第12話 ゲームの知識で強敵を倒す

 イツキの指示に対して、ウォルたちは疑問を挟まなかった。

 言葉のとおりに陣形を組み直す。

 シフはあっという間にイツキの横まで下がった。手薄になったぶんを、ウォルが泣き言も言わずに支え続ける。

 そして――


「ウォーターブラスト!」


 マリスの放った水の弾丸がフレイム・ベアに命中する。だが、なかなかトサカへの命中は難しい。

 インベントリから弓と矢を取り出したシフをイツキが静止する。


「ちょっと待ってください。わたしを踏み台にしていいですから、岩の上に。合図があるまで待機で」


 イツキは両手を岩につけて腰を下げる。


「背中借りるね」


 シフはそう言うと、軽い足取りで岩へと登っていく。

 ちょうどそのとき、マリスのウォーターブラストがトサカに命中した。


「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 フレイム・ベアが怒りの咆哮をあげる。


(……かかった!)


 イツキの読み通りだった。

 フレイム・ベアはトサカに水系の魔術を打ち込むと怒りモードになって、冷静さを失う習性がある。

 過激さの増した攻撃を、ウォルがなんとか捌いている。

 ――時間はあまり残されていない!

「マリスさん、止めてください。シフさん、今です!」


 イツキの号令とともに、シフの矢が放たれた。

 それはフレイム・ベアの絨毛と分厚い皮膚に阻まれて、あまりダメージにはなっていないようだった。

 問題はなかった。

 なぜなら、これは嫌がらせだからだ。


「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 ちくちくと飛んでくる矢に我慢できなくなったフレイム・ベアがウォルを無視した。

 四足になり、岩の上に立つシフ目掛けて駆け出してくる。


「シフさん、ギリギリまで引きつけて、こちらに飛び降りてください!」


 こちら――イツキのいる側で、ベアとは逆側。

「あいよ!」


 やがて、シフが飛び降りた直後、ごおん! と空気の震えるような音がした。


「おお!?」


「ええ!?」


 ウォルとマリスが驚きの声をあげる。

 イツキがシフとともに岩の向こう側を見にいくと、気を失ったフレイム・ベアが伸びて倒れていた。


「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」


 イツキを除く3人一斉に喜びの声をあげる。


「おいおい、俺たちフレイム・ベアを倒しちゃったのか!?」


 興奮するウォルにイツキは冷静に指摘した。


「……まだですね。気絶しているだけなので、目を覚ます前に倒してください」


 ウォルがフレイム・ベアの胸に立ち、全体重をかけて剣を突き刺す。

 びくりとフレイム・ベアの身体が動いて――

 それだけだった。


「ふう……」


 フレイム・ベアから飛び降りたウォルが大きく息を吐く。


「気のせいかもしれないけど、なんか強くなった気がするぞ!」


「わたしもわたしも!」


「やってやったもんねー」


 あながち気のせいではない、とイツキは思っていた。レベルアップ現象なのか――あるいは大量の経験値が一気に入ったからなのかは不明だが、強くなったのは間違いない。

(……なるほど。やはり強敵を倒したほうが効率はいいんだな……)


 どうやら予測は正しかったようだ。

 ウォルが話しかけてきた。


「だけどさ、イツキすごいな。急に指示出してさ。お前のおかげだよ、ありがとな」


「どういたしまして。たまたま、その、フレイム・ベアの習性を知っていたので、うまく興奮して岩にぶつけられないかな、と思いまして……」


「いやー、たいした軍師だ!」


「ありがとう。死ぬかと思ったよ」


「イツキ、すごいよ!」


 ウォル、シフ、マリスの3人が次々とイツキを褒め称えてくれる。


(うはー、むっちゃ気持ちいい……)


 イツキの承認欲求がギュンギュンと満たされていく。

 それを感じながら、イツキはこんなことを考えいた。


(ゲームの知識は役に立つけど、ギャップは埋めないといけないんだな……)


 確かに水魔法でフレイム・ベアは興奮する。

 だが、ゲーム的な処理だと『攻撃力の上昇』や『攻撃対象のランダム化』を誘発するため、プレイヤー間のマナーだと水魔法は厳禁になっていたりする。


 だが、今回はあえてそれを使った。


 興奮したフレイム・ベアを岩に誘導する作戦を実行するためだ。ゲームだと障害物でしかない岩に攻撃判定はないので、こんな作戦は使えない。

 つまり、本当の世界だからこそ実行できた芸当。

 ふふっとイツキは内心で笑う。


(面白いな。ゲームだけど、ゲームじゃない。それをどう利用して、実世界に当てはめるか。これは攻略しがいがある!)


