生産職を極めた転生ゲーマーのモノづくり放浪記
三船十矢
第1話 レベル999到達からの、異世界トラベル
大人気ネットゲーム『シャイニング・デスティニー・オンライン』――
いわゆる王道も王道、ど直球のファンタジーを舞台としたMMORPGだ。
当初は名もなきベンチャー企業が作り出した泡沫タイトルだったが、美しく広大な世界と底知れないほどのコンテンツ量でプレイヤたちをあっという間に増やしていった。
本当に、膨大な量の――
だが、ついに
『ユニークオブジェクト/至極の塔が完成しました』
「よし」
ディスプレイに映し出されたメッセージを見て、彼は小さくつぶやいた。至極の塔とはリアル時間において2年もかけて、彼がゲーム内で作り上げた塔だ。
今、彼が苦楽をともにしたキャラクターの立っている場所こそが、その塔の頂上。
はるかに高い塔の向こう側には、彼が駆け抜けたシャイニング・デスティニー・オンラインの遠景がずっと広がっている。
世界でたったひとつしか作れないオブジェクト。
それを作り上げることは生産職の頂点を意味する。
なぜなら――
メッセージが流れる。
『最難関クエスト『至極の塔の作成』をクリアしました。あなたのレベルが999に上がりました』
レベル999になる条件がこれだからだ。
サービス開始から7年、ついに目標を達成した。
レベルカンスト。
夜中でなければ、きっと彼は大声で叫んでいただろう。安普請の狭いマンション住まいなのが残念だ。
「はははは……」
小さく笑う。心は充足感で満たされていた。
大学生の頃から初めて――のめり込んで廃人のようにやりまくった。おかげで、成績は急落、わりと留年が冗談ではない状況だった。就職してからも仕事以外の時間は――睡眠時間すらも含めてシャイニング・デスティニー・オンラインにつぎ込んだ。
その苦労が、ようやくひとつのゴールにたどり着いたのだ。
(……ゴール?)
彼は首を振った。
これは終わりを意味しない。こんなところで終わるつもりはない。これは通過点にしかすぎない。まだまだ進めるべきコンテンツは山ほどある。
終わったと感じることなど、あろうはずもない。
そんなときだった。
ゲーム内のメールボックス・アイコンが反応した。
(メールか……誰だ?)
カンストに気づいたフレンドのお祝いかと思ったが、彼がオンラインである以上、普通は個人向けのチャットを使って話しかけてくると思うのだが。
開けてみると、
(運営!?)
運営からのメールだった。
『イツキ様、おめでとうございます。
あなた様の偉大なる足跡に心からの拍手を送ります。また、本ゲームを愛していただき、開発陣も心から喜んでおります。
さて、
あなた様の人生そのものを、シャイニング・デスティニー・オンラインのものにしてみませんか? きっとそこには今以上の胸躍る冒険の日々があることでしょう。
これは文字どおりの提案となります。
よく検討し、下の『はい』『いいえ』を選択してください。
本当にじっくり、後悔なき検討をお願いいたします。
選択は一回のみで、やり直しはききませんので』
一読して、彼の胸は再び踊った。
「へえ」
どうやら、特別のゲームを用意してくれているらしい。
もちろん、そんなもの、受諾以外の答えはない。遊び尽くさせろ。それだけだ。
だが、気になる部分もある。
「『これは文字どおりの提案となります』――どういう意味だ?」
ディスプレイの該当部分を指差しながら、つぶやく。
前後の文面から、ぶつりと切れているかのような、無理やり付け足した感じのような、妙な違和感がある。
(……文字どおり?)
妙なしつこさに引っかかりを覚えたが、彼は深く考えなかった。人生の1/4ほども燃焼させた大好きなゲームの、自分だけのモードなのだ――
そんなものを提示されて『いいえ』を選ぶ判断などありえない。
(……答えなんて、聞くまでもなくわかってるだろ、運営!)
