第2話 レベル999木工と、レベル999パンチ
ゲームを女性キャラでプレイしている男性は多い。
長時間どっぷりとゲームに入り浸るのだ。むさ苦しい男の鍛え抜かれた背筋を見続けるよりは、かわいくて華やかなものを見ていたい。イツキもその考えに従って女キャラを選択したわけだが、
「やっちまった……」
死ぬほど後悔していた。
男のキャラを選んでおけば、と思ったが、今さら7年前に戻れるはずもない。
そのとき、イツキは意識下にあるアイテム一覧――インベントリにいくつかアイテムが入っていることに気がついた。
女神が言っていたとおり、イツキがゲーム内で持っていた膨大な資産は綺麗さっぱり消えていたが、代わりにいくつか覚えのないアイテムが入っている。
おそらくは女神がくれた初期アイテムだろう。
そのひとつである手鏡を取り出して、イツキはまじまじと覗き込んだ。
「……お」
そこには綺麗な黒髪を胸の辺りまで伸ばした、15歳くらいの若い美少女が映っていた。
顔立ちが整っているのは当然だ。
なぜなら、ゲームのキャラなのだから。キャラエディットでかなり外見はいじれるのだが、意図的に変な顔にしなければ自然と美男美女になるようになっている。
(……ここはネタに走らなくてよかった!)
心からイツキは7年前の自分を褒め称えた。
そして、己の顔を見たらみたで、性別の後悔も薄くなってしまった。
特にモテることもない量産型フツメンだったので、こんな美女になれたのは、それなりに光栄なのかもしれない。
「ま、別にいいか」
あっさりと割り切った。
じっくり考えると、あまり女性になったデメリットはなさそうだ。せいぜい恋愛対象くらいだが、もともと前世のイツキは恋愛に興味がなく、こちらの世界でデビューするつもりもなかった。
ただただ、ゲーマーとしてシャイニング・デスティニー・オンラインを遊び尽くすのみ! なのだ。
そもそも不老なので、ずっと一緒にいられるわけでもない。
(むしろ、そういうことを考えなくていいから気楽か)
ポジティブにとらえて、イツキはこの問題を片付けた。
手鏡をインベントリにしまって歩き出す。
性別の問題が片付いたのなら――
次は己の能力だ。
女神は『レベルもスキルも引き継いでいる』と言っていたが、本当だろうか。
イツキは林をしばらく林を歩き回った。
お目当ての倒木を見つける。かなり昔に倒れたのか、いい感じに水分も飛んでいる。
インベントリから短剣を取り出し、その刃を倒木の幹に突き立てた。刃物を器用に動かして、手のひらに乗るくらいの大きさの木を切り出す。
イツキは生産職の全要素を極めている。
鍛冶、料理、裁縫、彫金などなど。
そのなかには木工も存在する。
『作成:うさぎの置物』
頭の中で自然と発動させるべきものが浮かび、そのまま発動した。
短剣を持つイツキの手が動く。
(……すごい!?)
