第49話 ゲームの知識で暗黒竜を倒す
じっとイツキは、映像に映るラハーデンの姿を凝視した。
巨竜は不愉快そうに首を小さく振り、後ろへと下がる。
「ラハーデンの右から尻尾の薙ぎ払いがきます。近づかないでください」
『へ?』
ウォルの間抜けな声とともに、ぶぅん、とラハーデンが長大な尻尾を、地面を滑らすように払った。
騎士たちが必死に大盾を構えて受け止めるが、叶わずに後方へと吹っ飛ばされる。
続いてラハーデンの頭が下がる。背中の大きな翼に力がこもる。
「両翼を羽ばたかせて、空気弾を打ってきます。右2、左2の合計4発。炸裂位置は前足前方、そこから……そうですね、10メートル前方です。ウォルさんたちは今の位置をキープしてください」
『へ?』
イツキの言葉の通り、ラハーデンの翼がはためき、4発の空気弾が放たれれた。それはイツキの言った通りの場所に着弾した。
『え、ええ、えええええ!?』
ウォルの戸惑いが通信機から聞こえてくる。
『おいおいおい! どうしてわかるんだよ!? 未来でも見えているのか!?』
「ふっふっふっふ、その通りです」
そんなことないのだが、イツキは調子に乗ってそう返した。
「私にはラハーデンがどう動くのかわかるのです」
『ななな、なんだってえええええええええええ!?』
「そんなわけで、ウォルさんにはお願いがあります」
『……なんだ?』
「私の指示を皆さんに届けてください。大声で。よろしくお願いします」
『わかった、任せろ!』
ここから、王国軍の反撃が始まった。
ラハーデンが右前方に歩きながら、威嚇の目を左側に向ける。視線を向けられた側の騎士たちが、大盾を構えて隊列を組む。
イツキが伝えた内容を、ウォルが大声で叫んだ。
「おい! 左じゃない、フェイントだ! 右斜め前方に右足で攻撃がくるぞ! 右側、下がれ!」
ウォルのいきなりの声。
突然の声に――たとえ、それがS級冒険者の声であっても、その意味を信じられるものなどいない。
だが、その言葉は無意識に作用した。
「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ウォルの言葉の通り、ラハーデンが右足を振り上げて攻撃してくる。
「うわあ!?」
そう声を上げたが、彼らの目はラハーデンの動きをとらえていて――体が反応する。
その凶悪な攻撃を間一髪でかわしてみせた。
「――!?」
ラハーデンの動きを言い当てた!
その事実に気がついて、全員の視線がウォルを向く。ウォルに照れている暇はない。
「ほら、翼! 空気弾がくるぞ! 右2発、左2発。前足前方と10メートル先! 威力はさっきの通りだ! ほら回避!」
今度は慌てて回避態勢をとる。
さっきは見事に吹き飛ばされた一撃だが、今回、国王軍は見事に攻撃を回避した。
「おおおおお!?」
「こ、これはどういうことだ!?」
驚きの声に歓喜が混じっていた。
成功は信頼を生む――
だんだんと多くの兵士たちがウォルの言葉に耳を傾け出した。
「次のラハーデンの攻撃は――!」
ウォルの言葉を信じて動く兵士たち。
ラハーデンの攻撃を掻い潜りながら、的確にダメージを与えていく。
戸惑いは高揚となり、絶対零度にまで冷え込んでいた戦意は熱を持っていく。
「戦える、戦えるぞ!」
「行ける!」
もはや負けを覚悟している人間はいなかった。
巨竜といえど、攻撃が当たらなければ恐るるに足りない。ウォルの言葉を信じて動けば負けはない。攻撃だ! 攻撃だ! 人の身の攻撃はか弱くとも、何度も重ねれば強い一撃となるのだから!
恐るな、前へ前へ!
その希望を胸に兵士たちはラハーデンを果敢に攻め立てた。
そんな様子を、イツキも映像を眺めて把握している。
「なかなかいい感じですね」
好転した戦況を見ていると、実に機嫌がいい。
だが、緊張感があるのも事実だ。
ウォルから伝えられる、イツキの先読みによって戦線がかろうじて保たれている状況だ。
読み間違えれば、王国軍は大きなダメージを受け、それ以上に、二度とウォルの言葉は信じてもらえないだろう。
そうなれば、終わりだ。
(たったひとつも間違えられないとは――)
イツキの口元がにやりと笑む。
(なかなかのクソゲーだな!)
