第48話 暗黒竜ラハーデン討伐戦

 闇の向こう側に現れたラハーデンに慌てることなく、フェルスが冷静な声で指示を飛ばす。


「騎士団、前へ」


 同時、大きな盾と重厚な鎧に身を固めた騎士たちが前に出た。いずれもイツキが作り出した逸品だ。

 てっきり冒険者を肉壁として使い捨てにするのかと思っていたが、あくまでもフェルスは効率至上主義らしい。

 騎士団の隊列は淀みなく、整然としていて徹底的な訓練が見て取れる。

 寄せ集めの冒険者ではこうもいかないだろう。

 最重要ではあるが、最も危険な最前衛を騎士団で固めたのは、少しでも勝率を高めるためだ。


「おおおおおおおおおおお!」


 騎士たちは臆することなくラハーデンへと突撃していく。

 フェルスの指示が飛んだ。


「弓隊、魔法隊、攻撃せよ!」


 後方に控えていた冒険者たちと、王国の弓兵隊、魔法使い隊が一斉に攻撃を開始する。

 それはまるで波濤だった。

 ラハーデンの巨体に炸裂、色とりどりの輝きを撒き散らした。


「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 ラファーデンの声が響きわたる。

 だが、それは痛みに対するものというよりも苛立ちの色が強かった。


(……当然か。使われている魔法のレベルが低すぎる。あの程度じゃ、たいしたダメージにはならない)


 魔法攻撃など意に介さない様子でラハーデンが前進を始めた。

 大盾を構える騎士たちに緊張が走る。

 ラハーデンの攻撃が始まった。

 イツキの盾と鎧は効力を発揮した。普通の装備ならば、ラハーデンの攻撃がかすっただけでも騎士は死んでいただろう。だが、少なくとも大技でなければ死ぬことはない。

 そして、隙をついて、騎士たちは剣で斬りつける。


(……厳しいか……)


 イツキの鍛え上げた剣といえど、ラハーデンの表皮は硬い。ざっくりと切り込めるほどの威力は期待できそうにもない。

 だが、これでもずいぶんとマシなのだ。

 普通の剣であれば、騎士のレベルだと切りつけた瞬間に剣がへし折れているだろう。

 カメラが目まぐるしく動く。

 映写機の映像を、フェルスが切り替えながら戦況を眺めているからだ。


「カルテス隊、左へ。ラオウル隊、空いた場所へ。クレオール隊、後退――」


 耳につけた通信機から、フェルスの声が聞こえてくる

 どうやら、かなり細かく部隊をわけているようだ。よく見ると、騎士や冒険者たちの腕には多彩な色のバンダナを巻いている。

 その色単位でグループ分けしているようだ。


(あれだけのグループ分けを頭に入れて、とっさに指示を出しているのか……さすがに王国を代表する軍師だな)


 フェルスの指示は的確で、参加者も精鋭。

 だが、それでも勝てないだろうとイツキは思っていた。

 絶対的な戦力が足りていない。

 暗黒竜を真っ向勝負で叩きのめすなら、もっと圧倒的な火力が必要だ。

 そもそも、ラハーデン実装時の最強プレイヤーが挑んでも叩きのめされる相手なのだから。

 それよりもはるかに劣る戦力に勝ち目はない。

 正しいフローに従ってラハーデンを追い詰める以外に勝つ方法はない。

 ラハーデンが左前足を2回踏み鳴らす。

 それを見ていたイツキがぼそりとつぶやく。


「顔面の振り下ろし――ラハーデン正面の騎士たちは後退……」


 だが、それが聞こえていないフェルスの指示は全く違うものだった。

 直後。

 ラハーデンが、高所から顔面を振り下ろす。逃げ遅れた騎士たちが、圧力に耐えきれずに吹き飛ばされる。イツキ謹製の大盾のおかげで即死は免れたが、いずれも瀕死のようだった。

