第44話 暗黒竜ラハーデンを討て!

「――暗黒竜ラハーデン」


 イツキはウォルが語った言葉を思わず繰り返した。

 その名前は知っている。

 シャイニング・デスティニー・オンラインで戦ったボスキャラだ。この王都サングリアで受けられるクエストなので、納得感は大きかった。


(……あれか……)


 登場時は圧倒的な強さでプレイヤーたちを蹂躙し続けた存在で、当時は倒すのに苦労した。

 あの頃の、ネットの掲示板は『絶望』だった。


『強すぎて草』


『簡単にクリアされたら悔しいじゃないですか』


『倒し方が不明とか運営はサ終したいの?』


 そんなプレイヤーたちの怒号で満ちあふれていた。イツキも書き込んでストレス発散した。

 それほどまでに強かった。

 イツキの沈黙を、より詳細な情報を、と解釈したウォルが話を続ける。


「王都から少し離れた場所の湿地帯にごくまれに現れるらしい」


 その情報もイツキの記憶と違いはない。

 決戦場所は、湿地帯の奥にあるダンジョンだ。

 設定上、モンスターとは大気に含まれる瘴気から生まれる。その湿地帯のダンジョンには瘴気が吹き溜まる傾向があり、暗黒竜ラハーデンのような大物が生まれる。


「今はまだ明確な被害は出ていないが、過去の記録によると、ラハーデンのやつは獰猛で、王都を襲撃してくることもあった。今のうちに潰しておきたい、と王国は準備を進めているんだ」


「……なるほど」


 実に納得がいく理由だった。それならば協力を惜しむつもりはない。

 その理由は全く思い当たらなかった。ゲーム上だと、そんな展開はなかったからだ。単純に、王国の軍師フェルスから依頼されて挑むだけ。プレイヤーたちの知らない裏側では、そういう動きがあったのかもしれない。


「どうして、隠していたのでしょうか?」


「そんな物騒なものが王都の近くにいるなんてわかれば、民衆が不安に駆られるかららしい」


「それはそうですね」


 だから、ウォルのような参加者以外には伏せられていた。


「……私に教えてもよかったんですか?」


「ま、問題はあるだろうけど……俺個人としては、イツキが迷いなく動けたほうがプラスだと判断した。あと、イツキを信じているから。他には言わないでくれよ?」


「もちろんです」


 イツキはうなずいた。

 どうやら、過去に戦った記録があるらしい。王家が良質の装備を求めているのは、それを参考にしてだろう。


「装備の他にも、何か過去の資料で役に立ちそうな情報はありましたか?」


「……? どうだろう。俺はそれを直接見たわけじゃないからなあ……」


 ウォルが首をひねるのも最もだ。

 イツキの知る限り、単純な強さよりも、より重要な情報を書き記されているほうがありがたいのだが――

 イツキは首を振った。


(……こっちで倒したほうがいいのかな?)


 当時は恐ろしく強かったが、レベル999のイツキにすればザコにも等しい。今ならば正攻法でゴリ押ししても簡単に倒せるだろう。

 準備しようとしている装備の数からして、王国はウォルたち冒険者を含めた王国軍で対処しようとしている。

 動員している人数を考えれば、それなりの怪我人が出るだろう。

 それならば、イツキのほうで倒してしまうのも悪くはない――


(ん?)


 その瞬間、イツキの頭に奇妙なメッセージが浮かんだ。


『ワールドワン:暗黒竜ラハーデンは討伐済みです』


(ああ、なるほど……)


 すぐにイツキは意味を理解した。

 ワールドワンとは、シャイニング・デスティニー・オンラインの用語だ。それは世界に1体しか存在しないことを意味する。

 もちろん、ゲームの世界なので1体だけしか討伐できないとなると他のプレイヤーが困るので、少し変わった形で表現されているが。

 全プレイヤ、1度だけ討伐可能。

 なので、倒してしまうと二度と戦えなくなるのがワールドワンだ。

 イツキはシャイニング・デスティニー・オンライン上で、すでにラハーデンを撃破しているため、それが持ち越されているのだろう。

 思い込みではない確信がイツキにはあった。

 ――他の情報はあなたの無意識に滑り込ませておきます。必要なときに気づくことができるでしょう。

 おそらくは、転生するときに女神が言っていた『無意識にある情報』が承認しているのだろう。


(……ということは、こっちで倒すのは無理か……)


