第10話 ゲームの知識で手軽に経験値を稼ぐ

「ほー、面白そうだな。手伝わせてくれよ」


 それがウォルの返事だった。

 ウォルたちに協力を頼むため、イツキは『夜明けの鶏』亭に行って長月石探索の相談をしたのだ。

 実際のところ、セルリアン周辺の探索ならばレベル999であるイツキなら素手で無双できるのだが、ゲームではない実際の地理に不慣れなので案内を頼むことにした。


「報酬は――」


「いや、いい」


 イツキの申し出を、ウォルは手を振って断った。


「急ぎの旅じゃないんだろ? 採取とかしながらでいいのなら別に無料でいいぜ」


「カッコつけちゃって」


 円卓で、ウォルの横に座るシフが笑う。


「ま、同じ意見だけど。友達の力にはなりたいし、いつもの仕事のついでだしね?」


「ありがとうございます」


 イツキは頭を下げる。そんなことを言ってくれる気持ちが嬉しかった。

 翌日、イツキたちはセルリアンの市壁を越えて外へと出た。目の前にはイツキとウォルたちが出会った森が広がっている。

 イツキは森を指差した。


「わたしたちが出会った森の名前って、ラオパブの森と呼びますか?」


「え? ああ……森としか呼んでないけど、確かそんな名前だったような」


 続いて、イツキは質問を重ねて森の広さを確認した。

 ゲームと同じ配置かを確認したかったのだ。内容としては予想どおりだった。縮尺こそ違えど、だいたいはゲームと同じだ。


(それなら、長月石があるのはあの辺かな)


 すぐに当たりがついた。

 そう遠くはないが、長月石が夜でなければ見つけにくいことを考えると、1泊2日くらいの旅になる。


「あっちのほうに行きたいです」


「わかった」


 先導するウォルたちの後をイツキはついていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 森を歩きながら、イツキは懐かしい気持ちにかられていた。


(ここで経験値稼ぎしたなあ……)


 最初期の頃なので、もう7年以上も昔だ。

 あの頃はネトゲが始まったばかりで情報はカオス状態。みんな手探りプレイでわちゃわちゃやっていた。

 その時代には効率なんてなく、遠慮やルールもない。


 熱のある時代――楽しい時代だった。


 当時のイツキは大学生で、ハマりにハマって一週間ぶっとおしでプレイした。

 思えば、人生が狂った瞬間なのかもしれない。

 その出会いがなければ、こんなネトゲの世界までやってきていないから。


(……まあ、でも、後悔はないな)


 そう思えるくらいには幸せだった。

 前世も、今も。

 そこでイツキは、ふと気になることを口にした。


「……みなさんは経験値稼ぎはどうやっているのですか?」


 シフが首を傾げる。


「ん? 経験値? 何それ?」


「……すみません、言い間違えました。気にしないでください」


 どうやらこちらの世界には『経験値』という概念はないらしい。


(……まあ、そうだろうな。あれは経験を積んでいることをゲーム的に表現しているだけだし)


 だが、彼らが認識していないことと、本当に存在しないかは別だとイツキは思っている。

 なぜなら、イツキのスキルは判定されるからだ。

 この世界にはシャイニング・デスティニー・オンラインと類似したシステム――法則が存在するのは間違いない。

 経験値も、同じものか似たものが、彼らの知らない無意識のうちに蓄積されている可能性はある。


「強くなるにはどうしているのでしょうか?」


「冒険者として日々たくましく生きていくこと、だね」


 シフが笑う。当たり前といえば当たり前の言葉が返ってきた。

 だが、それも結局、シャイニング・デスティニー・オンラインと同じだった。シャイニング・デスティニー・オンラインでは、戦闘だけではなく採取や生産のような、全アクションに経験値がつく。


「ウォル、モンスターをたくさん倒すと強くなった実感がありますか?」


「ん? そりゃあるよ。実戦は最高の鍛錬だしな」


「たくさん、モンスターを倒したいですか?」


「ん? そりゃな。だけど、なかなか見つけるのも大変だからなー」


 戦闘で経験値を稼げる可能性はある――そう考えたイツキの頭に浮かぶものがあった。

 セルリアンに降り立った初心者プレイヤおすすめの経験値稼ぎ方法だ。


(……こっちでも使えるかどうかはわからないけど……)


 試してみる価値はある。

 おそらく位置関係からして、この辺でできるはずだ。


「この辺にカカシが立っている場所があったりしますか?」


「カカシ?」


 首を捻るウォルの代わりにシフが答える。


「ああ、あるよ。それが?」


「案内してくれます?」


 怪訝な顔をするシフだったが、特に何も言わずに従ってくれた。

 しばらく歩くと、森の中にカカシが立っている。


(やっぱりあったか!)