 また新たなる可能性を見出した気がした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 長月石が手に入ったので、イツキは男爵家の剣を修復した。


「よし」


 イツキの手には作成されたばかりのような、美しい剣があった。もちろん、元は少年が修復のために持ち込んだボロボロの剣だ。

 横で眺めているリクが感嘆の声を漏らす。


「うーん、すごいね。まさかここまで磨き上げてしまうなんて。新品と同様でしょ?」


「あはは、そうかもですね」


 なんて適当に相槌を打ったが、実は新品同様ではなかった。


(攻撃力が増えてしまっている!)


 うっかり磨き上げすぎてパワーアップしてしまった。

 いくらレベル999でも修繕は元に戻すのがせいぜいなのだが、凄まじい量のオーバーホールだったので、なんだか限界突破してしまった。

 やがて、依頼主である少年がやってきた。


「いらっしゃいませ」


 イツキが応対する。

 少年の隣にはイツキと同じくらいの、少年によく似た背の高い男性が立っていた。


「こいつの兄です。弟が無理なお願いをして申し訳ありません。まったく勝手なことを――!」


「いって!?」


 兄が少年の頭にゲンコツを落とした。


「ですが、本当に可能なのでしょうか? あの剣はもう死んだものだと……」


「瀕死ではありましたけど、死んではいません。どうぞ、今の姿をお確かめください」


 イツキが鞘に収められた剣を差し出す。

 神妙な顔で受け取った兄が剣を引き抜き――


「お、おお、おおおおおおお!」


 そこに現れた美しい剣を見て、歓喜の声を上げた。


「本当に、これはあの剣なのですか!? あんなに錆びてボロボロだったものが!?」



「はい」


 兄も弟も、魅入られたように、生まれ変わった剣を見た。ぽかんと開いた口元から、剣しか見えていない瞳から、喜びが伝わってくる。


(……やってよかったな)


 自分の力が、誰かの役に立つ。自分の力が、誰かの喜びになる。

 これほど嬉しいことはない。

 それに、どうしてもこのクエストは片付けたかった。

 シャイニング・デスティニー・オンラインにおいて、このクエストには後日談がある。クエストをクリアしていないと、この兄は任地で名誉の戦死を遂げてしまうのだ。

 身を守る武器が貧弱だったため、危機を乗り越えられなかった設定なのだ。

 ゲームの中なら、しょせんメインストーリーにも絡まないモブキャラクターの死だが、この世界は違う。

 彼は確かに生きていて、弟の憧れの存在なのだ。

 人が死ぬ――

 そんな可能性をイツキは無視できなかった。


(弟君が悲しむ結果にならなくてよかった)


 兄が剣をしまった。


「ありがとうございます。大切に使わせていただきます。ところでお代は――」


「そこにある通りで構いませんよ」


 イツキはメニューの看板にある『指名:イツキ』を指差した。

 兄が首を振る。


「そ、そんな!? これだけの修復がそれくらいで収まるとは思えません! 男爵家として不義理はできない。弟が無理を言ったかもしれませんが、実費をお伝えください!」



「そうですね。……でも、実際に持ち出しはないんですよね。なので、その指名料で構いませんよ」


「うーん」


 腑に落ちない様子の兄に、横で見ていたリクが話しかける。


「……そいつはね、底抜けの技術を持つ、底抜けのお人好しなんだよ。今回は運が良かったと思って黙って受け取っておきなよ。ただ、あくまでも1回だけの特別サービスだから。他の修繕士に同じことを求めないで欲しい」


「はい。あと、今回の件はおしゃべりしないでくださいね?」


 イツキが口元に人差し指を当てて、にこりと微笑む。

 兄が表情を柔らかくして、小さくうなずいた。


「わかりました。感謝いたします。ただ、受けたご恩は決して忘れません。もし、何かお困りがありましたら、リエン男爵家をお訪ねください。小さな家ですが、できる限りのことはさせていただきます」


 深く礼をすると、兄は弟を引き連れて店を出ていった。



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