第50話 レベル999生産職は旅立つ
討伐戦を終えた後、王はラハーデンの存在と討伐を国民に伝えた。
脅威の消失と新たなる英雄の誕生に王都は祝祭に包まれた。
その困難を成さしめた栄光は――
竜殺しの戦士ウォル、そして軍師フェルスに与えられた。
しかし、フェルスの表情は固い。
「よくやってくれた! 軍師の貢献に感謝を与えよう!」
忠臣たちを集めた謁見の間で、フェルスへの報奨は行われた。
まさに重臣にとっての晴れ舞台。
なのに、思い詰めたフェルスの表情は全くふさわしくないものだった。
王の言葉が終わってから、意を結した様子で口を開く。
「王よ、おりいってお願いがございます」
「ふむ、願いか。余とお前――得難き名軍師との仲だ。遠慮なく申してみよ、フェルス」
「ありがとうございます」
じっと王の目を見つめ、フェルスは続けた。
「私フェルスは軍師職を降りようと思います」
「……!?」
その言葉を想像していなかった王は露骨に表情を歪めた。周りの忠臣たちもざわざわと動揺を見せる。
「な、何を言っている!? お前は王国の
年のころ30ほどのフェルスに対する正論だった。
しかし、フェルスの表情は変わらない。
「王の言葉、まことに感謝いたします。……ですが、私以上に軍師にふさわしいものを見つけました。そのものに今後を託したいと思うのです」
「お前よりもふさわしい人間……?」
王の言葉には信じられない響きがあった。
当然だ、軍師フェルスは王国最高の知性であり、何度も国難を退ける献策を行ってくれた。
王にとって、彼以上の存在などいないのだから。
「真実をお伝えしましょう」
一拍の間を置いてから、フェルスは言葉を続けた。
「実のところ、私の策は失敗していました。全面潰走の憂き目から、討伐成功に導いたのは別の人物です」
「――!?」
衝撃が謁見の間の空気を揺るがす。
「名をイツキと申します」
「イツキ……? 知らぬ名だな。何者だ?」
「貴族ではなく……流れの生産職です。それも、腕利きの」
「生産職!? ……そ、そんなものが本当に暗黒竜ラハーデンを追い詰め、この討伐戦を成功に導いたと言うのか!?」
「はい、嘘偽りございません」
軍師フェルスはラハーデン戦のことを思い出す。
イツキとの通信は維持していたので、イツキがウォルに伝えている指示はフェルスも把握していた。
それは、奇跡だった。
まるで未来でも見えているかのように、イツキはラハーデンの行動を完璧に予測していたのだから。
そして、彼女の完璧な指示通りに全てが進み、ウォルが倒れ伏したラハーデンの喉元にとどめの一撃を与えたのだ。
なぜ、そんなことができたのか、フェルスにはわからない。
わかっていることは、イツキという人物は生産職という器に収まるだけではなく、まるで神のような見識を持つということだ。
加えて、明らかに自分をはるかに超える存在だということだ。
自分よりもふさわしい人間を見つけてしまった以上、フェルスは己の地位に留まるつもりはない。
それこそが王国のためなのだから。
それこそがフェルスの忠義だった。
「王よ、ぜひイツキに軍師の要職を与え、配下にお迎えください。それこそが王のためであり、ひいては王国の繁栄を約束します」
「……お前がそれほどに言う人間か」
王は少し考えたが、口にしたのは軍師フェルスへの慰留だった。
「だが、やはり私にはお前が必要だ、フェルス」
フェルスは首を振った。
「ありがたいお言葉ですが……今回の討伐戦、私にとっては失敗なのです。私は王国を滅亡させるところでした。その責任を取りたい面もあります。イツキを新たなる軍師にお迎えください。それが王のためです」
王はフェルスの考えを変えようとしたが、フェルスは頑として受け付けず、最終的には王も折れた。
「……わかった、イツキを我が配下に迎え入れるとしよう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「短い間でしたが、お世話になりました」
生産職ギルドマスターのクラフトにイツキは頭を下げた。
執務室で応対するクラフトは残念そうに首を傾ける。
「考え直してくれないか? うちの専属になって欲しいんだよ。お前から学びたいものはいくらでもある」
「ありがとうございます。ですが、私は流れの生産職。そろそろ旅に出たい気持ちもあります」
だろうな、という感じの表情をクラフトが浮かべる。
「そうか。ま、仕方がない。笑って送り出すとしよう」
腕利きの生産職が自由気ままなのはクラフトも知っている。だから、もう引き止める無駄はしない。
「王国からの武具作りを手伝ってくれて本当に助かった。まさか暗黒竜を狩るためのものだったなんてなあ……。お前がいてくれなきゃ大変なことになってたよ。ありがとう」
「どういたしまして」
「王都に来る用事があったら、いつでも訪ねてきてくれ。歓迎するよ」
「はい、またお会いできる日を楽しみにしております」
イツキは生産職ギルドを辞した。
王都のメインストリートを抜けて、正門を守る門番たちに挨拶して外へと出ていく。
街道を歩きながら、イツキはほっとしていた。
(……よかったよかった。逃げ出すことができた……)
今までは何年も逗留していたが、今回は半年足らずだった。
本来であれば、もっとのんびりしたいところだったが、そうできない事情もあった。
(フェルスが勧誘してくると困るんだよなー)
ゲームにおいて、軍師フェルスは潔癖で忠義心の強い男として描かれている。
そんな人物が、自分以上の手腕を持って暗黒竜ラハーデンを圧倒したイツキを見てどう思うだろうか?