 フェルスが鋭い指示を発する。


「くっ……直撃を受けたものは下がれ!」


 素早く隊列を組み直す動きは見事だったが――

 ラハーデンが首を左右に振る。


「前進しながら、鉤爪を振り下ろす……」


 イツキがつぶやいた通りに、ラハーデンが動いた。

 圧倒的な攻撃力が騎士たちに降り注いだ。

 フェルスが再び懸命に立て直す。

 その隙をつき、冒険者たちもラハーデンに斬りつけていくが、やはりダメージが弱い。


(このままでは――)


 勝てる見込みはない。

 ラハーデンが動くたびに、騎士たちが大ダメージを負い、戦列は薄くなっていく。なんとか反撃を加えるが、釣り合ったダメージ交換とは言えない。

 肉を切らせて骨を断つどころか。

 肉も骨も断たれながら、薄皮1枚はいでいるだけ。


「やはり無理ですか……」


 重い気持ちのまま、イツキは言葉を吐いた。

 騎士隊の損耗が耐えきれなくなったので、フェルスは冒険者たちを穴埋めに動かそうと指示するが、その動きは鈍い。

 当然だろう。

 彼らは忠誠を誓う騎士とは違う、雇われの身なのだ。おまけに、重装備の騎士ですら容赦なくやられている現状を目に見ている。

 怖気付くのも無理はない。

 いや、むしろ、戦意を保って責任を果たそうとしている姿を褒めるべきだろう。

 ウォルを始めとした王都でもトップ級の冒険者でなければ、逃げ出していてもおかしくはない。

 騎士も冒険者も頑張ってはいるのだが――


(そろそろ限界だな)


 もう、全面潰走の未来は避けられない。

 となれば、その前にイツキとの約束が果たされるべきなのだが。


 ――敗色濃厚になれば、ウォルさんたち3人のぶんだけ私に切り替える。これでどうでしょうか?


 問題は、いつフェルスがそれを決断するかだ。


(早く……)


 時間とともに戦力は失われていく。

 戦意も低くなっていく。

 勝てる見込みも、失われていく。


「――早く!」


 イツキは願うように叫んだ。待つ間、時の流れはとても長く感じる。まるで1秒が永遠のようだ。

 知らず知らずのうちに、イツキの爪が腕に食い込んでいる。

 そのときだった。


『……聞こえているか、イツキ』


 耳につけた通信機から、フェルスの声が聞こえてきた。


「はい!」


『今、専用回線で話しかけている。聞こえているのは私と君だけだ。ご覧の通り、全軍壊滅の状況だ。軍師として恥ずかしい限りだ……。君との約束を果たそうと思う。あとは任せるが、それでいいか?』


「はい、お願いします。ところで、映像なんですが、切り替えはフェルス様の担当かと思います。ラハーデンの全身がよく見える位置を維持して欲しいのですが、可能でしょうか?」


『わかった。そうしよう』


 藁にもすがりたい気分なのだろう、フェルスは抵抗することなく受け入れてくれた。


「……ところで、ラハーデンに勝てるつもりか?」


 その声には気弱さと疑問があった。

 だから、イツキはキッパリと言い返す。


「もちろんです、お任せください。必ず勝利を王国にもたらしてみせましょう」


「どんな策があるのかわからんが――」


 苦笑しつつフェルスが続けた。


「期待する。ウォルたちに切り替えるぞ」


 そこでフェルスの声がやんだ。

 イツキが口を開く。


「あー、ウォルさん、聞こえますか? イツキです」


『おお! イツキか! 待っていたぜ!』


 元気なウォルの声が返ってきた。


「ところで、戦況はどうですか?」


『最悪だよ。もう、いつ瓦解してもおかしくねーぞ。こっからなんとかできるのか、イツキ?』


「当然です」


 答えながら、イツキは腹の奥底で広がる闘志を感じていた。

 誰もが投げ出す超難度のゲームをクリアしたときの心地よさを思い出したのだ。

 そういう状況でこそ、たぎるものがある。


「では、ここから逆転といきましょうか?」


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