第21話 ときには息抜きも必要
「お待たせ、イツキ」
「あ、大丈夫ですよ、そんなに待っていません」
街角の待ち合わせ場所で、イツキとリティアは合流した。リッツーは、あとでロゼの家で合流する予定だ。
「デートを楽しんでおいでよー」
「デートじゃありません」
リッツーの冗談をイツキはぴしゃりと跳ね除けたが――
(よく会っているのになあ……)
なんとなく気恥ずかしい。
ルフェイン楽堂に向かうときも、よく待ち合わせしていたのに、なぜか今回はこそばゆい感じがする。
プライベートでの初お出かけだからだろう。
そもそも着ている服がいつもと違う。この後、豪邸らしいロゼの家にまで向かうのだ。イツキもリティアもいつもより上質な服を着ていた。
「なんだか、新鮮というか……気恥ずかしいねえ……」
リティアが苦笑まじりにつぶやく。どうやら、彼女も同じ心情らしい。
「わたしも同じ気分です」
「お昼の時間だけど、どうするの?」
「まずはご飯を食べましょう」
レストランへと向かう。
ロゼから紹介された店だけあって、店内の内装は洗練されていて、店員もよく教育されている。そこで二人は鶏肉をワインで蒸した料理や、スープ、新鮮なサラダを食べた。
「……ふむ、さすがミューレの名店。美味しいですね」
「うん、美味しい」
そこで小声でこそこそリティアがささやく。
「あの、本当におごってもらって大丈夫なの?」
「問題ありません」
本当に問題なかった。
なぜなら、イツキは金を持っているから。
ロゼからもらった特別ボーナスや、クロイツェル立ち上げ時の報酬見直しのおかげでイツキの財力は潤っている。
ロゼから紹介された店なので、わりとすさまじく高い。この2人ぶんのランチだけで金貨1枚は必要だが、イツキなら問題なく払える。
逆に、リティアには余裕がない。彼女は演奏だけで食っていける成功者ではないので、日雇い労働を掛け持ちして生活していることを、イツキは知っている。
「ちゃんと、出世払いの料金につけておきますから」
イツキがそう言うと、リティアが笑った。
「そっか。じゃ、遠慮しなくていいね」
それでいい、とイツキは思った。奢った奢られたという関係は上下関係になる。リティアとは対等な関係でいたかった。
食事が終わった後、イツキはリティアを連れて近くの音楽ホールへと向かった。
「これから、フラウベン交響楽団の演奏会を聞く予定です」
「えええええ!? フラウベン交響楽団!? 超一流じゃないの!? よくチケット取れたね!?」
「ロゼさんから貰い物なんですよ。なので、お代も無料です」
どれくらい超一流かと言うと、コネパワーがなければチケットが取れないくらいの大人気楽団だ。イツキもずっと狙っていたがいつも取得できなかった。
(というか、さらっと持ち出してくるロゼがすごすぎなんだよなー)
さすがは一流音楽家の上顧客をたくさん持つだけある。
演奏が始まると、リティアは食い入るような目をステージ上の楽団に向ける。その表情に、超一流楽団の音色に聞き惚れようとする甘さはなかった。最高の技術を少しでも盗めないか――そう覚悟した鋭さだけがあった。
(……うん、職人の目だな)
同じ技術を極めんとするものなので、共感できる。
(ま、こっちは100%趣味なので)
イツキは超一流楽団の音色に、ほわーんと聞き惚れた。
(門外漢だと、頭からっぽにして気楽に楽しめるって、いいよねー、ふはははー)
極上の時間が、あっという間に過ぎ去った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「こ、これは……」
ロゼの屋敷を見上げてイツキは絶句した。リッツーが豪邸と表現するのも無理はない――というか、とても適切だった。
(ていうか、ここ、ロゼの家だったのか!?)
ミューレの一等地にある庭付きの大きな屋敷だ、とても目立つので「どんな人が住んでいるんだろう?」とイツキは思いつつ通り過ぎていたのだが、実は知り合いだった。
(ルフェイン楽堂、儲かりすぎじゃない?)
