第16話 若手ヴァイオリニスト・グランプリ
興奮している若者とは対照的に、イツキは冷静な口調で応じた。
「それはすごいですね」
そこで婦人が何を考えているのか、イツキにはピンときた。
コネを作りたいのはあちらも同じなのだ。
シャイニング・デスティニー・オンラインだと、ヴァイオリンのような楽器を作るには『木工』スキルが判定に使われる。
高ランクの木工職人は喉から手が出るほど欲しいのだろう。
「ですけど、変ですね。わたしには楽器作りができないんですけど」
残念ながら、楽器の作成には『音感』のスキルが必要となる。
シャイニング・デスティニー・オンラインだと、取得可能スキルはジョブに依存するため、イツキだと音感のスキルを取得できない。
楽器は吟遊詩人をベースとした職人たちの独壇場だった。
(……それはゲームの話。今なら音感のスキルが取得できるのか?)
その点について、イツキはあまり有望だと思わなかった。
なぜなら、自分は『ゲームのキャラ』であって『この世界の住人』ではないから。
それゆえに、不老という特典を与えられているのだ。あまり自分に都合のいいことばかりを期待しないほうが無難だろう。
「ま、今はいいでしょう」
特に方針は変えない。
なぜなら、ここで日銭を稼ぎつつ、ミューレで音楽を楽しむ――そんな日々にイツキは満足しているのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
出店で小銭を稼ぎつつ、イツキは音楽漬けの毎日を過ごしていた。
「うううううう、音を楽しむとはこのことですねえ……!」
本気でハマっていた。
もともと廃ゲーマー=凝り性なので、当然ではあった。
東に西に、大小関わらず、ミューレにある音楽ホールをイツキは巡りに巡る。
巨匠だけではなく、様々な音楽家の演奏会に参加した。どの演奏会も魅力的で、イツキは夢のような日々を過ごしていた。
3ヶ月も経った頃、通になりつつあるイツキは『ミューレ・若手ヴァイオリニスト・グランプリ』を知る。
「これ、面白そうですね?」
イツキはチラシを、音楽マニア仲間になってしまった宿屋の看板娘に見せる。
「ああ! これはね、おすすめだよ! その名のとおり、ミューレに住む若手ヴァイオリン演奏家がしのぎを削る大会なのよ。注目度が高いから、ここで名を残すと一気に有名になれるの!」
「へえ」
前世で年末のテレビでやっていた漫才コンテストをいつきは思い出した。もしそれと同じなら、きっと熱い戦いが繰り広げられるのではないだろうか。
「若い人って、具体的に何歳までなんですか?」
「30歳未満らしいよ」
ずいぶん若手が広いな、と思ったが、芸の道は一日してならず。下積みが長いのでチャンスは長めにとっているのだろう。
音楽の道に人生を捧げた演奏家たちのプライドをかけた戦い!
イツキのわくわくが止まらない。
そんなイツキを、看板娘がにやにやとした顔で見る。
「おやおや? これは見たくて仕方がない顔だね?」
「あはは、バレちゃいましたか……!」
そんなわけで、イツキはコンクールの観覧に向かった。
もう予選は終わっていて、勝ち上がってきた8人の演奏家たちによる決勝戦が行われる。注目度が高いのは伊達ではなく、多くの観客たちが音楽ホールに集まっている。
いつもとは明らかに空気が違っていた。
完成度の高い芸術を愛でようとする静謐さではなく、熱気、興奮。
栄光をつかむのは誰か。
(これは、いいなあ)
その雰囲気にイツキは酔う。
やがて、演奏家たちの戦いが始まった。
順に演奏家たちが姿を見せて課題曲を演奏していく。そこで足切りされて、残った3人が自由曲を演奏して優勝が決まる。
さすがに予選を勝ち上がってきた上位8人だけあって、どの演奏家も素晴らしい。
(聞き惚れるなあ……)
にわか音楽ファンとしては、もうみんな優勝でいいんじゃないのとも思うのだが。
その中で、特に一人、イツキの心に残る演奏家がいた。
真っ赤な髪の、鋭い目をした20前くらいの女性だ。他の演奏家たちと明らかに彼女の雰囲気は違っていた。表情は厳しく、目つきは鋭い。鋭い剣のような闘志をイツキは感じた。
「エントリーナンバー、118番。リティアさんです!」
司会の声とともに、 会場が拍手で包まれる。
だが、彼女の表情は絶対に溶けない氷でできているかのように厳しいままだった。
(どうしたんだろう?)
