第7話 レベル999生産職の休日

 そんなわけでイツキは服屋に連行され、シフやマリフの着せ替え人形になった。


「じゃ、今日はこれで」


 シフが満足げに言う。マリスがうんうんと頷いた。

 そこにはゲームのキャラっぽい感じの、華やかな服を着たイツキが立っていた。


(……おお! 主要キャラっぽい服装だ!)


 変な部分で感動してしまう。

 そして、鏡の向こう側に立っている自分の姿を見て惚れ惚れとする。


(確かに、むっちゃ美人だな、俺)


 別に顔は変わっていないが、着ているものが変わっただけで印象が変わる。以前の2割増しで輝いている感じだ。

 前世のイツキは性能厨だったので、外見はどうでもよかった。今なら外見にこだわっていた廃ゲーマー仲間の気持ちが少しばかりわかる。


(こっちでは性能にこだわる必要もないだろう。もう少し、ゆっくりと色々なものを楽しむのもいいか)


 とはいえ、現時点でイツキの服装センスは死んでいる。よって、イツキは着せ替え人形のときに試された残りの服もまるまる購入することにした。


 受け取った大量の服をインベントリに放り込む。


 ちなみに、インベントリとはシャイニング・デスティニー・オンラインで全プレイヤがメニューからアクセスできるアイテム欄のことだ。

 こちらの世界の住人であるシフたちもインベントリを持っているので、イツキのそんな行動にも驚きはなかった。

 店から出て、街を歩きながらイツキはふとシフに尋ねた。


「ところで不思議なんですけど、皆さん、財布を持ち歩いていますよね。どうしてですか?」


「どういう意味?」


「インベントリに入れておけば安心ですよね?」


「ええ? インベントリから出すのに時間がかかるだろ? さっと使いたいものは手持ちだよ。絶対になくしたくないときはそうでもないけど」


「そうなんですね」


 と答えつつ、イツキの頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。なぜなら、別にインベントリから出現させるのに時間はかからないから。


(……はて?)


 そんな話をしていると、第一目的地にたどり着いた。


「ここがグリアードの戦勝広場だよ」


「おお!」


 そこはイツキがリクエストした場所だった。

 リッキー・リペアショップ同様、ゲームの世界で見た風景が広がっている。セルリアンの中央にある大きな広場で、グリアード将軍が戦勝を高らかに宣言した歴史的な名所である。

 セルリアン住民にとっての憩いの場という設定は本当のようで、あちこちで街の人たちがのんびりと過ごしていた。

 有名なランドマークは――


「……大きいですね」


 広場の中央に立つグリアード像だ。鎧に身を包んだ壮年の男が剣を突き上げて雄叫びを上げている。


(……ポーズも完璧だな。シャイニング・デスティニー・オンラインと完全に一致だ)


 シャイニング・デスティニー・オンラインのプレイヤにとって、セルリアンといえば、グリアード像。


『グリアード閣下が見ているぞ!(グリアードのAA)』はネットの掲示板でかなり流行っていた。

 それを見られただけで、イツキは感無量だった。


(……ああ、俺はゲームの世界に生きている……)


 思わず、両手をパンパンと打ち合わせて頭を下げてしまう。

 マリスが首を傾げた。


「……? その仕草はなんなの、イツキ?」


「い、いえ、故郷の風習でして……」


 どうしてもにじみ出てしまう前世仕草。うまく隠さないとなあ、とイツキは思った。


「そういや、あれがセルリアン名物なんだ。食べたことないだろ?」


 そう言って、シフが指差した先には屋台があった。

 支払いを終えた客が買ったものを手に屋台から離れる。彼の手にあるものを見た瞬間、イツキは目を丸くして思わず言葉を漏らした。


「……謎食べ物!?」


 そう、それは謎食べ物としか表現できないものだった。ハンバーガーでお馴染みの包紙から、突起の生えた青くてブヨブヨした変な感じのものが覗いている。


 イツキはそれを知っていた。

 というか、全シャイニング・デスティニー・オンラインプレイヤーは知っている。


 この戦勝広場にいるNPCが持っているのだ。


 話しかけると「ん? セルリアン名物が羨ましいか? うまいんだぜ! 自分で買って食いな!」と言っているが、問題はゲームだと購入できるルートがないのだ。


 結局、手に入らないアイテムなわけだが、そのグロテスクな外見から話題になり、「あれはいったい、なんなんだ?」と議論が巻き起こった。


 その解けなかった謎の答えが目の前にある!

