第45話 軍師フェルスとの会談

「軍師フェルス様、ですか……」


 全員が驚きの表情を浮かべたが、その顔色は二分されていた。

 なぜイツキがそんなことを要求するのか、と驚くクラフト側の人間と、なぜイツキが軍師フェルスが責任者であることを知っているのか、と驚く王国側の人間に。

 ここで軍師フェルスの名を出すということは、この装備を集めている真の理由――暗黒竜ラハーデン討伐を知っているのだから。

 男のひび割れた声を出した。


「な、なぜ、フェルス様を?」


「それは皆様が最もご存じだと思っておりますが」


 首を傾げてから、イツキが続ける。


「理由ですが、ここで申し上げても問題ありませんか? フェルス様が何を成し遂げようとしているのか――」


「――!?」


「私の主はより深く、多くを知るのです」


 適当なことを言ってみたが、当たっているだけに担当者は顔色を失った。


(謎の強キャラ感、むっちゃ気持ちいいー)


 これは癖になるな、とイツキは思ってしまった。

 担当者は、同行していた同僚に目を走らせ、小声で相談する。短く切り上げると、彼はイツキに目を向けた。


「フェルス様との面会を用意すれば、これらの武器を追加で作成していただけると、確約してもらえるのでしょうか?」


 イツキは少し考えた。

 話した内容によって決める、という曖昧な表現をしようと思ったが、それだと彼らも上と交渉しにくいだろう。雲の上の存在である軍師に登場願うのだから、それなりの見返りは必要だ。


「……そうですね、そこにあるものと同じ数は約束しましょう。面会時にお持ちいたします」


「それ以上の個数は可能ですか?」


「どうなんでしょうね。主は気まぐれですから」


 そう言って、イツキは曖昧な笑顔を浮かべた。

 実はあまり何も考えずに微笑みを浮かべただけなのだが、謎めいた美女だけに、相手が勝手に考え込む。


(謎めいた美少女ロールプレイ、むっちゃ気持ちいいー)


 担当者はクラフトに目を向ける。


「クラフトさんのほうから、命じてもらうことはできませんか?」


「お気持ちはわかりますが、難しいです。先ほども申し上げた通り、腕利きの職人は客を選ぶものです。彼らに権力を振りかざしても、あるのは服従ではなく軽蔑です」


「うぅむ」


 さらに深く考え込んだ後、担当者は腹を決めた。


「……わかりました。会談さえセッティングできれば、今回と同じものがもらえるのは間違いないのですね?」


「はい。そこは約束いたします」


「では、上と相談いたします。ただ、フェルス様はお忙しい方なので、絶対とは言えません。決まり次第、クラフトさんに結果をお伝えします」


「それで構いません」


 イツキには結果がわかっていた。

 ゲームにおけるフェルスは無能とほど遠い人物だった。計算のできる男なので、会うだけで最上大業物の装備が手に入る機会を無駄にはしない。


 ――もたらされた結果は、イツキの予想通りだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 しばらくして、イツキは軍師フェルスに会うため、王城を再び訪れた。


「それではイツキさん、こちらへ」


 追加の装備を納品した後、同行していたクラフトと別れて王城の奥へと通される。通された部屋で待っていると、上級貴族を思わせる、上質な服を着た男が護衛の兵を引き連れて部屋に入ってきた。

 軍師フェルス。

 年の頃は30ぐらい。職の重さを考えれば、若いといえる年齢だ。だが、それは決して過分な職ではない。王国でも有数の頭脳を持つ人物で、役職にふさわしい能力を持つ男だ。

 シャイニング・デスティニー・オンラインでもお馴染みの人物で、王国における大規模クエストのほとんどは彼を通して受けることになる。

 フェルスはイツキに席を進めた後、対面に腰掛けた。


「君が件の、最上大業物を納品する少女か」


「はい、イツキと申します」


「私と話がしたいそうだが?」


「暗黒竜ラハーデンの討伐について、どのようにお考えなのか教えていたければと思いまして」


「……ふむ、暗黒竜を討つことに納得していないということかね?」


「いえ、そういうわけではなく……そこに大義があることに疑問の余地はありません。ただ、どのような方法で倒すつもりなのかお教え願えないでしょうか」


 重要なのは、ホワイではなく、ハウだ。

 シャイニング・デスティニー・オンラインの情報だと、プレイヤがクエストを受諾する事前イベントとして、ラハーデンが大敗したと語られている。

 同じように進むのかどうか断言できないが――


(今回の討伐は失敗する可能性が高い)


