第8話 大浴場にて
一緒に風呂に入る=裸の付き合い。
その事実にイツキは大浴場のドアを3人でくぐったときに気がついた。
(……まずい……!?)
なぜなら、イツキの中身は男なのだ。他の女性と一緒に風呂に入るのはまずい。本来であれば、察して逃げるべきだったのだが、ここで引き返すのも妙な話だ。
(……ま、まあ、俺はこっちの世界では女性キャラなわけだし……?)
そんな感じで女風呂に入っていった。
――大変だった。
風呂から出た後、イツキは頭がくらくらするのを自覚した。
性別は変わってしまったが、魂は不滅。魂に宿った紳士力を駆使して必死に視線を逸らしたが、そう簡単に思い通りには展開しなかった。
3人で大浴場に入ったときのことだ。
イツキは目に見える風景に対して露骨に狼狽した。
「ん? 様子が変だぞ。どうした、イツキ?」
左からシフの肌色が近づいてくる。
「くっ」
逆サイドを見ると――
「何か物珍しいの?」
右からマリスの肌色が近づいてくる。
「くっ」
頑張って避けようとするほど、心配して近寄ってくる。
ゲームに青春を捧げ尽くした廃ゲーマーも、人間としての欲望からは解脱できないのだ。だが、イツキはここで役得役得とガン見できるような人間ではない。
ゲームに関してはドライだが、こっちではピュアピュアだった。
なので、イツキは顔を赤く染め、もじもじしながら言った。
「あの、その……他人と風呂に入るのに慣れていませんので……」
そんな姿を見て、両サイドの2人が興奮した。
「かわいいー!」
左右から肌色が抱きついてくる。
(ふぉっふぉっふぉっふぉおおおおおおおお!)
百合的な空間にイツキは爆発しそうになった。
そんな感じの、ドキドキ入浴タイムだった。思い出しただけで、のぼせてしまう。
(……なんだか悪いことをしたような……いやいや、この世界で俺は女だから、別に……)
イスに座ってぼうっと休んでいるとシフとマリスがやってきた。
もちろん、もう服を着ているので裸ではないが。
「どうした? のぼせたか?」
「そんな感じです……」
いろいろなものにのぼせてしまった。
イツキは立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました。とても楽しかったです」
嘘偽りのない言葉だった。
前世にはあまり友人はいなかった。単にシャイニング・デスティニー・オンラインをやりまくっていたからだが。
それはそれで悪くないと思っていたが――
今日のこれは、まるで乾いた砂漠に雨が降るような心地よさがあった。
別に前の人生を否定はしないが、こういうのも楽しいのだろう。
(今度は新しい世界をゆっくりと楽しもう)
イツキはにこりとほほ笑んだ。
「またよろしくお願いします」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
セルリアンに来て半年が過ぎた。
イツキはリッキー・リペアショップで仕事を続けていた。仕事の合間にひとりで街をふらついたり、ウォルたちと出かけたり。
どっぷりとシャイニング・デスティニー・オンラインのリアルな日常に浸っていた。
そんなある日のこと、のんびりとした日常に些細なノイズが走った。
イツキが店長のリクとともに作業していたときのことだ。
カウンターにあるベルが鳴った。
「行ってきます」
もうカウンター業にも慣れていたイツキが立ち上がる。
「あ、ちょっと待って。わたしが行くから」
イツキを静止して、リクが部屋を出ていく。
特に不思議には思わなかったが、カウンターから聞こえてきた会話が妙に気になった。
『リクさんかよー、今日は美人ちゃんじゃないんだな?』
『文句言うんじゃないよ。ここはわたしの店だよ』
『へへへ、まあね。だけど、美人ちゃんが凄腕なんだろ。聞いてるぜ、美人ちゃんが現れた頃からパーフェクトリペアが増えたって。こいつも頼むよ』
『……悪いけど、そいつは運次第だから、なんとも言えないね』
そんな会話をしていた。
(……噂になっているのか……)
無理もないことだった。もう半年もいるし、カウンターで応対もしているのだから。馴染みの客は増えている。
加えて、客が言っていたように、イツキは美人だった。
どうしても目立つ。
冴えない表情で戻ってきたリクにイツキは話かけた。
「店長――」
「ん? ああ……そろそろ話しておいたほうがいいか……。実はうちの店が有名になってるんだよ。滅多にでないパーフェクトリペアを連発する店だって」
パーフェクトリペアは費用が上がってしまうが、トータルの修繕効果としては割安なので冒険者としては嬉しい。
噂になるのは当然だ。
「……だからですか、確かに注文料が増えていましたね」
「うん。でも、そのせいで他の修繕屋の仕事は減っている状態でね……どうなっているんだって聞かれることも増えている。今は適当にごまかしているけどね」
周囲の店との協調は重要だ。
リクはずっとここで仕事をしてきたし、これからもする。今までは同業者たちと足並みを合わせていたのだから。
そこには確かな均衡状態があったのだ。
それが、イツキという存在の介入によって変わり始めている。
「……難しい問題ですね……」
自分の力が過ぎたものだとイツキは理解して静かに過ごしていたが、それだけでも世界に影響を及ぼすのだ。
その強さを思うと
(隠遁生活するしかないのか……?)
もちろん、そのつもりはないが。
リッキー・リペアショップの品質がバレ始めている今、周りの、これまで仲良くやっていた同業者たちとどう共存していくのか。
リクには、彼らへの尊敬があるのだから。
「ねえ、イツキ。少し考えていたんだけどさ、指名制はどうかしら?」
「指名制?」
「ええ。この際、あなたの名前を表に出して、パーフェクトリペアするための指名料をもらう。値段は、かなり高くしてね」
それは悪くない考えだとイツキは思った。
指名料としておけば、イツキが去った後は指名できなくなったとしてメニューから消してしまえばいいだけなのだから。
「いいんじゃないでしょうか?」
「ありがとう。じゃあ、早速」
翌日、リッキー・リペアショップのメニューに『指名:イツキ』が載った。
値段は――
「4倍!?」
いわゆる『パーフェクトリペアの追加を含めた料金』の4倍だ。
べらぼうに高い。
「さすがに高すぎるのではないでしょうか?」
歩合制なので、指名がないとイツキは困ってしまう。
リクがさばさばした口調で応じた。
「こういうのは、あとで値上げすると文句出るから最初は強気で。値下げはあとでしても文句出ないからね」
なんて会話をしていると、客が店にやってきた。
鎧を着た20半ばくらいの男がカウンターにやってくる。
「いらっしゃい」
リクの言葉に男が頷いて返し、その目をイツキに向けた。
「そこにいるのが、噂の名工?」
「ええ。店名を変えたくなるくらいの腕利きね」
「イツキと申します」
「……若いのにすごいな。彼女に修繕を頼みたいんだが」
そう言って、男がごとりと短剣をデスクに置く。
リクが短剣を検分しながら言った。
「構わないけど、指名料がいるよ?」
男はちらっと見た後、特に表情を歪めることなく応じた。
「名工なんだろ? 技術料だな。よろしく頼むよ」
売れた!?
イツキは衝撃を覚えた。4倍でも、ためらうことなく売れてしまった!
男が去った後、リクが短剣をイツキに差し出した。
「はい、ご指名。上客だから、最高の仕事で頼むよ」
「もちろんです。……上客なんですか?」
「あの人、この街で活躍する腕利きの冒険者さん。超有名だよ」
「……おおおおおおお……」
えらい人にまで目をつけられちゃったなー……とイツキは内心で頭を抱えた。
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