彼は『はい』をクリックした。
瞬間――
彼の頭から思考が消え、力を失った身体が勢いよく机に突っ伏した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……なんだ、ここは? 夢?」
気がつくと、真っ白な空間に彼は漂っていた。
何者かの声が問いに答えた。
――いいえ、夢ではありません。
ばちり。
まるで電気が走ったかのような音がして、彼の前に女神が現れた。
女神。
そう、女神としか表現できないドレスを着た美しい女がそこに立っていた。
「……あんたは?」
「シャイニング・デスティニー・オンラインの運営を司る一人と申しておきましょう。便宜的には運命の女神とお呼びください。あなた様のご意志は確かに受諾しました。決定に従い、新たなる地にご案内いたします」
「……あー……」
彼は額に手を当てる。考えがまとまらない。
「ええと……ちょっと想像の斜め上を言っているんだが、新たなる地ってのはVRMMOなのか?」
VRMMO――ゲームの世界に
「いいえ。技術的な課題が多く。いつかシャイニング・デスティニー・オンラインもそうなればいいと思いますね」
女神があっさりと否定する。
確かに、VRMMOはアニメの世界の話だ。今のところ、その技術は現実に存在しない。シャイニング・デスティニー・オンラインは普通のテレビゲームで、ディスプレイで遊ぶものだ。
女神の説明は理にかなっていた。
だが、だからこそ彼の混乱は深まる。
「じゃあ、俺は今、どこにいるんだ?」
「仮想現実ではなく――現実です」
「……は?」
「わたしたちは仮想の世界を作り出す術を持ちません。なので、現実の世界にあなた様をお連れします。『シャイニング・デスティニー・オンライン』の世界そのものに」
「……は?」
「理解が追いつきませんか? では、そちらの世界の言葉でわかりやすく言うなら『廃ゲーマーがゲームの世界に転生した件』――で、どうですか?」
「ふむ」
ネット小説でそういう分野があるのは彼も知っている。ゲームをしながらアニメを流し見するのは彼も普通にやる。なので、その辺のリテラシーはある。
「……可能なのか?」
「はい」
女神が質問を投げかけた。
「ただ、残念ながら魂がひとつしかありません。あちらの世界の『あなた様』はお亡くなりになられましたが、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけあるかー!」
彼は全力で突っ込んだ。
(死んだけど、大丈夫? って質問してくるとかサイコパスか!)
「死んだのか?」
「はい。案内状にはその旨、書いていたはずですが……?」
「わかりにくいわ! 死ぬってはっきり書いてくれ!」
行間に挟まっている意味が深刻すぎた。
「文面に問題があったようですね……申し訳ありません。関係者に伝えておきます。では、選択を後悔していますか?」
「後悔は――」
少しだけ自分に問うて、彼は断言した。
「ないな」
例え、そう案内されていても同じ選択だっただろう。
筋金入りのシャイニング・デスティニー・オンライン中毒者なのだから。
シャイニング・デスティニー・オンラインの世界に行ける? このまま社畜として働きながら老いて死ぬだけの人生が駄賃なら惜しくはない。
両親もすでに他界し、兄弟もいない。
望んだ先の世界で、真っ白に燃え尽きることにためらいはない。
「……ところで、後悔があると言ったら、戻れるのか?」
「もちろん、戻れませんよ?」
「デリカシーがない質問だなあ!」
「それでは、あなた様の転生を執り行いましょう」
女神が右手を俺に差し向ける。
その瞬間、彼の足元に白い魔法陣が出現した。
「さて、それでは異世界への門を開きます。つきましては、転生に関する諸情報をお伝えいたします。まず、あなた様はゲームのキャラとして転生します。あなたがメイクし、育てたキャラとなります。名前はそのまま、イツキ様。アイテムと金銭は全てロストしますが、レベルとスキルは全て持ち越すことができます」
彼は胸がかっと熱くなるのを感じた。
レベル999、最強に至ったステータスを持ち越せるなんて!
「また、本質はゲームのキャラですので老いることがありません。これは悪くない話ですが、定住となると欠点でもあります。周りの人間は老いていきますから――あなたの異常がバレます」
「……不死ではない、という解釈で大丈夫か?」
「はい。重傷を負えば普通に死にします。ここはゲームと違いますね。死ねばホームポイントに戻ることはありません」
「わかった」
「概要としてはそれくらいです。他の情報はあなたの無意識に滑り込ませておきます。必要なときに気づくことができるでしょう」
彼の足元の魔法陣が輝きを増した。
「さて、出発の時間です。よい旅を。あなた様の愛するシャイニング・デスティニー・オンラインの世界を存分にお楽しみください。
ひとつだけ、お忘れなきよう。
あなたの力はあちらの世界における圧倒的な規格外です。その力をどう振るうか常に考えてください。あなたの作り出す波紋はとても大きい。ともすれば世界をあなたの色に染めてしまうことも、世界そのものを壊してしまうこともできる。そのことを胸に刻んでおいてください――」
彼の世界が真っ白に染まった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ううん……」
イツキは目を覚ました。
「ここは?」
目を覚まして、身を起こす。
そこは木々の立ち並ぶ森――というほど深くはないが。林だろうか。木の間からこぼれる昼の太陽が目にまぶしい。
手の下に確かな地面があり、指の間に湿った草がからみ、何やら山で吸うような冷たい空気を感じる。
確かなリアルが、そこにあった。
「ここが、シャイニング・デスティニー・オンラインの世界か……」
夢にまで見た、という表現は過分ではない。
本当に夢見た世界だ。
(……とはいえ、ただの林じゃな……)
静かな充足感までだった。
やはり、これでこそシャイニング・デスティニー・オンライン! という懐かしの場所にたどり着かなければ感動も足りない。
(それは、今後の楽しみってやつか)
何せ不老らしい。時間は掃いて捨てるほどあるのだから。
イツキは立ち上がった。
そのとき、ふと――
胸元に違和感を覚えた。
何かが重い。
そこに手を当てると、前世には存在しなかった弾力があった。
「ああ……」
頭痛を覚えながら、イツキは言葉を吐き出した。
「しまった、女キャラでやってたんだわ……」
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