第46話 竜殺しの布石
ウォルたち3人が怪訝な表情をする。
「ドラゴンスレイヤーって何?」
「竜を殺すための武器――ラハーデンに対する特攻武器です」
このドラゴンスレイヤーも物議を醸した。
ラハーデンに絡むクエストで作ることになるのだが、そんな名前のわりに『それなりに大きなダメージ』しか与えることができず『一撃で砕ける』という微妙な武器だった。
よって、とても倒すことなどできない。
なので、これまた当時のネットで荒れまくっていた。
「ドラゴンスレイヤーのくせに殺せてねえじゃん!」
「ダメージ設定ミスってんぞ、クソ運営! 小学校からやり直せ!」
などなど。
だが、実際のところ、それは設定ミスではなく、使いどころを間違えていただけだった。適切なタイミングでドラゴンスレイヤーを使えば、ラハーデンを撃破できるダメージを与えることができる。
初撃に使うのではなく、とどめで使うものなのだ。
(とはいえ、ノーヒントなのはエグすぎだったけど)
初期の頃、ラハーデン攻略は――開幕ドラゴンスレイヤーでダメージ、その後は力押し、という戦術だった。イツキもこの戦法でクリアしている。
だが、ある日、動画サイトに『ラハーデン楽勝すぎて草』動画が上がって、攻略法が一変した。
ドラゴンスレイヤーの一撃でラハーデンが死ぬ――
当時のイツキは、楽でいいなあ……、と今後のプレイヤたちを羨ましく思った。それはそれで、古参プレイヤによる、新人煽りになったのだけど。
「しょせんラハーデンすら実力で倒していない介護プレイヤーどもだぞ」
(なつかしいなあ……)
そんなわけで、イツキはラハーデン攻略法を知っている。きっちりと導くことができれば、勝利をもぎとる可能性はあるだろう。
ウォルが口を開く。
「イツキ、そんなものまで作れるのか……」
「もちろんですよ」
頭の中にレシピは存在する。逆に言えば、ドラゴンスレイヤーはこちらの世界にも存在するということだ。
「ただし、素材が必要です。ウォルさんたちに集めてきてほしいのですが、お願いできますか?」
「ああ、もちろんだけど……そこまで重要なアイテムなら、王国に報告して、国を挙げて集めたほうがいいんじゃないか?」
「……うーん……これは切り札ですからね。王国に主導権を与えたくないという気持ちがあるんです」
フェルスとの会談時にも感じたが、まだ互いに対する信頼は低い。こちらの思惑通りに動いてくれないのなら、渡すわけにはいかない。
「そんなわけで、内密にお願いします」
「わかった。俺たちはイツキを信じる。な?」
ウォルの言葉に、シフとマリスがうなずく。
「それで、何を集めてきたらいいんだ」
「ドラグル鉱石に、強火炎岩に、珪砂塊ですね。場所は――」
知っている情報をウォルたちに伝える。
「わかった。任せてくれ」
「私がどうしてそんなことを知っているのか、聞かないんですか?」
最近は驚かれてばかりなので、逆に新鮮だった。
そんな問いにウォルたちは困ったような顔を見合わせて応じた。
「……いや、もうイツキが無茶苦茶なのはわかっているから、いちいち考えないことにしたんだよ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2ヶ月後、イツキは生産職ギルドの鍛冶場で武器を作っていた。
「ふむ、できたましたね」
その手に握られているのが、ドラゴンスレイヤーだ。
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ドラゴンスレイヤー(最上大業物)
特殊効果:ドラゴン種に対するダメージが10倍になる
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竜を殺すために作られた専用の武器。
竜種の頑丈な肉体をも切り裂く鋭さだが、その刃はもろく儚い。
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説明文の名の通り、真紅の刃は薄く伸ばしたガラスのようで、じっと見つめると、向こう側が透けて見えるようだ。
(なるほど、こんな武器なのか)
そんなふうにイツキは感心した。ゲーム上だと、どうしても表現に限界がある。リアルで見ると、違う趣があった。
近くに立っているギルドマスターのクラフトが声をかけてくる。
