第11話 出現、フレイム・ベア

 ゴブリンたちを倒した後、ウォルがイツキに質問をぶつけた。


「どういうことなんだ?」


 モンスターは湧くものだが、その場所は必ずしも一定ではない。おおざっぱな場所は決まっているが、その範囲内でランダムに出現する。

 こんな短時間で、同じ場所にモンスターが現れる例はとても珍しい。


「カカシ先生のおかげなんです。カカシ先生を触ると、ここにモンスターが湧くんですよ」


「「「は?」」」


 3人があんぐりと口を開ける。

 無理もない。無茶苦茶な話なのだから。


 ゲームでは、モンスターを殲滅>カカシを調べる>モンスターを殲滅>カカシを調べる……の無限ループで経験値を稼ぐ技だ。


 モンスターを探すのは時間がかかるので、その辺の無駄をカットできるのが大きいのだ。

 カカシポイントは森の中にいくつかあり、新人たちはカカシを使ってレベルアップに励んでいた。


 ゲーム雑誌に載ったインタビュー記事によると、もともとはバグだったらしい。開発陣としては修正しようと思ったらしいが、影響が軽微なのと、プレイヤーの利便性を考えてそのままとしたのだ。


(……ふぅん、バグ技も通用するのか……?)


 奇妙な違和感をイツキは覚えたが、あまり深く考えている時間はなかった。

 シフが興奮した声で言う。


「本当なの!? じゃあ、カカシを叩きにいこうよ!」


「叩くじゃなくて、優しく調べてあげてくださいね?」


 カカシを調べてから戻ってみると、またしてもゴブリンがいる。

 ウォルたちは手早く撃滅した。


「いいねー、強くなっているって感じがするぞ!」


 機嫌よくウォルが剣を振っている。


「モンスターを探さなくていいのがいいな!」


「喜んでもらえてよかったです。ぜひ今後の鍛錬にご活用ください」


「ところで――」


 そこでマリスが割って入った。


「イツキはどうして、こんなことを知っているの? それに初めて来た場所なんだよね? どうしてカカシのこと知ってるの?」


「……ん?」


 鋭い質問だった。

 イツキは内心で焦った。カカシが見たかったこと、裏技を検証したかったこと、教えたかったこと――そんな気持ちだけで突っ走ってしまった。


(確かにおかしいな、これ!?)


 後悔先に立たず。


「え、ええと、その……ここにくる前の街でそんな噂を聞きまして……」


 怪しげな口調で、怪しげな言い訳を並べる。

 通用しないかな、と思ったが、マリスは納得した表情を浮かべて、


「なんだーそうなんだー」


 と朗らかな口調で言った。

 ごまかせた。


(よくごまかせたなあ……)


 ウォルが口を開く。


「ま、ありがとよ、イツキ! これで俺ら、もっと強くなれるよ!」


「いえいえ。こちらも嬉しいです」


 四人は、再び長月石探索に戻った。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 夕方ごろ、イツキたちは目的の場所にたどり着いた。