その熟練したナイフ捌きに、実践している本人であるイツキ自身がびっくりしていた。
とんでもなく素早く、正確に動いていく。
木材はみるみる体積を減らしていく。
さらに恐ろしいことは、イツキの目には見えていることだ。この木材の最終系、どんな感じにウサギが切り出されるのかを。
イツキの手が止まった。
「おおおおおおお」
イツキの左手には、かわいらしい木製のウサギがちょこんと乗っていた。
生産など、シャイニング・デスティニー・オンラインで数えきれないほどにやったが、今日のこれは格別だった。
なぜなら、成果物がデータではないから。
本当の存在感として、手のひらに残っていた。
「おおおおおおおおおおおおおお! わああああああああああああ!」
悲鳴やら歓声やらわからない声をイツキはあげてしまった。
(……やれやれ、女性でよかったかもな……)
男の外見で叫びながらくねくね動いても誰得状態だ。
きっと絵面がマシになったのだ。
イツキはそう思うことにした。
特級木工師であるイツキには作品の査定がすぐわかる。
===================================
通常木材による小さなウサギの置物(最上大業物)
特殊効果:なし
===================================
そこら辺で手に入る木材で作った置物。
餅のようにデフォルメされたウサギのデザインがかわいい。
===================================
『通常木材による小さなウサギの置物(最上大業物)』
末尾は品質を表す尺度で、最上大業物は最高品質を意味する。
ちなみに、イツキが普通に作成すると、あらゆる物品は全て最上大業物になってしまう。なので、これは見慣れた接尾語だった。
「よしよし、生産職は本当にカンストなんだな」
かなり心が落ち着いた。
女神はレベルとスキルを保証していたが、やはり自分で確認できるまでは安心できない。
イツキは短剣とウサギの置物をインベントリにしまった。
「じゃあ、次は自分の強さか……」
どうやって強さを測ればいいのか――
悩む必要はなかった。
ざしっざしっ、と土を踏みながら大きな生物が近づいてくる。
「ギギギ、ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」
威圧の声がした。
慌ててそちらに目を向けると、醜悪な顔をした子供が立っていた。粗末な服を着て、右手に切れ味の鈍そうな短剣を持っている。
ゴブリン――見た瞬間、イツキの頭に名前が浮かぶ。
近づかれるまで気づかなかったのはイツキのうっかりだった。イツキの強さなら、もっと早く気配の接近に気づけたのだが。単純に、異世界転生ハイになって緊張感を欠いていたのだ。
そして――
さらに場違いなことを思ってしまう。
(うおおおおおおお! ゴブリン! マジでゲームと同じ感じだ!)
おそらく個体差があるのか、微妙に違うのは事実だが、大筋で一緒だった。
初心者の頃、よくお世話になっていた弱小モンスター。
瞳孔のない黄色の目玉を光らせて、キイイイヤアアア! と耳障りな声を張り上げてゴブリンが襲いかかってきた。
鈍いナイフを振り上げて襲いかか――
余裕でイツキの身体が反応する。
ナイフの一撃をさっとかわし、カウンター気味にその顔面をぶん殴る。
ゴッパアアアアン!
風船が破裂するような音。ゴブリンの小さな身体が大きく後ろへと吹っ飛んだ。それは背後にある木に激突、そのまま根元へとずるずる腰を落とす。
「おや……?」
ゴブリンの身体から頭部が消し飛んでいた。
思い当たる原因はひとつしかない。
イツキが全力でぶん殴ったから?
「お、お、お、おおおおおおおお……」
己の肉体に宿る破壊力にイツキは驚愕した。
生産職はしょせん生産職。攻撃力は前衛職に比べて大きく劣る。ゲームでのイツキは、足りない攻撃力を高性能な自作装備で補う形で戦っていた。
だけど、今は素手。
それでも、レベル999は999。腐っても999なのだ。
鍛え抜かれた攻撃力は雑魚のゴブリンすらも一撃で吹き飛ばす。
「わは、わははははははは……」
充分に強いのだろう。
そう簡単にゴブリンの頭をワンパンで塵にはできないはずだ。
そのときだった。
遠くから駆けつけてくる足音が近づいてくる。
「そこの君、大丈夫か!」
そんな人間の言葉とともに。
逃げようかとも思ったが、どうやらイツキを心配してくているらしい。敵意がないのなら少し話をしてもいいかもと思い、イツキは動かなかった。
男女女の3人組がみるみる近づいてくる。
どうやら冒険者のようだ。
男は見るからに戦士風で鍛え抜かれた短髪の男、残りは軽装の革鎧に身をを積んでいるので斥候の女、もうひとりは魔術師風の杖を持った女だ。
男がイツキの元までやってきた。
「騒がしい音がしたので慌ててきたんだけど、大丈夫かい?」
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