第32話 ガレオン船の設計書
ジンクスが、イツキの存在に気がついた。
「うお!? なんだ、このむっちゃかわいい女の子は!?」
「初めまして。こちらで働かせてもらっているイツキと申します」
「俺はジンクスだ。こちらこそよろしく」
ジンクスが差し出した手をイツキは握り返す。
貴族の手とは思えない、まさに海を生きる男のざらついた手だった。
「ちょいと、うちの新しい子に鼻の下伸ばすのやめな!」
「おいおい、嫉妬するなよ」
「誰が!」
ふん、とチップが両腕を組む。
そんなチップの前に、ジンクスは持っていた菓子箱を差し出した。
「怒るなよ。ほらほら、リアントで買ってきた菓子があるんだ。仕事には休憩もつきものだろ?」
リアント――ここから沿岸沿いを北に進んだ場所にある街だ。それなりに距離があるので、船旅をしていたのは嘘ではないようだ。
4人は商談用のテーブルに座る。
そこで、イツキは気になっていたことをジンクスに尋ねた。
「あの、チップさんたちとはどういうお知り合いなんですか?」
年の感じからすると、チップもジンクスも同い年くらいに見えるので幼馴染でも問題ないが、貴族と平民というのに違和感がある。
「小さい頃からの腐れ縁だよ。子供の頃から海と船が好きだった俺は、この辺によく出入りしていたのさ。ただ、領主の息子である俺を対等に扱ってくれたのは、ここの死んだ親父さんだけでね……それで入り浸るようになったんだ」
懐かしむような様子でジンクスが造船所の中を眺め、肩をすくめた。
「おかげで、チップは俺への敬意を払わない生意気な小娘に成長してしまったけどね」
「ふん、敬意をはらう相手かよ。ていうか、払って欲しいのかい?」
「いやいや、冗談だ。そんなことされると、きっと寂しくなるよ。しおらしくなったチップなんて見たくないからな」
「ふん、そうだろ?」
などと言いつつ、チップは照れた様子で視線を一瞬そらす。
「で、今回はどんなバカ旅をしてきたんだい?」
チップに促されてジンクスの土産話が始まった。
イツキたち3人は菓子をつまみながら話に耳を傾ける。
ジンクスは持っている小型船を操って、沿岸沿いを旅していたらしい。航海は自然との戦い。陸に比べると遥かに大変だが、ジンクスはそんな苦労すらも実に楽しそうな口調で話し続ける。
話が終わったタイミングで、イツキがこう言った。
「本当に、海がお好きなんですね」
「そうだな! 海と結婚したいくらいだ!」
「海のほうは、あんたなんて嫌だろうけどね」
容赦なく切り捨てた後、チップが続ける。
「にしても、あんたも飽きないね。暇さえあれば海を漂っているだろ?」
「ふふふ、海は日によって違う表情を浮かべるのがいいんだよ」
「頭わいてる?」
「……だけど、正直なところ、少し刺激が足りないのも事実だ。どんな謎おおき美女でも、平凡な日常は目を曇らせる」
はあ、とため息をついて、ジンクスは造船所の出入り口に――いや、その先にある海に目を向けた。
「やっぱり、外洋に出てみたいな。東の国を目指してね」
一拍の間を置いてから、ジンクスが続けた。
「俺の、あの船でいけないかな?」
「無理だって言ってるだろ! あんな小型船、死ぬぞ!」
「わかってるわかってる。冗談だよ。海を舐めるつもりはない。ただ、希望を言っただけさ」
ジンクスは穏やかな口調でチップをなだめる。だが、その表情にはいくらかの寂しさもあった。
いい話の流れだと踏んだので、イツキは割り込むことにした。
「大海原を超えて――向こうの大陸に行ってみたいんですか?」
「もちろんだとも!」
ジンクスが語気を強めて言った。
「それこそ船乗りとして、海を愛したものとしての本懐だ!」
「無理だって。海を越える手段がないんだから」
あっさりと否定するチップの言葉を、イツキは否定した。
「適した船がないのなら、作ったらいいんじゃないですか?」
「「「へ?」」」
チップとジンクスとノルの3人が驚きの声を漏らした。その後、チップが反論した。
「それ用の船を作るって……簡単に言うけどさ、うちらの持っている技術でできるのは沿岸を航行するまで。大海原を踏破するにはもっと大きな船が必要だぞ?」
「それを作るのは難しいんですか?」
「……どんな設計になるのか、思いつきもしねえよ。完成図がなけりゃ、職人に作る術はねえんだ」
シャイニング・デスティニー・オンラインを思い出す。
確かに、イベントを遂行するためのアイテムとして『大型帆船の設計書』がある。
それを参考にチップとノルは船を作るので、この結論は正しい。
逆に言えば、その設計書さえあればいい。
で、その設計書だが、ゲームでは王国でも最高の職人たち複数人を集めて作成するのだ。かなり長いクエストになる。
(……王国中を歩き回るからな……ゲームだとそんなに時間はかからないけど、こっちのリアルタイムだとどれくらいかかるか……)
そんなわけで、イツキはショートカットすると決めていた。
「大型帆船の設計書ならありますよ」
言って、インベントリから用意していた設計書を取り出してテーブルに置いた。
生産職カンストのレシピには、大型帆船の作り方も存在する。
「「「は?」」」
ぽかんと口を開けた、イツキ以外の3人が設計書を眺める。
そして、視線を落とす。
「「「ええええええええええええええええええええ!?」」」
設計書を見て、3人が同時に絶叫した。
チップが噛みつきそうな勢いでイツキに顔を向ける。
「ちょ、ちょっと、冗談だろ、おい!? 本当に大型帆船の設計書!? そんなの、どうやって!?」
「……で、でも……姉さん……これ、結構しっかり書いてある……パッと見た印象だけど、デタラメじゃないと思う……」
この姉妹は、優れた技術でテキパキ作業していく姉と、しっかりとした調査や確認をする妹で作業分担している。そんな妹の判断は、チップの感情を少しだけ沈静させた。
「本物なのか……?」
「はい、もちろんです。ただ、証拠はありませんので、どうぞご自由に検証してください」
この辺はゲームの世界と違って大変だな、とイツキは思った。ゲームの世界なら、アイテムを渡すだけで疑われることなくイベントが進行するのに。
「……どこの誰が書いたものなんだ?」
「私です。昔、ある人に教わりまして」
しれっと嘘をついたイツキをチップが胡散臭そうな表情で見る。
その微妙な空気を壊したのはジンクスだった。
「素晴らしい!」
そんなことはどうでもいい! という様子で喝采する。
「もしもこの設計書が正しければ、東の大陸への航海が可能ってことか?」
「まあ、技術的には、そうだな……」
そう渋りながら、チップが次の言葉を吐き出した。
「だけど、資金の問題もあるぞ。どれくらいの金がかかるのか。用意できるとしたら――」
チップとノルの視線が一方へと向く。せっかくなので、イツキも合わせて視線を向けてみた。
大金持ちの子爵の息子、ジンクスに。
ジンクスは困ったような表情で言葉を吐いた。
「ううん……気持ちはわかるんだけどさ、ほら、俺って親父から嫌われているからなあ……」
だけど、そこをどうにかするしかない。
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