(国王に推挙していたりして……?)
なくはないとイツキは思っていた。
王の配下になる?
答えはもちろんノーだ。
(せっかく自由にぶらぶら生きていくことができるのに、好き好んで王家に仕えるってのもね)
自由に旅をし、気ままに人と付き合い、ときには人助けもする――
それくらいがちょうどいい。
(軍師にヘッドハントされるなんて自意識過剰な妄想かもしれないけど)
しかし、自衛は必要だ。
あまり表に出てはいないが、イツキの存在は確実にバレている。有名になってしまった以上、ほとぼりが冷めるまで王都を離れるのは悪くない。
王の誘いを断ると角が立ちそうなので、先手を打って逃げるわけだ。
道を歩きながら、イツキは思う。
(さて、次はどこに行こうかな――)
そんな時だった。
「おおい、待てよ! 待てったら、イツキいいいいいい!」
背後から大声が届いた。
(……おや、この声は……?)
振り返ると、見覚えのある3人が走ってくる。
冒険者の様相で、男と女2人。
戦士ウォルと斥候シフと魔術師マリスだ。
追いつくなりウォルが大声を出す。
「おいおいおい! 挨拶もなしで出ていくなんてひどいじゃねーか!」
「はははは、すみません……」
実は挨拶しようとしていたのだが、ウォルたちが不在だったため、諦めたのだ。
もともと S 級冒険者として高名だったウォルたちだが、今は竜殺しの英雄として讃えられている。忙しすぎて会うのも大変かと思い、イツキは旅に出ることにしたのだ。
「でも、よく街を出たことに気づきましたね」
「ま、私がいるからね」
ふふんとシフが笑う。
「こんな大きなヤマが片付いたんだ。なんとなく、あんたがどこかに行っちまうんじゃないかと思ってね。いろいろ見張りをつけておいたのさ」
「おーっと……なるほど。さすがは斥候のシフさんですね」
そこでウォルが再び口を開いた。
「礼をさ、言わせてくれよ!」
「お礼?」
「ああ、そうだよ。お前のおかげで俺は竜殺しになるって夢が叶ったんだからさ!」
「ああ」
イツキは懐かしく思う。
出逢った頃のウォルはよく言っていた。そして、最初の離別のときも。
――いいか、イツキ。俺はいつか竜殺しになるからな!? 竜殺しのウォルの噂を聞いたら、すぐに会いにきてくれよ!
本当に、ウォルは竜殺しとなったのだ。
「お前のお膳立てのお陰だよ」
「いえいえ。確かに私なりに貢献はしたと思いますが――ウォルさんだからこそ成功した部分もありますよ」
それはイツキの本音だった。
イツキはラハーデンの動きを読み切っていたが、逆に言えば、それだけだ。
その情報を受けて、適切に場を仕切り、ラハーデンにトドメを刺したのはウォルの実力だ。
ウォルでなければ、きっと成功していなかっただろう。
「立派に成長してくれて、私は嬉しいです」
そこに立つ3人の姿は立派な冒険者のそれだった。いくつもの苦難を乗り越えて技術を磨き上げてきた強者たち。
10年前の、まだまだ若さの目立つ新米たちの成長した姿だった。
ついには竜殺しの英雄となった彼らの姿をイツキは眩しいものを見るように眺めた。
うん、とイツキは頷く。
「それではお元気で。またお会いしましょう」
ここでお別れ。
再び己の道を進もうとしたイツキだったが――
「そのことなんだけどさ」
3人で顔を見合わせた後、ウォルが続ける。
「イツキさえよければ、俺たちも一緒に連れていってくれないか?」
「え?」
「駆け出しだった前のときはさ、とてもついていくなんて言える身分じゃなかったけど、今は腕にだって自信もある。どうだ?」
「……」
イツキは断ろうかと思った。
なぜなら、永遠を生きる自分と彼らでは時間軸が違うから。
だが、なぜだろう。それはそれでもったいないような気もした。もう少し一緒にいたい。それがイツキの本音だった。
「そうですね。一緒に旅をしてみましょうか?」
「お、いいねえ!」
ウォルたちが大はしゃぎする。
ある意味で、彼らは最も一緒に行動する点で問題ない仲間でもあった。彼らは10年後も外見の変わらいないイツキの特殊性に気づいている。彼らはイツキの圧倒的な性能にも気づいている。
それでも、彼らはそれを詮索しない。
誰かと旅をするのなら、彼らはいい選択だろう。
(たまには、人と旅をするのもいいかもな)
ウォルが話しかける。
「で、今度はどこに行くつもりだったんだ?」
「実は考えてないんですよね。さて、どこにしようかなー」
唇に手を当てながら、イツキは考える。
せっかく旅をするのだ。自分しか知らない場所を教えたらどうだろう。S級冒険者の彼らも知らないところに行くのはいいだろう。
その思いつきは、イツキにとって楽しいものだった。
「そうですね。次は――」
旧知の仲間たちを連れて、不老の少女は旅に出る。
生産職を極めた転生ゲーマーのモノづくり放浪記 三船十矢 @mtoya
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