「ここです」


 地面から人の身長くらい大きい岩が突き出ていた。ゲームでも見たものだ。この岩の周辺を調べて回ると長月石が手に入る。

 ウォルが周りを見回す。


「あちこち石が転がってるな。これが?」


「ほとんどは普通の石だと思いますよ」


 月光を浴び続けて長月石になるのなら、すべての石はそうなっている。石は石でも選ばれた石でなければならないのだ。

 ゲームの知識が役に立つのなら、これ! とピンポイントで石を拾うのだが、今回は役に立たない。

 なぜなら、長月石はランダムポップなのだ。

 いつも同じ場所にあるとは限らない。


「じゃあ、探すか! 目印は?」


「ええと……まだ探せないんですよ。目印は、月の明かりの下でほんのり輝いています。なので、夜にならないとダメですね」


 そんなわけで、近くにキャンプを張り、夜になるのを待った。


 そして、夜。

 月明かりが落ちる森を、トーチ・スティックの人工的な灯りが照らしている。


 トーチ・スティックとは、言ってみれば、アーティストのライブなどでファンが振っているペンライトと同じものだ。折り曲げることで灯りがつく。


 持ち手の端についているフックでベルトに取り付けるのが一般的だが、今回は特に危険もないので、4人とも手に持っている。


「よぉし、今度こそ探すか!」


 ウォルが両腕をぐるぐる回して気合いを入れる。目を細めてぐるりと見渡した。


「だけどさ、光っている石なんて見当たらないぞ?」


「そんなに強くはないので、かなり顔を近づけてみないとわからないです」


 実際、ゲームでも『調べる』をして初めて『顔を近づけると、ぼんやりとした光を宿した石が見つかった』というメッセージが出て、アイテムゲットになるのだ。


「わかった。4人4方で探すか。モンスターが出てきたら助けを求めつつ、この岩まで戻ってくること。無理はするんじゃないぞ? そうなったら他のメンバーもここに集合な?」


 地面に埋まった人の身長ほどもある岩をぺしぺしと叩きながらウォルが言う。

 その岩を中心に、イツキたちは東西南北に散った。


「さて、どこにあるのでしょうかね」


 石を見つけるたびにイツキはかがみ込んで光っていないか確認する。トーチ・スティックは明かりが邪魔なので、その度に背中に隠しながら。


(……ううむ、地味だ。そして、見つからない……)


 そうやって、しばらく探していると――


「あっ!」


 イツキの眼前に、薄ぼんやりと輝く石があった。長月石だ。

 インベントリに石を回収する。


(終わったことをみんなに教えないとな)


 大声でそのことを教えようとすると――

「長月石が――」


「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 イツキの叫び声を獣の咆哮がかき消した。


「――!」


 どうやらモンスターが出たらしい。方角からしてシフが向かった場所だ。

 何かが揉み合う音、走る音――いろいろな音が交錯する。


「モンスターだ! 今から連れていく!」


 シフの鋭い声がした。

 声の背後に獣の咆哮が混じる。


「戻るぞ!」


 ウォルの声がした。

 イツキもまた走り出す。シフは斥候なので身軽だ。本人のセンスもいいので逃げるだけなら大丈夫だろう。


(……間に合ってくれ!)


 岩のある集合地点では、シフと赤色の熊が戦っていた。

 フレイム・ベア。

 別に火を使うような攻撃はしてこないのだが、炎のような形のトサカが特徴的だ。

 間髪入れず――


「うおおおおおおお!」


「エネルギーボルト!」


 雄叫びを上げながらウォルが切り掛かり、マリスが魔法を発動する。


「もう安心だ。行くぞ、シフ!」


「あいよ!」


 3人が攻勢に転じる。

 だが――


(まずいな……)


 イツキの戦力分析だと3人はフレイム・ベアに勝てない。シャイニング・デスティニー・オンラインの世界だとフレイム・ベアは雑魚だが、この周辺に限定すれば強敵になる。ゴブリンとの戦いで見せた3人の立ち回りを考えるとかなり危険な相手だ。

 事実、3人は戦線を維持するのがやっとだ。


「くそっ、強ぇ!」


 ウォルが吐き捨てる。


(こっちで倒すか?)


 イツキであれば、ワンパンで片付けることができる。

 そうするべきだろう。

 しかし、イツキは別のことを考えた。効率プレイを突き詰めたゲーマーとしての発想だ。


(経験値的には、3人で倒したほうがうまいんだよな)


 戦闘に参画したプレイヤー全員に対して、貢献度(与ダメージなど)の割合を分割した経験値が加算される。

 イツキが加われば、ほとんどの経験値をイツキが奪ってしまうだろう。

 相対的に強い敵ほど経験値の実入りは大きい。可能であれば、フレイム・ベアの経験値を3人に取らせてやりたかった。


(……それに、勝つ方法ならある)


 ゲームの知識を駆使すれば。

 それを試しても勝てないのなら、イツキが出るでいいだろう。

 イツキは声を張り上げた。


「聞いてください! ウォルは防御専任で足止め、シフは後ろに下がって弓、マリスはフレイム・ベアのトサカ目掛けてウォーターブラストを撃ってください!」 

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