 それどころか、打倒パーティーに入れてもらうのも不可能。

 つまり、協力するならば生産職としての立場しかない。


(それなら、それで頑張るだけだけど)


 いったん、そこで考えを打ち切ってイツキはウォルに別のことを尋ねた。


「ところで、今回の作戦を統率しているのは誰ですか?」


「王国の軍師フェルス様だよ」


「ありがとうございます」


 軍師フェルスとコンタクトを取る――それが次のイツキの目標だ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 数日後、イツキは生産職ギルドマスターのクラフトとともに王城へと向かう馬車に乗っていた。

 ウォルたちと会った翌日、イツキが、


「私の武具を納品するとき、同行させてもらえませんか?」


 と頼んだからだ。通常の生産者がそんなことを言ったところでクラフトは門前払いにするだろうが、イツキは別。下手な対応をして、ヘソを曲げられると、今後の対応に支障が出るからだ。

 王城にたどり着くと、クラフトの一団は奥の一室に通される。

 やがて、武器の管理者らしき中年の男が現れた。


「クラフトさん、今回は期待していいですか?」


「自信作があります」


「ははは、楽しみですな」


 クラフトとの挨拶が終わると、男は武器の検分を始める。持ち込んだ武器は全てイツキ作ではない。イツキ以外の作品を男は淡々と眺めているが、やがて、イツキの装備を見た瞬間に息を呑む。


「こ、これは――!?」


 鞘から引き抜いた剣を見るなり、絶句していた。


「え、こ、これって……最上大業物ですよね?」


「はい。そこにある装備は全て、最上大業物とこちらでは認識しています」


 クラフトの返答に、慌てて男がイツキの装備に目を走らせる。

 鎧の表面を手でなぞった瞬間――


「え、え、えええええええええええええ!? マジですか!?」


 男は信じられないものを見るような目でクラフトを見た。


「最上大業物が、こんなに? そうそうお目にかかれないものですよ」



「ツテがありまして」


 クラフトが笑みを浮かべた。

 クラフトの背後に立つイツキは、

(そうなのか、最上大業物ってそんなに珍しいのか)


 なんてことを思っていた。

 ゲームの中だと最強装備が基本なので、みんな、当たり前のように最上大業物だった。なので、わりと当たり前の感覚でいるのだが、この世界だとそうではないらしい。


(……まあ、ゲームの世界が異常だったんだよな)


 そんなことを考えていると、いつの間にか担当者とクラフトの会話が進んでいた。


「この装備、量産できるんですか?」


「ううん、どうなんでしょうね」


「そこをなんとか、してください。これなら上も納得してくれます!」


「その気持ちはわかるんですけど……腕利きの職人というものは権力を振りかざすとヘソを曲げる連中も多く……」


 目を輝かせる担当者をクラフトが押し止める。イツキの存在は秘する、という約束を守っているようだ。


(あまり表に出たくはないけれど)


 仕方がない、と思いつつ、イツキは口を開いた。


「その装備を作った人との窓口は、私です」


「……!?」


 担当者が慌てて、発言者であるイツキに目を向けた。そして、イツキの姿を見て目をギョッとさせる。

 見た目の美しさか、年端の行かない姿か。

 おそらくは両方に驚いたのだろう。


(とりあえず、窓口で止めておこう……)


 そもそも、15歳の人間が作ったというと、今以上の混乱を巻き起こす可能性もあるので。


「制作を検討する条件があります」


「……なんでしょうか」


 表情を引き締めた担当者に、イツキはこう言った。


「責任者である、軍師フェルス様にお会いしたいのですが、可能ですか?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る