第6話 強者の小指が世界を揺らす

 イツキがリッキーリペアショップで働き始めて一週間が過ぎた。


「マジで神業だねえ……」


 次々と装備を修繕していくイツキの手並みに、リクが感嘆の声を漏らす。ずっと専門でやっているリクの3倍の速度なのだから当然だろう。

 もちろん、スピードだけではない。

 品質もだ。

 イツキが修繕する装備はすべてパーフェクトリペアとなっていた。


「できました。おかわりは?」


「ない。注文待ちかな」


 はははは、とリクが笑う。


「盗み取るつもりだったけど、無理だね。なんかもう、次元が違うってことしかわからない」


「ありがとうございます」


「その若さで、どうやって訓練したの?」


「うーん」


 イツキが曖昧にほほ笑むと、リクが手を振った。


「ごめん、忘れて。無遠慮なこと聞いちゃったね」


 そのとき、カウンターからベルの音が聞こえてきた。リクが「はいはい」と応じて出ていく。

 イツキがどうやって訓練したのか。

 それはただただ単純で膨大な積み重ね。ゲームの知識を駆使して、最高効率でひたすら鍛錬し続けたからだ。


(ゲームの世界だから、寝る必要はないし疲れもない。時間さえあれば無限に続けることができる。こっちの世界の住人からしたら反則だよな)


 カウンターに立つリクが声を張り上げた。


「イツキ! 14番の剣を持ってきて!」


「はーい」


 言われた通りに持ってくると、若い戦士がカウンターの向こう側にいた。


「おお!? なんかむっちゃかわいい子を雇ったな!?」


「うるさい、そんな目で見るな。この子が穢れるだろう」


 そんな目――そんな目だった。

 美しい女に見惚れる男の顔だ。


「たははは……」


 対応に困ったので、イツキは愛想笑いでごまかした。

 その後、リクが告げた値段を払って男は出ていった。


「正規料金じゃありませんね?」


 イツキは看板にある値段を指差して尋ねた。リクが男に告げた値段は確かにそれよりも大きかった。


「……パーフェクトリペアの追加料金だね。発生したら、基本的に追加でもらうんだ。値段は釣り上がるけど、トータルで見ると割安だから、何も言わずに払ってくれる」


「とはいえ、わたしが修繕すると基本的にパーフェクトリペアですよね? 特に普通のことで追加料金を取るのは、なんだか悪いですね」


「先に言っておくけど、追加分はあんたの技術料として賃金に上乗せするからね」


 そう断ってから、リクは続けた。


「気持ちはわかるけどさ、あんたを基準には料金設定できないんだよ。そんなことしたら、周りの修繕屋が潰れてしまう。みんな、うちに持ってくるからね。それに、うちだって困る。あんたがいなくなったら、クレームの嵐になっちゃうからさ」


 リクがイツキの肩をポンと叩いた。


「技術の安売りはダメ。あんたが簡単にできることでも、他人には難しいものもある。そういう話さ」


 イツキは女神が言っていた言葉を思い出す。

 ――あなたの力はそちらの世界における圧倒的な規格外です。その力をどう振るうか常に考えてください。

 今日の話はそういうことだろう。

 イツキに合わせれば、セルリアンにおける修繕業の経済圏が崩壊してしまうわけだ。

 どう世界と関わっていくか、常に意識しないといけない。

 きっとそれが、この世界で生きていく、ということなのだろう。


(なかなか難しいなあ……)


 そんなことを考えていると、ドアが開いて新しい客が現れた。


「お、イツキ。働いてるなー」


「頑張ってるね!」


 斥候のシフと魔法使いのマリスだ。

 客ではないことをイツキは知っている。なぜなら、ここで待ち合わせしていたからだ。

 今日は2人に案内してもらって、セルリアンの街を散策する予定だ。

 ちなみに、女性3人になったのは意識的にウォルを排除したわけではなく、単に都合が合わなかっただけだ。


「もう上がってもいいですか?」


 イツキの問いにリクが肩をすくめる。


「もう直すもんがないからね」


「行きましょうか」


 そこでシフが微妙な表情を作った。


「……ところでさ、その服以外はないの?」


「持ってませんね?」


 イツキが着ていた服はこの地に降り立ったときに着ていた服だった。


 ちなみに、シャイニング・デスティニー・オンラインで女性キャラクターを作成したときに着ている初期服だ。


 地味な色合いのシャツに、地味な色合いの上着を羽織り、地味な色合いのロングスカートを履いている。


 ゲームの世界では洗濯不要なのだが、こちらの世界ではそうもいかないので、女神が気を利かせてくれたのか、インベントリに初期装備セットがもう一着あった。


 前世では服に興味がない単なるゲーム廃人だったので、そのまま買い増すことなく着ていたが。


「そんなに変ですか?」


「「「変! もったいない!」」」


 イツキを取り巻く3方から同時に否定の言葉が飛んできた。


「なんで中身が最高なのに、そんな美人なのに、おばちゃんみたいな服着てるの!?」


「それでも美人オーラに翳りがないのはすごいんだけど! これがスペックの差!?」


 シフとマリスが勢いよくまくし立てる。

 イツキはそこで理解した。

 女性陣によると、この服は『ない』らしい。

 リクが口を開く。


「お前ら、一緒に出かけるんだろ? ならさ、こいつのファッションをどうにかしてやってくれ」


「了解! マリス、今日のお出かけルートに服飾店を追加で!」


「わかった。ルート的には問題ないから!」


「え、え、え、え、え」


 すごい勢いで、イツキの服を買う予定が加わった。


「い、いや、別にいらないんだけど――」


「「ダメ! 美人がもったいない!」」


 そんなことを言われて、イツキの反論はあえなく粉砕された。


(……おいおい、俺が着飾るの? ゲーム以外に興味がなかった廃人の俺が?)


 なんだかこそばゆい感覚だった。

 イツキの中で、外見は『類まれなる美少女』ではなく『ゲーム廃人の冴えない男』のままなのだ。着飾ると言われても違和感しかない。


(ええ、いいのか!? いいいのか!?)


 シフたちに手を引かれて店の外へと連れ出される。

 セルリアン観光が始まった。


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