第17話 最高のヴァイオリンを作ってよ!

 突然の急展開に、さすがのイツキも目を白黒とさせた。


「え、え、え、えええ?」


「ああ、ごめんなさい。突っ走っちゃうのは癖なのよ……」


 赤い髪の女性は咳払いしてから話を続ける。


「わたしの名前はリティア、ヴァイオリン奏者よ」


「ええ、知っています……」


 心を落ち着かせながら、イツキは応じる。


「昨日のコンクールに出ていましたよね?」


 イツキの指摘に、リティアはバツの悪そうな表情を浮かべた。


「見ていたのね……、恥ずかしいな……」


「そうですか? あそこに立てるだけでもすごいことだと思いますし、素晴らしい演奏でしたよ?」


「ありがとう」


 イツキのフォローにもリティアは渋い顔のままだった。


「だけどね、自分にはわかっているから。自分の至らなさは、さ。それにね、ああいうのは優勝しなきゃダメなの。なのに、最下位だなんてね……」


 悲しげな吐息がリティアの口か漏れる。


(自分に厳しいタイプなんだな)


 そうは思ったが、イツキは同情もした。それだけの訓練を積んで、あの場に立ったのだ。栄光に届かなかったことを悔やむのも当然だろう。


「それで、その……わたしに楽器を作って欲しいというのは?」


「わたしの手に合う楽器を作って欲しいの――腕利きの木工職人に」


 前世だと、名のある演奏家は自分用の高価な楽器を使っていたのをイツキは思い出した。


(ストラディバリウス的なやつね)


 ストラディバリウスのような伝説級アイテムを作成するのは生産職として興味なくもないが、イツキは首を振った。


「申し訳ありません。わたしは楽器を作ることができないんです」


「え? どうして?」


「ただの木工職人ですからね。音楽的なセンスがないんですよ」


「大丈夫、そこはわたしが協力するから!」


「……? どういう意味ですか?」


「楽器を作る方法は2つあるの。木工と音感に長けた職人が1人で作る方法と、木工の職人と演奏家が協力して作る方法が」


「あ――」


 なるほど、とイツキは思った。ルフェイン楽堂のオーナーが、ただの木工職人であるイツキに興味を持った理由がそれだ。


(……シャイニング・デスティニー・オンラインだと、そんな方法はなかったんだけどな……)


 それがゲームとリアルの差なのだろう。

 そして、最大の障壁が取り除かれた今、俄然がぜん、イツキの興味は楽器作成に向く。なぜなら――


(だって、シャイニング・デスティニー・オンラインで楽器は作ったことないからな!)


 それはぜひ作ってみたい。

 どうせなら、歴史に名を残すストラディバリウス級のものを。


「面白そうですね」


 その言葉を聞いた瞬間、リティアの表情がぱっと明るくなった。


(そういえば、彼女の明るい表情を見るのは初めてかもな)


 などとイツキは思ってしまう。


「やってくれるの!?」


「面白そうなんですけど、そうですね、料金はどうなるんでしょうか?」


「……う」


「フルオーダーメイドとなると、そう安くはないと思うのですが」


「う、う、う、う……」


 困った様子でリティアがうめく。

 どうやら考えていなかったらしい。『突っ走っちゃうのは癖』というのは本当らしい。ちなみに、リティアの格好は普通の街娘という感じで、金を持っているようには見えなかった。


「そ、そうね、そのコンクールの優勝賞金と、その後の報酬で……」


「出世払いというやつですか」


「い、いや……そそ、そういうわけじゃないんだけど! それしかないというか!」


「お金はないんですか?」


「未来の、成功したわたしが持っているかな……」


「お金はないんですね?」


「……はい……」


 リティアが肩を落とす。落ち込む彼女を見て、イツキは小さくため息を吐いた。


「ところで、今のヴァイオリンはどんなものを?」


「市販の、そこそこいいやつ」


「微妙な楽器なんですか?」


「いえ、いい楽器よ。ただ、いい音が鳴らせないの。わたしの腕の問題ね」


「音楽は勉強中でわからないのですが……他の楽器を試してみては? オーダーメイドよりは安いと思うのですが」


「これでも、学生時代に色々と試してみたんだけどね。どれもイマイチで。それが一番マシだったの。どうも、昔から楽器を美しく鳴らすことが苦手で――」


 リティアの表情は暗い。

 昨日のことをイツキは思い出す。彼女の旋律に感じた微妙さ。その正体こそが、それなのだろう。

 なら、昨日の彼女の表情も理解できる。

 晴れの舞台でも、自分の限界を超えることができなかったことへの絶望だろう。奏でている本人ですら気づいてしまう、至らなさ。自分が完璧ではないと思うものを世に出し続ける辛さ。

 生産職として、それはイツキにも痛いほど理解できた。


「だから、自分で楽器を作ってみようと?」


「そう、最後の悪あがきってやつ。別にね、音楽家として成功できなくてもいいんだよ。わたしはね、限界を知りたい。ああ、ここまでやってもダメなんだ。わたしの最高をぶつけたのに。そんなふうになりたいんだよ。だけど、わたしは限界の自分を表現できていない。これで諦めるわけにはいかないんだ」


 そこにあるのを断固として意思だった。

 同じ高みを目指すものとして、イツキには彼女の痛みが理解できた。


(共感しちゃったかあ……)


 そうなったらイツキの負けだ。

 なぜなら、彼女には大抵のことができてしまうのだから。

 見捨てるわけにはいかない。


「受けてもいいですよ」


「……え!?」


 半分諦めていたのだろう、リティアの顔にみるみると喜色が浮かんでいく。


「本当に?」


「はい」


 それに、イツキは彼女の才能を信じてみたいとも思った。コンクールでは最下位に終わったが、彼女の感性や技量は他の参加者を圧倒しているとイツキは感じていた。


(出世払いも無理ではないかもしれない)


 くすぶっていたリティアが、イツキの作り出した楽器で世に出てくれれば、これほど痛快なことはない。


「ありがとう! よろしくね!」


 差し出された手をイツキが握り返すと、リティアが、こんなことを口走った。


「じゃ、次は作業場所か。楽器を作るとなると、場所が限られるんだけど――」


 作業場所。その場所を聞いてイツキには閃くものがあった。

 イツキはにこりとほほ笑む。


「思い当たるところがありまして。ダメ元で行ってみませんか?」

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