第35話 理をもって利を説く

 イツキが出した刀を手に取り、クラインはしげしげと眺めた。


「これは……噂だけは聞いたことがあります。東方のヒノモトという国で作られている武器ですか?」


「刀というものですね」


 あっさりと答えると、クラインの表情がこわばる。


(知っていてくれて助かった。手間が省ける)


 知らなければ、別のものを提示するか、希少性を理解させるだけだ。もちろん、大商会の長なので信頼してはいたが。

 クラインが鞘に手をかけた。


「抜いてもよろしいですか?」


「もちろんです」


 クラインが刀身を引き抜く。

 その刃は、こちらの剣とは明らかに違った。刀身は一直線ではなく、優美な曲線を描いている。刃は白の層と黒の層にわかれているが、その境界は波のように揺らいでいて、幻想的な美しさを見せている。


「これは……素晴らしいですね……」


 見惚れるように凝視するクラインに、イツキは尋ねた。


「それはヒノモトで使われている武器です。こちらで手に入れるのは簡単でしょうか?」


「いえいえ、とても難しいです。私も現品を見るのは初めてですから」


「そうですか。では、値段をつけるならおいくらでしょうか?」


「……正直なところ、値段はつけられません。オークションが適当かと。スタートの価格なら、大金貨50枚でどうでしょうか」


 大金貨50枚――500万円。

 うっかり口笛を吹きそうになる価格だ。なぜなら、普通の剣を打つのと原価が変わらないからだ。

 クラインが質問を投げかける。


「この武器は、どうやって手に入れられたのですか……?」


「申し訳ございません。残念ながら、お伝えすることはできません」


 実は、イツキが作っておいたものなのだが。

 シャイニング・デスティニー・オンラインにおいて、イツキはとっくの昔に東の大陸も制覇していて、そこでしか手に入らない生産アイテムのレシピも解除済みである。

 よって、刀を自分で作ることができる。

 そういう意味だと偽物なのだが――


(生産職カンストが作ったものだから、現地で手に入れるものよりも高品質だと思うよ)


 それに大事なのは、このアイテムの真贋ではない。

 刀は、あくまでも話のきっかけにすぎない。

 イツキは話題を変える。


「先ほどジンクスさんからの提案をクラインさんはリスクが高い――投資に見合わないと却下されました。ですが、本当にそうでしょうか?」


 一息入れてから、イツキが続ける。


「今、東の大陸との貿易はラルズカン帝国を経由するしかありません。それゆえに、流通も価格も帝国の一存で決められている状態です。この状況を打破するには、北方回廊以外の接点を持つ必要があります。つまり――」


 そして、設計図を指差す。 


「この大型帆船です。大海を制することで、我々は帝国に邪魔されることなく東方の大陸と取引ができるようになります」


 会話の途中から、クラインの表情が切り替わった。

 鋭敏な彼は、皆まで話す必要もなかった。途中の段階で、これがいかに革新的で――大きな商売になるかを理解していた。

 すでに頭の中で無数の計算が動き始めているのだろう。

 ジンクスが小声でこそこそと聞いてきた。


「東と取引して、何かいいことがあるのか?」


「たとえば、そこにある珍しい刀ですが、生産国の東では珍しくありません。いくらでも安く売っています。それをこちらに持ち込めば、いくらになりますか?」


「……大金貨50枚、か!?」


「もちろん、大量に仕入れて売り出せば価値は下がってしまいますが……そこは商売の仕方ひとつです。そうですよね、クラインさん?」


「おっしゃる通りです」


 クラインの口元に笑みが浮かぶ。それは商人が浮べる、 油断ならない笑みだった。

 商売人としてのスイッチが入ったのだろう。


(それでいい)


 イツキはこのカードの強さを理解していたからこそ、それを正しく理解できるライゼン商会に狙いをつけた。

 これがエタンロイ子爵の場合だと、同じ展開にはならなかっただろう。子爵は優秀なのでクラインと同じ結論にはたどり着くが、放蕩息子への反感が勝って判断を誤っていた――それがイツキの見立てだ。

 クラインが口を開く。


「この大型帆船の話、うち以外には……?」


「子爵に話しただけです」


「我々が受けた場合、秘密にしていただけますか?」


 我々が受けた場合、という言葉に隣のジンクスとチップが動揺する。イツキは構わずに返答した。


「ずっと、は厳しいです。が、取っていただくリスクに見合った期間の独占は妥当かと思います」


「構いません。詳細は話し合いましょう」


 ニコニコとした笑顔でクラインが返す。

 商会が大型帆船を独り占めしたいのは当然だ。ライバルがいると、それだけ儲けが減ってしまうのだから。

 だが、永続的な独占を認めるつもりはない。

 それを許してしまえば、ラルズカン帝国がライゼン商会に代わるだけだからだ。いずれは全ての情報を公開して、自由な交易にしたいとイツキは考えている。

 もし、ライゼン商会が約束を違えたら?


(その場合は、こちらが動くだけだ)


 全てを知るイツキが動けば、どうとでもなる。傾いてしまった世界の天秤をイツキの手で戻すだけ。

 ライゼン商会に食い止める手段はない。


(ライゼン商会もそこまで欲をかかないだろう。航路が開通して1年だけでも莫大な富を得るんだから)


 話し合いは友好的に終わった。

 いくつかの詳細さえ詰めれば、充分に妥結できるところまで進んだ。


「絶対に、この話は他に持っていかないでください」


 強く念押しされたことからも、感触は悪くない。

 ホテル・ライゼンを出るなり、ジンクスが空に両手を突き上げて、大声で叫んだ。


「おおおおおしゃあああああああああああ!」


 そのジンクスに、隣のチップがツッコミを入れる。


「おいおい、あんた、ぼーっとしてただけだろうが」


「何言ってるんだよ! それはお前もだろ!?」


「む。まあ、そうだけど――」


 そこで、2人の目がイツキを見た。

 じー。


「よ、よかったですね。うまく行って?」


「イツキさ、あんた何者なんだい? 凄すぎなんだけど? だいたい、よく東の大陸とか北方通路だっけ? そんなの知ってるね?」


 チップの言っていることは当然だった。

 この世界は、現代日本に比べて情報の流通は遅い。一般人が知っていることは、身の回りで起こっていることだけ。遠くの大陸のことなど、知るはずもないのだ。


「実は北育ちなので、その辺の知識がありまして。刀や設計図もそのときに手に入れたんです」


「ふーん……」


 ジトッと見るチップの目は全く信じていなかった。

 そこにジンクスの能天気な声が割って入る。


「ま、どうでもいいじゃないの」


「どうでもいいのか!?」


「いいのさ。イツキは俺たちの仲間だってだけでさ、ね?」


「そう言っていただけると、ありがたいです」


「それより、チップ。今度はお前が頑張らないとだぞ。あの大型船、作るのはお前たちなんだからな」


「うちは小型船か補修までだぞ……。他に頼んだほうがよくないか?」


「そんなこと言うなよ。なあ、船大工としてさ、こういう仕事をやりたいとは思わないのか?」


「え、いや、それは、やりたいけどさ! そういう言い方はズルいだろ!」


「いいんだよ。お前にやらせたいから。俺はお前の腕を信じているからさ」


「はあ、荷が重いったらありゃしない」


 そう言ってから、チップがイツキに目を向けた。


「あんたも腕を振るってくれるんだよね?」


「はい。そのつもりです」


 普通の職人たちを集めて作れば2〜3年くらいの大仕事。

 生産職の腕の見せ所だ。

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