 シフが眉にシワを寄せた。


「謎食べ物……?」


「あわわわわわ」


 減点2つ目だ。ついつい前世仕草が出てしまう。


「ええと、その、食べている人を見て、あれなんだ!? と思っていまして……」


「ああ、なるほどね。確かにここ以外じゃ食べないからな。気持ちはわかる」


「おいしいんですか、あれ?」


「おいしいおいしい! あれを食べなきゃセルリアンに来た意味がないよ!」


 シフはイツキを急き立ててから、注文を出した。


「レイチャーチョップ3つ」


 そして、青くてブヨブヨした謎食べ物――レイチャーチョップを手に入れる。

 イツキの目の前で、レイチャーチョップがブヨブヨと震えていた。


(え、え、えええええ……)


 正直、食べたいものではない。見るからにグロテスクだ。

 そんなイツキの横でシフとマリスがレイチャーチョップをほおばっていた。


「うひゃー、うまい!」


「うんうん。セルリアンって感じだねー」


 二人の様子は演技ではないようだ。心の底から、レイチャーチョップを堪能している。

 イツキは覚悟を決めてレイチャーチョップに噛み付いた。


(……う、うまい!)


 美味しかった。ぶるんとした歯応えは心地よく、噛み切ると甘辛い汁が口内にじわりと広がる。初めての味わいにイツキは衝撃を受けた。


「どうだ? 美味しいって顔してるけど?」


「おいひいでふ」


 パクパクと食べながらイツキは応じる。

 食べ終わった後、シフに尋ねた。


「レイチャーチョップって具材はなんなんですか?」


「レイチャーはな、セルリアンの近所に住んでいるガチョウだよ。そいつの胃袋だな」


 レイチャーならイツキも知っている。

 ゴブリンより少し強いくらいのモンスターだ。倒すとたまに『レイチャーの胃袋』を落とすのだが、どうやらそれが使われていたようだ。


(まさか、全プレイヤーが首を捻っていた謎を解き明かしてしまうなんて!)


 そのおかしさにイツキは内心で笑った。

 なんてもったいないんだ! この情報を地球に届けて、同志たちに教えて回りたいのに!


(こうやって、ゲーム内だけではわからなかった謎が解けるわけだ)


 その事実がイツキにはおかしくてたまらなかった。

 誰よりもシャイニング・デスティニー・オンラインを知り尽くしてやる!

 そんな目標が芽生えて、イツキは楽しい気持ちになった。


「じゃ、次の場所に行こうか?」


 先導するマリスに連れられて、イツキはセルリアンを巡った。

 見たことのある風景を堪能できるだけで、廃ゲーマーとしては嬉しくてたまらない。

 そうやって歩くだけ、あっという間に夕暮れになってしまった。

 まだまだセルリアンで巡っていない場所はたくさんある。ゲームだと数分でウロウロと歩き回れるセルリアンも、現実の街となるとそうはいかない。

 だが、その広さが、ままならない感じがイツキには楽しかった。


 ゲームじゃない、本当の世界だと感じられて。


「あちこちで買い食いしながら歩いたし、腹もけっこう膨れたなー」


 シフが腹を撫でながら言う。


「そうですね」


 夕食は必要ないだろう。ここで解散の流れかな、とイツキは思っていたら、マリスがこんなことを言い出した。


「次で最後だねー。疲れたでしょ? ちょうどいいところがあるんだ」 


「そうだったっけ? どこ?」


「フィルス大浴場だよ!」


「ああ、あそこか! 確かに今からなら最高だ!」


 と、二人で何やら盛り上がっている。

 ゲームでは見たことがない名前なので、こちらの世界だと有名な場所なのだろう。


(……まあ、風呂屋ってことだよな……)


 ちょうどいいとイツキも思った。ずっと歩き回っていたので足に疲れが溜まっている。

 ひと風呂浴びるのは賛成だ。


「いいですね、行きましょう」


 今日を心地よく締めくくるため、3人は歩き出した。





 

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