「……すごい武器だな……見ているだけで、迫力が伝わってくるというか……なんて武器なんだ?」
「ウォルさんへのプレゼントです。主力のS級冒険者ですから、ふさわしい武器を送りたいと思いまして」
イツキはドラゴンスレイヤーを作っておいた鞘に丁寧な手つきで納める。
それを眺めていたクラフトが視線を壁に向けた。
そこに立てかけてある、魔法使い用の杖に。
「あれもそうかい? ウォルの仲間には腕のいい魔法使いがいたよな?」
「あれは別の用途に使うものですね」
「ふぅん? なんだかすごいものだな……」
「それはそうでしょうね。この剣を作った端材で作成したものなので。なかなかの力を持っていると思いますよ」
イツキはドラゴンスレイヤーと杖をインベントリに収納し、話題を別のものに変えた。
「お約束のものは揃いましたよ」
「ああ、そうだな」
イツキが行ったのは、王国に納品する『最上大業物の装備』だ。
ラハーデン狩りであれば協力を惜しまない――というわけで、イツキは100を超える装備を作成した。
逆に、それはイツキにとって都合も良かった。
なぜなら、彼らはイツキが装備を完成させるのを待つ必要があるからだ。ドラゴンスレイヤー作成の時間を稼ぐことができる。
おかげで、イツキ側の準備は整った。
装備の納品にはイツキもついていった。いつもの担当者が検分していく。終わった後、まるで美食を味わったかのような表情でこう言った。
「素晴らしい装備です。本当に素晴らしい……ありがとうございます」
その言葉に、満足げな様子でうなずいたのが軍師フェルスだ。最後の納品なので顔を見せたようだ。
「よい仕事だ。これほどの装備であれば、必ずやラハーデンも討てるであろう。感謝するぞ、イツキ」
「ありがとうございます」
イツキは頭を下げながらも思った。
残念ながら、この装備を持ってしてもラハーデンは倒せない。そもそも倒すためではなく、死なないための装備としてイツキは作った。
この防御力であれば、ラハーデンの攻撃で一撃死することもないだろう。
「私の約束は果たしました。フェルス様のほうはいかがですか?」
「もちろん、反故にするつもりはない。ついてこい」
部屋の外に出ようとするフェルスのあとを、護衛たちが追従する。それをフェルスは手で制した。
「言っておいたはずだ。待機していろと」
「いえ、ですが……」
「私も魔法使いの端くれだ。心配しなくていい」
そう言った後、フェルスがイツキに目を向けた。
「心配性な部下ですまないな。気を悪くしないでくれ」
「構いません」
イツキはフェルスと二人で部屋を出る。
装備の納品が終わればフェルスと二人だけで話がしたい――最上大業物の装備を作ることに関して、イツキの出した条件がそれだった。
王国の重要人物をどこの馬の骨ともわからない人間と二人にする。そんなこと護衛として許容できないのは当然だ。
だが、フェルスはイツキを信じることにしたようだ。
仕事でのやりとりを通じて、単純に友好度が増したぶんもあるだろうが、イツキが15くらいの少女なのも判断材料だろう。
フェルスは本人が言っていた通り、優秀な魔法使いでもある。少女であるイツキが何かを仕掛けてきても取り押さえる自信があるのだろう。
過信ではあるのだが。
(実際、ワンパンで死ぬな……)
レベル999のイツキと戦って勝てるはずがない。
だが、それはあくまでもイツキが異常なだけなので、フェルスの目を節穴とするべきではない。むしろ、ある程度の危険を理解した上で、会うことを承諾してくれたフェルスの鷹揚さを褒めるべきだ。
二人で部屋に入る。
フェルスが口を開いた。
「さて、わざわざ二人で話したいこととはなにかね?」
「……こちらの杖に興味はありますか?」
イツキがインベントリから取り出したのは、生産職ギルドの工房で作っていた杖だ。
フェルスの目の色が変わる。
「こ、これは……?」
「強大な力を秘めた杖です。実は、こちらをフェルス様にお譲りしてもいいと考えております」
「……!? 本当か!?」
「はい。ただし条件があります」
「条件、だと?」
「なに、大したものではありません」
いぶかしがるフェルスに、イツキはにこやかな笑みで応じる。
「では、商談を始めましょう」
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