第33話 パトロン探し:エタンロイ子爵家

 それから、イツキはノルの設計書検証に付き合うことになった。いろいろな技術的な質問に答えていく。

 そんなやりとりを見ていたチップが口を開いた。


「ノル、どんな感じなんだい?」


「ええと、その――す、すごいよ、姉さん! 設計書もそうなんだけど、イツキさんがすごすぎる! 技術力がなんだか高すぎて!」


「むぅ……」


 口をへの字に曲げて、チップがイツキを見た。


「あんた、いったい何者なんだい?」


「あは、あはははは……その、たまたま詳しいところでして……」


 イツキは苦しい言い訳を口にした。


 誰かにもらった設計書――という言い訳でもよかったが、それをすると、イツキが船の作成時に主導権を握れない。

 イツキは船の製作にも関わるつもりだ。

 ゲームだとパーツを渡せば完璧な船ができていたが、現実の世界だとどうなるかわからない。大勢の船員たちの命を預かる大型船だ。イツキが責任を持って作るべきだろう。

 一週間後、ノルは結論を出した。


「この設計書……私の技術を超えているから絶対は保証できないけど――信じていいんじゃないかな。外洋航に対応できる性能はあると思う……」


「わかった」


 気弱なノルの頼りない報告だったが、チップはあっさりと信じた。

 きっと、これがこの姉妹たちの信頼の仕方なのだろう。


 その日は、ジンクスも造船所にやってきていた。同じテーブルを囲むジンクスにチップが視線を向ける。


「……うちの妹のお墨付きだ。あと、イツキの腕は私が保証する。これくらいしてもおかしくはないよ」


 そして、こう続けた。


「で、やるのかやらないのか?」


「当然やる!」


「そうかい。構わないけど、金はどうするんだ?」


「……それなー……」


 さっきの鼻息の荒さはどこへ行ったのか、脱力した様子でジンクスがヘナヘナとテーブルに突っ伏した。


「やっぱりさ、俺の親父の金に期待する?」


「ていうか、それしかないだろ。いやいや! そもそも! 期待してるのは私じゃなくて、あんただろ! あんたの船なんだから!」


「ま、まあ、そうなんだけどなあ……」


 はあ、とジンクスがため息をこぼす。


「親父に頼んでも――」


「そこをどうにかするのが、あんただろ!?」


「だよなぁ……」


 ジンクスは年貢の納め時のような顔をしたが、最後に悪あがきをした。


「すまん! 情けない話だけど、ついてきてくれ!」


「えええ……」


「仲間からのパワーでさ! 倒れそうな俺を支えてくれ! で、数の力でさ! 親父を論破してやろうぜ!」


 チップは嫌だと抵抗したが、結局、ジンクスの執念に押し負けた。


「いるだけだよ。話すのはあんた。わかった?」


「わかったわかった」


 おまけにイツキまで参加することになった。技術的なことに答える人がいるという口実でだ。


(うーむ……巻き込まれてしまったなあ……)


 そんなわけで、留守番のノルを残して、翌日3人はエタンロイ子爵邸に向かった。

 屋敷に入ると、執事長が深々と頭を下げた。


「おかえりなさいませ、ジンクス様」


「出迎えご苦労。父は執務室か?」


「はい」


「ありがとう」


 屋敷を奥へと進んでいくジンクス。すれ違うメイドたちが道を譲り、頭を下げていく。

 屋敷に入ってから、ジンクスは様子が変わっていた。姿勢はきっちりとしていて、歩き方がどうに入っている。実に貴族らしい雰囲気だった。

 着ている服も、いつもの海の男仕様ではなく、カチッとした貴族らしい服だ。

 人の目がなくなったタイミングでチップが軽口を叩く。


「ふぅん、海バカの放蕩息子でも、やっぱり貴族様なんだね」


「場所くらいはわきまえるさ。それなりのしつけは受けているよ」


 応じた後、一瞬にしてジンクスが表情を引き締める。目の前のドアをじっと見つめた後、大きく深呼吸してからノックする。


「私です、ジンクスです。お時間をいただけますでしょうか?」


『入れ』


 そこはエタンロイ子爵の執務室だった。何か書き物をしていた手を止めて、子爵が顔を上げる。


「帰宅してもう1週間ほど経つと思うが、今さら執務中に帰還の報告か?」


 なかなかの先制パンチだった。

 イツキの隣でチップが片頬をひくひくさせている。考えていることはイツキにもわかった。

 なんの根回しもない。どころか、マイナスだ。キーパーソンのご機嫌はナナメで敗色濃厚!

 設計書の話はあったんだから、最低限の挨拶くらいしておけ!


