。


 リティアの言葉を思い出す。


(そうか、なら、ちゃんと作らないとダメだな)


 リティアに、彼女の限界へと至らせる楽器を。

 ロゼが口を開いた。


「リティアの才能に疑いはない。あとは、いい楽器に巡り合うだけ。それをあなたが成し遂げてくれると期待しているわ――音楽を愛するものとしてね」


「全力を尽くしたいと思います」


 イツキは内心で笑う。

 それは挑戦者の笑みだ。

 そんなこと言われてしまえば、生産職を極め尽くしたレベル999としては、ただただ心が燃えるだけなのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌日、待ち合わせの場所でリティアはイツキに会うなり訪ねた。


「昨日、どうだった?」


「バッチリでしたよ」


「よかったああああああああああああ!」


 リティアはほっとした様子で天を仰ぐ。

 二人でルフェイン楽堂へと向かい、労働者用の裏口から店へと入っていく。

 ロゼから教えてもらった作業場へと向かう。

 作業場は大きなスペースになっていて、何人もの職人たちが真剣な様子で作業をしていた。入り口でたたずんでいると、メガネをかけた背の低い若い女がイツキたちに近づいてきた。


「やーやー、君たちがイツキちゃんとリティアちゃん?」


「はい、そうですが」


「よかったよかった。君たちの世話役のリッツーだよ。よろしくね?」


「よろしくお願いします」


 誰かをつける、という話はロゼから言われていたので、イツキは特に驚かない。

 リッツーの案内で作業場を移動する。

 リッツーはヴァイオリン職人のようで、彼女のスペースには作りかけのヴァイオリンが散乱していた。


「あははは、ごめんねー。片付けが苦手で……」


 リッツーの声を聞きながら、イツキの目は抜け目なくリッツーが作っていたヴァイオリンを見ていた。いや、そこから予測できるリッツーの腕前を。


「イツキちゃーん……」


「は、はひ!?」


 いきなり、じとっとした声で名を呼ばれて、集中していたイツキはびくっとする。


「な、何か?」


「職人同士ってのは、実に嫌だねー……相手の実力を測っちゃう」


(むっちゃ、バレてたー!)


「あ、あは、あははは……すみません、ついつい……」


「ま、お互い様なんだけどねー」


 デスクの上に置いてあった木彫りの置物をリッツ―は手に取る。イツキには見覚えがあった。それはロゼが職人マーケットで買っていったものだ。


「うふふ、そちらの実力も把握済みだよー。これだけの職人に出会えるなんてね。とても楽しみだよ」


 それはイツキの、リッツ―へのセリフでもあった。

 若いながら、リッツ―の腕前も相当なものだ。間違いなく才能のある人間であろう。


「ヴァイオリン作りは初めてなんでしょ? 手順は私が教えてあげるから、ものにしてね」 


「ありがとうございます」


「あ、あの!」


 そこでリティアが割り込む。


「わた、わたしも頑張りますから! よろしくお願いします!」


「もちろんだよ。音への感度は期待しているよ?」


 うんうん、とリッツ―はうなずく。


「木工のプロと、音のプロと、ヴァイオリンのプロ。3人で最高の楽器を作ろう!」


「「おー!」」


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