リティアの風変わりな様子にイツキは興味を持った。
彼女は一切の緩みを見せないまま、演奏を始める。
(……すごい……!?)
まだまだ初心者の域を出ないイツキでも鳥肌が立つような技量だった。間違いなく、ミューレで聞いたトップランクの演奏者にも匹敵する。
だが、何かがおかしかった。
技量のわりには胸に響かない。深さを感じさせるのに、なぜか浅い――そんな感じだ。
(どうしてだろう……?)
イツキは首を傾げながら眺めていた。音楽愛好家レベル1の自分だから、聞き間違えているのだろうか。
そんなことはなかった。
彼女の表情は演奏が進むたびに深刻さを増している。そこに音を楽しんでいる様子はなかった。
もっとできるはずなのに――そんな悔しさだけが伝わる表情だった。
演奏が終わった。
彼女は達成感をかけらも感じさせない表情で一礼して舞台から去った。
他の演奏者たちはリティアに比べて無難だった。彼女ほど技量の鋭さもなかったが、妙な違和感もなく技術相応の演奏を発表した。
8人の課題曲が終わり、順位が発表となる。
最下位に沈んだリティアは笑みをひとつも浮かべないまま舞台から姿を消した。
「順当じゃないか? あんな無愛想な感じで演奏されてもね」
隣の客がそんなことを言って、同行者と笑っている。
(それだけだろうか?)
それも理由のひとつだとイツキは同意したが、何か違和感がある。それはなんだろう、とイツキが考えていると――
「それでは、本グランプリ『自由曲』部門を始めます!」
決勝が始まった。
残った3人による演奏が始まった。この演奏が終われば新たなるスターが生まれる。輝ける栄光をつかむために3人は力を尽くす。
その熱気はホールに伝播し、客の心も熱くした。もちろん、イツキも。
(頑張れー!)
静かに聞きながらも、内心で応援する。
そんな興奮の中、あっという間に3人の発表は終わってしまった。
「本年度の優勝者は――!」
優勝者の名前が読み上げられる。優勝者は両腕をあげて喜び、その彼を祝福するかのようにホールにいる客が一斉に嵐のような拍手をする。
興奮したイツキは、ブラボーブラボーと叫びながら、空間を燃やす熱気の心地よさに酔っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
予選決勝が行われた翌日――
職人マーケットで商品を並べていたイツキは作業もせず、ぼんやりとしていた。たまに、うふふ、と気持ち悪い感じに笑い出す不気味な人になっていた。
昨日の熱戦を何度も思い出していた。
栄光の座をつかむために、ずっと研鑽を重ねた人たちが鎬を削るのを見ているのは楽しい。そして、誰が勝っても、その勝利には尊敬と賞賛を迷いなく送ることができる。
(いやー、いいものが見れたなあ……!)
昨日の夜からずっとイツキはこんな感じだった。
だから、客が来ていることに気が付かなかった。
「ねえ、ちょっといい?」
女性の声に、イツキは我に返った。
「申し訳ありません。ついぼうっとしていて……」
客に目を向けると、そこに立っていたのは、赤い髪の目つきの鋭い女だった。
(……おや?)
すごく見覚えのある顔だった。
彼女はそんなイツキの様子など気にせず話を進める。
「これ、友達からもらったものなんだけど、あなたが作ったもの?」
そう言って、彼女が差し出したのはイツキが過去に売った置物のひとつだった。
「はい、そうですけど?」
「すごく、いいものね」
「ありがとうございます。品質には自信があります」
少し考えてから、彼女は意を決した様子で切り出した。
「わたしはヴァイオリン奏者なんだけど――」
じっとイツキの目を見つけて、真剣な様子で彼女は頼み込んだ。
「お願い! わたし用の楽器を作って!」
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