 ただ、懐かしさはなかった。

 なぜなら、これはイツキがセルリアンを離れて、だいぶ経ってから見つかった裏技だからだ。お世話になった後発のプレイヤなら間違いなく「カカシ師匠!」と叫んでいただろう。

 マリスが首を傾げた。


「謎のカカシに何か用でも?」


「この人はカカシ師匠なんですよ?」


「「「へ?」」」


 ポカンとする3人の表情に笑みを返すと、イツキは別の場所へと移動した。


(カカシの位置がここなら、ここのはず)


 そう遠くない場所に開けた空間があり、ゴブリン3体が立っていた。


(いたいた!)


 背後を振り返って、イツキは人差し指を口元に立て、ゴブリンたちを親指で指す。

 ウォルとシフが剣を引き抜き、マリスが杖を構える。

 そこに話し合いはなく、ためらいもない。

 シャイニング・デスティニー・オンラインの設定だと、モンスターとは大気に充満する瘴気から現れる、普通の生物とは異なるカテゴリーの存在だ。彼らは本能的に人間を憎み、殺そうとする。

 つまり、見つけ次第、倒さなければならない相手なのだ。


「エネルギーボルト!」


 マリスの声とともに発言した魔法の矢がゴブリンを打つ。

 敵襲に気がついたゴブリンが戦闘態勢に移――その前にウォルとシフが殺到、剣を振るって襲い掛かる。

 そのままの勢いで優勢に進め、彼らはゴブリンたちを倒した。

 ゴブリンの死骸が、まるで空気に溶けていくかのように消えていく。彼らを形作る瘴気がほどけているのだ。モンスターはこうやって消えていく。


(……ゲームと一緒だなあ……)


 消えた後には、きらりと輝く紫色の石が見つかった。


「お、ラッキー」


 ウォルが拾い上げる。

 魔石だった。瘴気の結晶で、ある種の魔力が宿っている。

 実はこの世界、意外と地球の現代社会に肉薄している部分もある。簡単に火がつけられるコンロもあれば、蛇口からは水が出てくる。

 その原動力が魔石だ。

 魔法的な力を事前に設定された装置で、それを動かすのがこの魔石だ。

 地球で言うところの、乾電池に相当する。

 消耗品なので需要が多く、冒険者たちの稼ぎのひとつとなっている。

 ウォルがイツキに目を向ける。


「もらってもいいかい?」


「もちろんです。長月石以外は差し上げますよ」


 戦いがひと段落したので、イツキはカカシのいた方角に指を向ける。


「それではあちらに戻りましょう」


 3人を連れて戻ると、当然ならが、そこにカカシがいた。


(……確か、ここでカカシを『調べる』んだよなあ……)


 ネトゲ上は『check カカシ』のマクロを発動させるだけなのだが――

(調べるってなに!?)


 どのゲームでも『調べる』コマンドはあるが、それが具体的になんなのかイツキには不明だった。

 よくわからず、カカシの身体をペタペタと触る。


(これでいいのか?)


 やや自信はなかったが、変人を見るような表情でイツキを見ている3人に不安げな表情を見せるわけにはいけない。

 自信ありげに笑みを浮かべて、3人に言った。


「では、またゴブリンたちのいたところに戻りましょう」


 腑に落ちない様子の3人に有無を言わせず、ずんずんと来た道を戻る。

 すると――

 さっきの空間にはゴブリン3匹が立っていた。


「「「へ?」」」


 3人が声を漏らす。


(……よかったよかった。こっちでもできたか)


 イツキはゴブリンたちを指差して言った。


「とりあえず、倒してもらっていいですか?」

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