第34話 パトロン探し:ライゼン商会
「他を当たるって……誰なんだよ」
チップの質問に、イツキはスラスラと答えた。
「ライゼン商会なんてどうでしょうか?」
チップとジンクスの顔がこわばる。
それもそのはず、ライゼン商会は領主であるエタンロイ子爵家と同じくらい、有名な存在だからだ。
政治を司るのがエタンロイ子爵家であれば、経済の一番手がライゼン商会だ。このリゾート地で多くのビジネスを展開している。イツキが泊まっていたリゾートホテルも、このライゼン商会が経営していたものだ。
エタンロイ子爵の説得が不調に終わった場合、イツキはそこを代わりに考えていた。
だが、ジンクスの表情は渋い。
「ライゼン商会って――金儲けにうるさいところだろう? 親父すら説得できなかった俺にどうこうできる相手じゃないぞ」
「どうでしょうね? とりあえず、会って話をしてみてはどうでしょうか?」
「うーん、だけど、どうやって会えばいいのやら……」
「簡単ですよ。ジンクスさんは領主の息子なわけですから。普通に会いたいと言えば会ってもらえると思えますよ」
「……確かに会えるな……」
「どうせ今のままだと
「言うねえ!」
元気のなかったジンクスが笑う。
「やってやろうじゃねえか!」
「……ったく、単純だねえ……」
その横で、チップが額に手を当てて首を振っている。
そんなわけで、ライゼン商会へのアポイントが決まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2週間後、イツキ、ジンクス、チップの3人は、海水浴場の近くにあるホテル・ライゼンまでやってきた。
ライゼン商会の会長に指定されたのが、このホテルだった。
「また戻ってきてしまいましたね」
「また?」
チップが尋ねてきたので、イツキが答える。
「はい。チップさんのところで働く前は、ここの最上階に泊まっていたんですよ」
「え、ここの最上階?」
割り込んできたのはジンクスだ。
「全部お高い、特別な客しか泊まれないエリアじゃなかったっけ?」
「……そうなんですね。じゃあ、違うフロアだったかもしれません」
しまった、と思いつつ、イツキは適当にすっとぼける。
ジンクスとチップの目に、なんだこいつは的な、妙な輝きが灯った。
これでは、それどころか実は最上級のロイヤルスイートルームに泊まっていたんですよ、と教えたら、とんでもないことになるだろう。
(言えない言えない……)
世の中、言わないほうがいいことはある。
ホテルの中に入り、カウンターに向かう。にこやかな受付嬢に話しかける――前に、受付嬢が口を開いた。
「お客様、いらっしゃいませ」
その目が、イツキを見ていた。
「またお越しいただきありがとうございます。最上階、ロイヤルスイートルームは気に入っていただけましたか?」
(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!)
あっさりバレてしまった。
じー。
ジンクスとチップの視線が痛い。
人違いでは? と言えるはずもない。そもそも、美少女のイツキは目立つので、客商売の人間が見間違えるはずもない。
「そ、そうですね。とても泊まり心地が、よかったです……はい」
じー。
「ただ、今日は人に会うだけの予定で――ジンクスさん?」
さっとジンクスに視線を投げて、イツキは息を潜めることにした。
ジンクスが口を開く。
「今日、こちらのオーナーと会う予定でして。子爵家のジンクスです」
「オーナー……子爵家……」
受付嬢の表情が緊迫感を増す。
「お話は伺っております。ご案内いたします」
受付嬢がカウンターから出て前を歩き始める。やがて、最上階にある一室へと通された。
一般客が入れない場所にある、その部屋は大きさこそなかったが、質の高そうな調度品が並べられていた。『特別な客』をもてなすためだろう。
部屋の中央にはローテーブルを中心に応接セットが置かれていて、スキンヘッドの男が座っていた。年は50くらいで、質が高そうな服を着ている。
男はジンクスの顔を見るなり、静かに立ち上がった。
「ライゼン商会の会長をしているクラインと申します」
「エタンロイ家のジンクスです。お時間を作っていただきありがとうございます」
会談が始まった。
ジンクスは父親にそうしたように、設計図を取り出すと、大型帆船について説明をし始めた。
終わった後、クラインが口を開く。
「……で、その費用の援助を当商会にお願いしたいと?」
「はい、どうでしょうか?」
「……確かに意義としては大きなものがありますが……まだ、公共事業の側面が強いのでは、と感じております。1商会が担うにはリスクが高いかと。お父上のご意見は?」
「あまり肯定的ではありませんでしたね」
「なるほど」
クラインの表情に驚きはない。普通なら、まずは父親に話しているはずだ。そこで断られたから、商会に話を持ち込んだ――
そこまで読み切っている。
「私としてもお父上の判断を支持いたします。政治と経済、両方がぜひ進めたいと足並みを揃える――そんな機運が高まるときを待つべきでしょう。そのときは喜んで協力させていただきます」
ジンクスの提案は否決された。
(だけど、まだ終わりじゃない)
隣で聞いていたイツキは静かに闘志を燃やしていた。
今回の結末は予想できた。そういう意味では、ジンクスは充分に仕事をしてくれた。イツキを、この場まで連れてきてくれたのだから。
残念だが、イツキのツテでは商会の長にダイレクトアタックはできない。
「私からもよろしいでしょうか?」
イツキが発言する。
クラインの目が動き、言葉を促した。
「ありがとうございます……ところで、東の大陸とのまじわりについて伺いたいのですが、今のところ、東の大陸とは北方回廊だけが唯一の接点だと思って大丈夫ですか?」
「よくご存知ですな……その通りです」
実は東の大陸と西の大陸にはつながりがある。北方回廊――名前の通り、大陸と大陸を繋ぐ細い陸路が北側にある。
なので、そこを使えば東の大陸に行くことはできるのだが、
「北方回廊経由で進んでも、その先にあるラルズカン帝国で足止めされると考えて大丈夫ですか?」
「我々が行けるのはそこまでです」
ゲームの設定通りだと、イツキは納得した。
大陸と大陸は繋がっている。だが、自由な往来はない。なぜなら、東の大陸から先はラルズカン帝国によって封鎖されているからだ。
その結果、東の大陸にある品物を手に入れようとすると、帝国が提示するべらぼうに高い金額を払うしかない。
(自由な交易ができていないのが問題だ)
そこにこそ、イツキは突破口があると感じている。
「東の品物を見たことはありますか?」
「もちろんです。あまり多くはありませんが」
「これを見て――どう思いますか?」
イツキはインベントリから取り出した武器をテーブルに置いた。
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刀(最上大業物)
特殊効果:なし
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西洋の剣とは異なる、斬ることに重点を置いた武器。
優美なフォルムが人々の心を惹きつける。
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「これは……」
息を呑みながら、クラインが手を伸ばす。
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