第31話 造船所で働こう!

「うちで働きたい?」


 チップが首を傾げる。


「まあ、仕事はないこともないけどさ――どうして、うちなんだ? もっと大きいところもあるだろ?」


「ええと……」


 前世でやっていたゲームのクエストがそうだったからです! とも言えないので、イツキは別の答えを口にした。


「ここの造船所の腕前がいいと聞きまして!」


「てやんでい! 採用だ、こんちくしょう!」


 むっちゃチョロかった。


(……まあ、職人の殺し文句だよな。腕を誉めるのって)


 だが、チョロくないのもいた。


「だ、ダメだよ、お姉ちゃん……そんな勢いだけで物事を決めちゃあ……」


 背の高い妹のノルが慌てて割り込む。


「ああん? ……そうだな、うっかりしてたわ。すまねえ、取り消しだ! 悪いが、弟子をとる余裕はねえ!」


「私は経験者です。弟子志望ではなく、労働者として雇ってもらえませんか?」


「なんだ、弟子志望じゃないのか!? 早く言いなよ!」


 恐ろしく早合点な姉のチップがそう言う。


「だけどさ、うちは腕前の基準は厳しいぜ。試験を受けてもらうが、大丈夫かい?」


「もちろんです」


「じゃあ、そうだな……そこにある木材を使って、ボート用のオールを作ってくれよ」


「わかりました」


「売り物になるレベルのやつだぞ。終わったら声かけてくれ」


 そう言うと、スタスタとチップは補修していた漁船へと向かっていった。

 妹のノルがぺこぺこと頭を下げる。


「ごごご、ごめんなさい……、私が口を挟んじゃったから……」


「いえいえ、問題ありません。むしろ、認識の齟齬そごが解消できてよかったと思っています」


 そう応じてから、イツキはオールの作成に取り掛かった。


(……課題の点からしても、問題はないな)


 オールの作成など、生産職カンストにしてみれば作業のうちにも入らない。


『作成:ボートのオール』


 あっという間にイツキの手によって、木材はオールへと形を変えた。

 

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通常木材によるボートのオール(最上大業物)

特殊効果:なし

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そこら辺で手に入る木材で作ったオール。

水をひとかきするだけで、ボートがぐんぐん前に進む。

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「できましたよ」


「おお、そうか。でき――はあああああ!?」


 チップが大声を上げた。

 その向こう側でノルも驚きの目を向けている。


「おいおいおい! いくらなんでも速すぎだろ!? 雑に作ったものを客に出すっつーのは――」


「雑ですかね?」


 そう言って、イツキが作ったオールを差し出す。

 それを受け取ったチップがじっと見て――


「はあああああああああん!?」


 再び絶叫する。


「え、え、え、ここ、これ、なんだ、これ!? 私はこれほどすごいのを見たことないんだけど!?」


 興奮する姉の姿を見て、ノルが近づいてきた。そして、イツキの作ったオールを見て、静かに息を呑んでいる。

 イツキが口を開いた。


「どうですか? 合格ですか?」


「そりゃ合格だけどよ……本当にうちなんて零細でいいのか? あんたなら、どこでも働けるだろ?」


「ここで働きたいんです。それではよろしくお願いいたします」


 そんなわけで、イツキは仕事――というか、ここにいるための口実を自力で作り出した。

 それから1ヶ月。イツキは働きつつ情報集めを始めた。

 まずは、現状の船の性能について。

 やはりイツキが浜辺で見た通り、最大でも20メートル級の船が最大のようで、沿岸付近の航海までがやっとのようだ。


(外洋に出る手段は開発されていない――と見て間違いないか)


 続いて、もう一人のキーマン、このリキララの領主エタンロイ子爵の息子について。

 エタンロイ家は子爵という下位の爵位ながら、リゾート地リキララを持っているため、実に金回りがいいらしい。

 だが、長男のジンクスが悩みの種だった。海バカの放蕩息子で、しょっちゅう所有している船でふらふらと旅に出ている。

 ジンクスの父であるエタンロイ子爵はそんな息子をよく思わず、親子の間は、領民すら知っているレベルで悪化しているそうだ。


(ううむ……そんな状態だったのか、ジンクス……)


 イツキはジンクスを知っている。

 大型帆船を作りたいと依頼してくるのが、そのジンクスだからだ。

 ゲーム上では、羽振りのいい貴族家の若者でしかなかったので、その辺の設定はかいま見えなかった。

 だが、それはそれで今の状況と矛盾がある。


(エタンロイ家には資産がある――それはいいけど、ジンクスが自由に使えるように思えないぞ)


 リアルな話として、船を作るには大金がかかる。

 てっきり、実家の援助で船づくりを始めたとイツキは――というか、シャイニング・デスティニー・オンラインの全プレイヤは思っていたのだが。

 それに、シナリオに関しては他にも疑問があった。

 造船所で船の修理をしながら、ちらりとイツキは視線をチップに向ける。


(あのチップにも秘密があるんだよな……)


 実は、船の作成を担ってくれるチップとノルの姉妹だが、イベントが終わると、チップの姿が消えてしまうのだ。

 ここを訪ねてもノルだけ。

 ゲームのキャラにすぎないノルに話しかけても、固定メッセージが返ってくるだけで、チップが消えた理由はどこでも語られなかった。

 ちなみに、開発者インタビューによると――


『チップの行方については設定上はあるんですけど、皆さんのご想像にお任せします(笑)』


 という実に人を食った回答だった。


(もしも、造船のイベントでチップに危険が及ぶのなら、なんとしてでも食い止めないと……)


 それがイツキの調べた限りだった。

 次の指針としては、ジンクスとの接触をはかりたいのだが、どうやらジンクスは船旅に出ていて不在らしい。


(いつ戻ってくるんだろうか)


 そんなことを考えていると――


「おおおおおおおおおおい! チップとノル、戻ってきたぞおおおおお!」


 能天気な若い男の声が建物に響いた。

 半袖のシャツに半ズボンというラフな格好をした、整った顔立ちの男が造船所に入ってくる。

 チップがめんどくさそうな顔をしながらも、応答する。


「うるさいのが来たなあ! こっちは仕事中! さっさと帰りな!」


「おいおい、実家よりも先に、いの一番に顔を見せに来た幼馴染にその言葉はないんじゃないか?」


「実家よりも先なのは、あんたが煙たがられているからだろ、ジンクス?」


「ははは、些細なことは気にするな」


 ノルがそっとイツキの横にやってきて、小声でつぶやいた。


「あの人、ジンクスさん。この街の領主の息子なんだよ」


(二人と、知り合いだったのか)


 それほど不思議でもない。チップは言っていた――「どうして、うちなんだ? もっと大きいところもあるだろ?」と。難度の高い大型船を頼むのなら、大手のほうがいい。

 ジンクスにはそれを曲げるだけの信頼が、彼女たちにあるのだろう。


(ちょうどいい、どういう人なのか話をしよう)


 ゲームでは四捨五入されていた情報。きっとそこに謎を解く鍵がある。

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