第47話 この最強装備が欲しいのか、んー?

「商談だと?」


 フェルスは眉をひそめる。


「……お前が欲するものは何だ?」


「以前、伺いましたが、ラハーデン戦では映像を見る魔導具を軍師様が確認しつつ、音声を飛ばす魔導具で騎士や冒険者たちに指示を出す――それで間違いありませんか?」


「そうだが?」


「その映像を見るための魔導具と、通信の魔導具をいただきたいのです。もちろん、ラハーデン戦と繋がるようにして」


「バカな!」


 一言でフェルスが切り捨てた。


「そんな機密情報を公開できるはずがないだろう!?」


「そこをどうにかしてほしいので、この杖を取引材料にしてみたのですが、ダメですかね?」


 じっと杖を見たフェルスの目は、確かに物欲しそうだった。だが、すぐにその欲を消す。


「……無駄だ。確か、自分で指揮を取るのはどうか、と言っていたな。その杖には大きな魅力を感じるが、私にも国を守る軍師としての誇りと責務がある。我意を優先させるはずがなかろう!」


 フェルスの声は怒気をまとっていた。だが、それは想定外ではなかった。フェルスの真面目な性格はゲームで知っているから。

 だから、まだイツキには準備していた切り口がある。


「別に全軍を指揮させて欲しいというわけではありません。指示をするのは3人だけ、でどうですか?」


「3人?」


「S級冒険者ウォルさんたち3人です。彼らとは旧知の間柄なので」


「3人だけ……か……」


 フェルスは静かに考える。

 だが、最後は首を振った。


「ダメだ。それでも規律を破るわけにはいかない」


「そうですか」


 頑迷な軍師だが、真面目なのは好感触ではあった。


「では、もうひとつ譲歩して――当面はウォルさんたちもフェルス様が指揮してください。そして、敗色濃厚になれば、ウォルさんたち3人のぶんだけ私に切り替える。これでどうでしょうか?」


「我々が敗北するというのか!?」


 今度は激昂した。怒らせてばかりで申し訳ないなあ、と思いつつ、イツキは応じる。

 そのプライドこそが取引の切り札だ。


「まさか。敗北するつもりはないのでしょう? ならば、私との密約も問題ないのでは? 私の介入もなく、フェルス様は杖を手に入れるだけ。それとも――本当は勝てる自信がないと?」


 ああ、やなやつだなー俺、と思いながらイツキは言う。だが、ここで引くわけにもいかない。勝利を手にするための最後の分岐はここなのだ。

 やや冷静さを取り戻したフェルスが口を開く。


「下手な煽りはやめてもらおうか」


「あははは……」


「だが、わからないこともある。今の話だとお前に旨みがない。なぜ、そうまでして首を突っ込もうとする?」


「私も、王国軍の勝利を願っておりますので」


 そのイツキの目を、フェルスがじっと見つめる。イツキの目に宿る虚偽を、あるいは真実を見透かそうとして。

 やがて、フェルスが視線を外した。


「いいだろう……あれほどの装備を作ってくれたのだ、その献身に応えよう。お前の要望を飲む」


「ありがとうございます!」


 そう言って、杖をイツキは差し出したが、フェルスは首を振った。


「それを受け取れば、物欲に負けたみたいだろう? 私だけでラハーデン戦に勝利できた場合は貰い受けよう」


「それで構わないのでしたら、申し上げることはありません」


 これで最低限の、勝ちへの布石は置くことができた。

 だが、不確定な部分はまだ多い。


(まだまだ気が抜けないな)


 イツキは決戦の日を思い、気を引き締める。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 イツキの最後の納品が終わって間もなく、暗黒竜ラハーデン討伐が決行された。

 イツキは出立するウォルたちを見送りに出る。


「イツキ、行ってくるぜ!」


「はい。頑張ってきてください。あと、こちらを」


 イツキは持ってきていたドラゴンスレイヤーをウォルに差し出す。


「ウォルさんにお渡しします」


「ドラゴンスレイヤー、か……」


 ウォルが鞘から剣を引き抜く。ガラスのように薄い刃を見て、口笛を吹いた。


「すごいな、こいつは。10年前にもらった剣も逸品だが、こいつはレベルが違うな……」


「はい。その名の通り、竜を殺すための剣ですから」


 そこで声のトーンを低くしてイツキが続けた。


「ただし、その剣は使わないでください」


「おう、わかった! 使わな――って、え!? 使わないの!?」


「はい、使わないでください。それはたった一撃で壊れる、文字通りの切り札ですからね。私からの指示を待ってください」


「イツキからの指示?」


「軍師フェルス様に掛け合って、ウォルさんたち3人にだけ、私から指示が出せるようにしてもらいました」


「マジか!?」


「当面はフェルス様の指示ですが、特定の状況で私に変わります。そのときまでは使わないでください」


「わかった」


「で、そのフェルス様の指示ですが――」


 気が重いなあ、と思いつつも、イツキは言葉を押し出した。


「無視してください」


「おう、わかった! 無視して――って、え!? 無視するの!?」


「ノリいいですねー」


 ふふふ、とイツキが笑う。


「はい。まあ、サボっていると問題あるので……ああ、そうですね、『いのちだいじに』で頑張ってください」


 前世の知識で最もしっくりくる言葉を口にした。


「いのち、だいじに……」


「はい。正直、今のままでは勝てません」


 もっとフェルスと信頼を結べていれば――とイツキは思う。だが、ただの生産職に軍師が指揮を預けるほどの信頼度というのはどれほどだろうか。

 結局、それは無理な願いなのだろう。

 少なくとも、ウォルたち3人のカードを手にできただけでも最善を尽くしたと誇るべきなのだ。


「皆さんと、そのドラゴンスレイヤーが決戦兵器となります。だから、絶対に死なないでください」


「任せてくれ! ま、しぶとさには定評があるんだよ、俺は!」


「期待していますよ」


 にこりとほほ笑み、イツキはウォルたちを見送った。


 彼らが出たあと、イツキもまた王都を出る。


 フェルスからもらった魔導具は近くまでいかないと使えないからだ。ラハーデン討伐の舞台となる沼地の近くに到着すると、イツキは腰を下ろしてフェルスからもらった映写機を用意する。


 スイッチを入れると、空中に映像が浮かび上がった。

 カメラ役の騎士が見ている光景だろう。


 武装した騎士と冒険者たちが隊列を組んで洞窟の奥へと進んでいく。岩肌の続く風景が流れていき――

 開けた場所に出た。

 そこは天井も広く、部屋、というか空間そのものが広い。ところどころに溶岩地帯や巨石の配されたオープンフィールド。


 イツキの記憶にある風景。

 100回以上も殺されながら、必死に戦い抜いた戦場。


「いよいよですか――」


 己の声に緊張の色が増すのを感じる。

 空間の奥で巨大な闇が浮かび上がった。まずは黄金の両目。そして、口から漏れ出る赤い炎。

 ぬっと迫ってきたのは、体長30メートルはある巨大な漆黒の竜――ラハーデン。

 騎士たちのどよめきが、耳につけた通信機から聞こえてきた。そして、耳に響くようなラハーデンの咆哮が響き渡る。

 ゲームで見た、登場シーンそのままの映像だった。


「始めましょうか」


 決戦の幕が切って落とされた。

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