 それはつまり、ウォルたちの戦死を意味する。

 イツキとしては、それを阻止したい。

 ラハーデンには『明確な勝ち筋』があるのだが、それを、こちらの世界のフェルスは知っているのかどうか、イツキは知りたかった。

 フェルスが口を開く。


「あまり独創的でなくて恐縮だが……正攻法だよ。選りすぐりの騎士と冒険者に良質な装備を与えて、真っ向から戦おうと思っている」


「……つまり、力押しですか?」


「身も蓋もない言い方をするとそうなるかな。軍師として、いささか恥ずかしい限りではあるが」


「それで、フェルス様はどのように関わるおつもりなのでしょうか?」


 派遣して終わり、という感じではないことをイツキは知っている。というのも、ゲームでフェルス自身が『直接指揮』を執っていたと説明していたからだ。


「国家の一大事だ。もちろん、私自身が指揮をとる」


「ですが、最前線は危険ですよね?」


「前に出過ぎる軍師も困り物だ。私の安全を気にして騎士たちが動けなくなるからな。具体的には、少し離れた場所から魔導具を通じて指示を出すつもりだ」


「どんな感じですか?」


「映写の魔導具で前線の映像を見て、こちらの声を届ける魔導具で彼らに指示を出す。全員には耳に受信機をつけてもらうつもりだ」


「ああ、なるほど」


 確かにそれなら、指揮もとれるだろう。

 進め方がわかったところで、イツキは別の質問を口にした。


「それでは……そうですね。ラハーデンが後ろに2歩後退して、歯をカチカチカチと打ち鳴らした場合、どう指示されるつもりですか?」


「……?」


 露骨にフェルスは困惑の表情を浮かべた。


「すまないが、そんな仮定に意味があるのか? そんなもの、状況に応じて変わるだろう」


「……確かにそうですね」


 そう応じながらも、イツキは残念な気持ちになっていた。


(なるほど、知らないか……)


 イツキが口にしたのは、ラハーデンの代表的な前兆行動だ。この後、吐いた炎を横薙ぎに振り回す。一見、回避不能だが、実はすぐにしゃがめば一切ダメージを受けない。

 これがラハーデンだった。

 一発が凄まじいので、真正面から戦うと圧倒的な打撃力ですぐに潰されてしまう。

 明らかに今までのモンスターより強く、理不尽すぎて怒りを覚えるほどなのだが、実際は全ての行動に明確な前兆行動が設定されていて、それを知った上で戦えば、簡単に倒せるのだ。


(あれはまさに、ネットの集合知の勝利だったなー)


 全国のプレイヤたちが、ラハーデン攻略のために、気づいたことをネットに書き込みまくって、ものすごい勢いでパターン構築が進んだ。

 もちろん、知識だけでは勝てるものでもない。何度も何度も死にまくって身体にすり込み、勝利をつかんだ。


 ゲームならではのゴリ押しだ――だが、ここにはネットもないし、死ねば終わりの世界だ。


 フェルスはフェルスなりに最善を尽くしているが、今のままだと勝ち目はないだろう。


「……わたしが指揮を執りたい――というお願いは通りますか?」


「面白い冗談だな。できるはずがないだろう?」


「そうですよね」


 イツキはあっさりと引き下がっ た。

 これはフェルスの無能や狭量を意味するわけではない。当たり前の話だ。どこから来たかもわからない馬の骨に、王国の運命を左右する精鋭部隊の指揮を任せる?

 むしろ、フェルスの反応は至極常識的だ。


(だけど、このままだと負けてしまう……)


 破滅の未来が見えるイツキとしては、引くわけもいかない。

 フェルスに前兆行動を教える方法もあるが、あまり相手にはされないだろう。やはり、信頼が足りない。本来であれば、それを構築するのが先だが、それをする時間もない。


(……ともかく、現状はわかった)


 それだけでよしとして、イツキは王城を辞した。

 それから、ウォルたちの元を訪れて、気軽な口調でこう言った。


「ドラゴンスレイヤーでも作りませんか?」


「へ?」


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