もちろん、失敗するつもりはないが。ラハーデンの攻撃は完璧に覚えている。負けることなどありはしない。
イツキの言葉が、着実にラハーデンを追い詰めていく。
「……そろそろ、頃合いですか」
ラハーデンの目が赤くなった。
それはラハーデンが一定量のダメージによって『怒り』モードになったことを示す。攻撃力が上昇する危険なステータスだ。だが、それこそが、ラハーデンをドラゴンスレイヤーで仕留めるためのトリガーでもある。
「ウォルさん」
『ん? なんだ!?』
「ラハーデンの攻撃力が1.5倍になりました」
『はあああああああああ!?』
「あ、ウォルさん。今は精神的支柱なんで、オーバーアクション禁止で。キリッとカッコよくお願いします」
『お、おう……』
「今からラハーデンを仕留めます」
『おい、マジかよ!?』
「キリッとカッコよく。クールに」
『す、すまん……』
「ハーデンの右前足に攻撃を集中するよう、呼びかけてください。時間がありません。急いで!」
『わかった!』
ウォルが、イツキから託された指示を叫ぶ。
もうウォルの指示に逆らう人間はいない。騎士も冒険者たちも決死の様子でラハーデンの右前足に斬りかかる。
ウォルが剣を構えた。
『おっしゃ、俺も――!』
「いかないでください」
『よし、いかないぞ! って、え!?』
「だから、キリッとカッコよく。クールにクレバーに」
『マジでごめん……』
「ウォルさんは待機していてください。勝負を決するのは、あなたです」
『え、俺?』
「ドラゴンスレイヤーを持っているのは、誰ですか?」
『あ……』
「静かに待っていてください。時が来たら、一撃でお願いします」
『おう!』
王国軍の勇戦を眺めながら、イツキは考える。
(……ここが勝敗の分かれ目……)
胃に重いものを感じながらイツキは状況を見守っている。
時間との勝負だ。
激怒ラハーデンの右前足に打撃を与えて転倒――それがイツキのシナリオだ。ダメージが足りずに、その前に怒りがさめてしまうと、次の怒りを待つ必要がある。
(それを待つ時間はない)
王国軍は、突如として出現した英雄ウォルのおかげで息を吹き返した。だが、それはあくまでも一時的なバフにしか過ぎない。
彼らの火力では、ラハーデンを倒すことはできない。
そして、ここを逃せば、次の激怒を待つ余力もない。
つまり、今この瞬間にドラゴンスレイヤーで仕留める以外の道はない。
(まだか……)
待ち続けた瞬間は、ついに訪れた。
「オオオオオオオ……」
映像の向こう側で、漆黒の竜が咆哮を上げて地に崩れ落ちる。
おおおおおお! と王国軍がわくと同時、イツキは大声で叫んだ。
「今です、ウォルさん! ラハーデンの喉に向かってください!」
『おうよ!』
ウォルが疾走する。
(早く早く早く!)
倒れたラハーデンは起きあがろうとするが、体がうまく動かない。
この辺はゲームと同じだ。
であれば、動けない時間は10秒。
その間に勝負を決することができるか――
「ウォルさん! ラハーデンの喉元に、ひとつだけ赤い、逆になった鱗があります。そこにドラゴンスレイヤーをお願いします!」
イツキが言う鱗は映像に映っていた。
ひとつだけ赤い、逆になった鱗。
ラハーデンの逆鱗。
通常は普通の鱗と同じ色だが、ラハーデンが激怒したときだけ赤くなる。
重要なのは、色ではなく硬度だ。赤くなった逆鱗は軟化し、そこだけ防御力が低くなる。
そこにドラゴンスレイヤーを突き立てて殺す。
それこそがお手軽ラハーデン攻略法だ。
(……まあ、今回はお手軽にはほど遠かったですが……)
なかなかゲームのようにはうまくいかない。
『おおおおおおおおおおおお!』
ウォルが大声をあげてラハーデンへと向かっていく。その目はラハーデンの逆鱗を確かに捉えている。
ウォルが持っていた剣を捨て、腰にあるドラゴンスレイヤーを引き抜く。
ガラスのように薄く、美しい刀身があらわになった。
ラハーデンの体は――
まだ動けない!
逆鱗はすぐそこ!
『あれか、イツキ!?』
「はい! お願いします!」
『終わりだ、暗黒竜!』
ウォルがドラゴンスレイヤーをラハーデンの逆鱗に突き立てた。
ずっと――
薄手の刃が暗黒竜の内側に沈み、潜り込んだ瞬間に根本から砕け散る。
ラハーデンの動きが変わった。
「オオオオオオオエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
断末魔のような雄叫びをあげ、ラハーデンの体がのたうつ。
兵士たちが大慌てで距離を取る。
だが、ウォルは逃げなかった。刃までへし折れた剣を持ったまま、苦しむラハーデンを凝視している。
永劫にも続くかのようだったが、それほどでもなかった。
ラハーデンの巨体はじょじょに動きを緩慢にし、やがて、ぐたりと地面に伏し、動かなくなった。
しんとした静寂が広がった。
イツキはぼそりと小声でつぶやいた。
「どうぞ、勝利の言葉を」
その言葉に、ウォルもまた小声で返す。
『……俺でいいのか?』
「ええ、もちろん。私は生産職。武器を作るのが仕事ですから。その武器でラハーデンを仕留めたのはウォルさんです。違いますか?」
『武器を作る以上の仕事をした気がするけどな……』
苦笑まじりに応じながら、ウォルは根本からへし折れたドラゴンスレイヤーを掲げて叫んだ。
『暗黒竜ラハーデンは討ち取った! 俺たち王国軍の勝利だ!』
その言葉に触発されるかのように、王国軍の兵士たちもまた拳を突き上げ、勝利の雄叫びを上げた。
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