第9話 朽ちた剣の修理依頼
仕事の指名は途切れなかった。
「噂の名工に武器を磨き上げてもらいたい!」
という要望は意外と多いらしく、わざわざ高い値段でも依頼がきた。
経済力に余裕のない冒険者ですら、なんだか無理をして「ご利益があるはずなので!」「記念で!」という理由でイツキを指名してきた。
(なんだか、テレビで芸能人に紹介された商品みたいな感じだな)
イツキは前世のことを思い出してしまう。
ミーハーな人はこっちの世界にも多いということだ。
イツキという名前がはっきりと外に出たため、周辺の修繕屋もイツキの作業を見学しにきた。
「おおおお! すごい!? なんだ、この神業!? 今まで一番だ!?」
「ねえ、ホント。すごすぎだよ。盗みたいんだけど、あれはマジ無理」
そんな感じで、応対するリクが苦笑を浮かべている。
(恐縮です!)
そんなことを思いながら、イツキは仕事に励んだ。
もちろん、そこまでの過剰な修繕は不要だと考える客もいて、彼らの修繕はリクが担当した。
仕事量は意外とバランスがいい感じになった。
そうやって日々を過ごしていると――
店に珍しい客が入ってきた。
朝イチだったのでイツキはリクとともに開店の準備をしていた。
(少年?)
背中に一本の剣を背負った10歳くらいの男の子が立っていた。
彼は緊張した面持ちで、
「あの! 剣を直して欲しいんですが!」
と場違いな感じの大声を発す。
イツキに目配せをして、リクが相手をした。
「話を聞くから、カウンターに剣を置いてくれる?」
リクが剣を検分する。
鞘と柄に派手な意匠の施された立派な剣だった。
きん、と剣を引き抜くと――
(ああ……)
イツキは残念な気持ちになった。
剣の刀身はボロボロだった。汚れ、刃も欠けて、ところどころは腐食すらしている。修繕できなくもないが、あそこまで傷んでいるのなら、通常は廃棄だろう。
案の定、リクの目も厳しい。
「……これを修繕したいの?」
「はい。できますか?」
「できなくはないけど、あまりお勧めはしないかな……」
「その剣でお願いしたいんです! 戦で功労を認められたご先祖様がグリアード将軍から受け取った名剣で、家に伝わる宝なんです! 兄が見習い騎士として王都に向かうので、この剣を持っていって欲しいんです!」
(……え……)
少年の話を聞いた瞬間、イツキは思い出した。
シャイニング・デスティニー・オンラインで受けられるクエスト『男爵家の名剣』を。
イツキは思わずつぶやく。
「あなたは、ひょっとして、リエン男爵家の……?」
「はい。……あれ、どうしてそれを?」
「ああ、いえ、その、たまたま知っていまして――」
言い訳にならない言い訳を並べて、イツキはごまかし笑いを浮かべる。
ゲームの知識だと言えるはずもない。
その知識と少年が話す内容は酷似していた。
(……ゲーム内のクエストまで発生するのか……面白いな)
少年がリクに話しかけた。
「値段はおいくらですか?」
リクが伝えた値段を聞いて、少年の顔が真っ青になった。
品質のいい剣が5本くらいは買える金額だ。
「え……、そ、そんなに……?」
ここもクエストどおりの設定だった。
リエン男爵家は貧乏なのだ。そもそも家宝なのだから、お金に余裕があればとっくの昔に修理しているだろう。
つまり、それができない経済事情なわけだ。
「ごめんなさいね。これくらい劣化しちゃうと、普通の修繕じゃ間に合わないの。とてもいい品質の工具や資材を使って、長い時間をかけて作業することになる。それくらいは必要かな」
そして、最後にこう付け加えた。
「あと、長月石が必要かな……これは冒険者に頼んで持ってくるしかない」
そこもゲーム内のクエストと同じだった。
というより、もともとは武器を修繕するものではなく、男爵家の少年――ちょうど目の前にいる感じの子から「剣を直すのに使うから、長月石を持ってくる」ように頼まれるクエストなのだ。
長月石とは月の魔力を保持した石で、魔法の込められたアイテムを修復するときに使うものだ。
ただ、場所を変えると――持ち帰ると蓄積した魔力を急速に失う関係で、魔法の装備を専門に取り扱うところでなければ在庫がない。
つまり、武器の修繕だけではなく冒険者への依頼料までかかる。
リクは剣を少年に返した。
「あなたの気持ちはわかるけど、諦めることをおすすめするよ」
「……わかりました」
しょんぼりした様子で少年は店を出ていった。
イツキは彼の背中が消えていった出入り口を無言で眺めている。
「イツキ」
「はい?」
「何を考えているの?」
「わかりますか?」
「わかるよ。わりと一緒にいるんだから」
ふふふ、とリクは笑ってから続ける。
「確かにあんたの腕なら、それほど高くかからずに直せるだろうね。普通の工具でもできるんだろう?」
「はい」
ゲーム的な解釈で説明するなら、リクが言っていた『高性能な工具や資材』はスキルの成功率を上げるためのものだ。そのため、カンストしているイツキにとっては必要ない。
リクが口を開く。
「だけど、長月石はね……。うちには在庫ないよ?」
「あてはありますから」
嘘ではない。
なぜなら、そのクエストはクリアしているので、どこにあるかは知っている。セルリアンの外に出てしまうが、むしろ都合がよかった。
(外も歩きたかったからな)
イツキの言葉を聞いて、リクが小さくうめく。
「……すごいわね。だけど、その――余計なお節介かもしれないけどさ、親切心だけで動くのは感心しないよ?」
一拍の間を入れて、リクが続ける。
「あなたの優しさを、みんなに届けられるわけじゃないんだから。あの子だけ助けるのは贔屓だし、不平等。他のみんなも同じように求めてきたらどうするの?」
「……うーん……」
少し考えてから、イツキは答えた。
「あんまり難しいことは考えたくないですね」
へらりと笑ってイツキは言った。
熱い砂漠で喉の渇いた人が倒れていて、自分は充分な水を持っているとする。ならば、飲ませるだろう。世の中に飢え乾いた人はたくさんいても、そんなことは関係ない。目の前で困っている人がいて、助けられるのなら助ける。
それだけだ。
(悪くないな)
イツキは胸に心地よさを覚えた。
(それをこれからの指標にしよう)
そんな気持ちを、一言でまとめた。
「ヒーローになれるのなら、そうありたいんです」
「へえ……いいんじゃない? ま、そうだね。助けたいから助ける、そういうのもいいんじゃない?」
「とりあえず、彼には黙っておいてね、とお願いします」
「いい考えだ」
リクが笑った。
自分の――きっと内側にあった目標に手を触れることができて、イツキは楽しい気分になった。
前世では、自分には何もなかった。社畜として毎日をすり潰す日々。誰かを救う余裕もなく、救う力もなかった。
だけど、今ならば。
己の力で、他の誰かを幸せにすることができる。
うん、とイツキはうなずいた。
「頑張ります」
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