(……だよなー)


 イツキもガッカリときたが、これはきっとジンクスの無能を示すものではない。

 それができないほどに、親子の関係がこじれているのだ。

 ジンクスは父親の先制攻撃にも動じない。


「報告が遅れたこと、謝罪いたします。ジンクス、戻りました」


 堂々と応じてから、こう続けた。


「実はご相談したい内容がありまして、それがまとまるまで待っておりました」


「ほう、相談?」


 子爵の鋭い視線が、ジンクスの背後に立つイツキとチップに向けられる。


「それは、そこの二人と関係あるのか?」


「はい」


「ん? チップに、ノル……? いや、違うな。その娘は誰だ?」


「イツキと申します。チップさんの造船所で働いております。子爵様、お見知りおきを」


 イツキにうなずいて返した後、子爵がジンクスに目を向ける。


「……それで用件は?」


「これを見てください」


 ジンクスは大きな紙を執務机の上に広げた。


「これは外洋の航海に耐えられる大型帆船の設計図です」


「外洋の航海、だと……?」


「はい。大海原を抜けて、東の大陸にたどり着くことができます」


 子爵の目がじっと設計図を凝視した。

 ジンクスがすかさず畳み掛ける。


「今まで、北方回廊を除いて、東の大陸にたどり着く方法はありませんでした。ですが、この航路を確立できれば、話は違います。我々は新たなる選択肢を手に入れることができるのです」


 設計図から目を上げた後、子爵が言葉を返す。


「歴史に新たなる1ページを足すことができる、か。だが、何事もに予算が必要だな。特に、これほどの規模ならば。それで、どこから金を用立てるつもりだ?」


「そこが、相談したいことなのです」


 たっぷりの含みを持たせてから、ジンクスが続けた。


「援助していただけないでしょうか?」


「ふむ」


 子爵の顔に意外さはなかった。当然、話の展開は読めていた。

 構わずジンクスが畳み掛ける。


「この街は海とともにあり、海とともに発展してきました。この地に新しい航路を作り出すことは、我々にとって誇らしい事業だと思うのです」


 じっと絡み合う子爵とジンクスの視線。

 口火を切ったのは子爵だった。


「どうかな。ただ単にお前が、海を超えてみたいだけだろう?」


「――!?」


 即座にジンクスは言い返すことができなかった。

 なぜなら、それは正しい指摘だから。歴史的な意義を口にしてみたが、本当のところは、ただのエゴでしかない。

 子爵は設計図をジンクスに突き返した。


「そんなことのために、大金を使うなど馬鹿げたことだ。この地の財政を預かる身として、お前の冒険ロマンに付き合うつもりはない」


「父上!」


「話は終わりだ。くだらない夢を見続けるのも大概にしろ。いい加減、エタンロイ子爵家の一員としての自覚を持て。ふらふらした人間の言葉が、私に届くと思うな」


 その言葉には一切の調整を拒む強さがあった。

 交渉は決裂、重い沈黙が部屋に落ちる。

 その間、イツキは自分がどう動くべきか考えていた。イツキはイツキなりに説得するための準備をしていたのだ。

 それなりに理はあると思っている。

 だが――

(……難しいな……)


 それが、流れを見た上での判断だった。

 なぜなら、これは損得の話ではないからだ。決裂した理由は『親子』だからだ。放蕩息子のわがままに金なんか出せるか! いい加減、跡取りとしてまともに生きろ! それが子爵の言葉の要約だ。

 そんな感情を、部外者が簡単に説き伏せることなどできない。


(そもそも正しいのは子爵だしな)


 である以上、イツキに打つ手はない。

 父親からの拒絶を前にして、ジンクスがうなだれる。


「わかりました……」


 設計書を受け取り、トボトボとした足取りで部屋から出て行くジンクス。イツキとチップは後を追った。

 屋敷から離れたところで、静かだったチップが声を上げた。


「あーあ。どうするんだよ、もう。親父さんに嫌われたら打つ手ないだろ」


「こんなことになるんだったら、もっと親父と仲良くしておけばよかったなあ」


 面談用に着替えていたフォーマルな服を着崩しながら、ジンクスがため息をこぼす。

 チップが言葉を返した。


「諦めるしかねぇな。不徳の致すところってやつさ。悔い改めて生きていきな」


「もう少しで夢が叶うところだったってのに」


 そんな二人の会話に、イツキが割り込む。


「まだ諦めるには早いですよ」


「え? どういうことだい?」


「お金を持っているのは、子爵だけではありません。他の人を当たればいいでしょう」


 親子だからこじれるのなら、無関係の第三者を巻き込めばいい。

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