二人はおどおどした様子で屋敷へと入っていく。
「いらっしゃいませ、ロゼ様から話は伺っております」
現れた執事に案内された部屋は客間で、そこにリッツーが座っていた。彼女もまた、いつもの作業着のような服ではなく、若い女性らしい華やかな服を着ている。
「おやおや、いらっしゃい。どうだった?」
「もちろん、楽しかったですよ?」
そんなふうに時間を過ごしていると、客間にロゼが入ってきた。ロゼは店でもビシッとした服装なので、印象はいつもと変わらない。
「いらっしゃい、今日はゆっくりしていってね」
「本日はお招きいただきありがとうございます!」
リティアが立ち上がり、びしっとお辞儀をする。
(ある意味で、業界のドン的な感じだもんなあ……睨まれたらミューレで生活できそうもないし、そりゃ固くもなるよな)
それから食堂へと移り、食事会が始まった。
大きなテーブルに4人が座り、歓談しつつ食事を堪能する。
(うはー)
昼のレストランで食べた料理も大概高級だったが、これはさらにランクが上だった。
(これ絶対、支払ったら大金貨がいるやつ!)
前世で言うところの、フランス料理のフルコースみたいな感じだ。
大きな皿の上にちょこんとおしゃれな感じの肉や野菜が並んでいる感じだ。
食べてみると抜群に――
(うんまー)
自分の目にハートマークが浮かんでいてもおかしくないとイツキは思った。
「すごく美味しいです!」
どうやら、うんまー、という言葉は所作アシストによると上品な言葉に訂正されるらしい。
ロゼが目を細める。
「それは良かったわ」
「毎日こんなに美味しいものを食べているんですか?」
「まさか。大切な来客があったときだけよ。未来の素晴らしい大職人と大演奏家の接待だから気合も入るわ」
リッツーが手を挙げる。
「あ、あの! 素晴らしい大職人に私は入っていますか!?」
「もちろんよ、心配しないで」
くすくすと笑うロゼに、リティアが話しかける。
「未来の大演奏家だなんて、恥ずかしいです」
「そうかしら? これはお世辞でも何でもないんだけどね」
「……え?」
「わたしはあなたが思う以上にあなたの才能を買っているわ。商売人ってね、冷たいものよ。価値がないとわかれば、すぐに見切りをつけちゃうからね」
その言葉は、どうやらリティアの救いになったようだった。すっと背筋が伸び、顔つきが真剣になる。
「だから、自分に自信を持ちなさい」
「は、はい!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
楽しい食事会が終わった。
美味しいワイン(きっと高い)をパカパカと飲んだためにリッツーとリティアはヘロヘロに酔っ払っていた。
「あなたは、あんまり変わってないわね?」
「あんまり飲んでないからですかね?」
「ええ? 飲んでたでしょ?」
バレたか、と内心でイツキは舌を出した。
どうやらレベル999の抵抗力がすごすぎて、酔うという状態異常を緩和してしまうらしい。酒による高揚感はあるのだが、ふらふらクラクラする感じは全くない。
前にウォルたちと飲んだときに酔っていたが、あれは転生したてで前世の感覚に引っ張られたからだろう。今は年数が経ったので、体の通りの性能になっている。
「ロゼさんも、あまり酔っていませんね?」
「わたしは正真正銘お酒を飲んでいないからね」
その言葉に嘘はなかった。ロゼはたまに口をつけるだけでほとんど飲んでいなかった。
執事がロゼに近づく。
「ロゼ様、次の会食のお時間が迫っております」
「え、次……!?」
驚くイツキにロゼは不敵に笑ってみせた。
「名店のオーナーは忙しいものなのよ」
食堂を出て行きながら、ロゼが言葉を続ける。
「今日は泊まりでしょ? 風呂も用意しておいたから、ゆっくりつかって疲れを取りなさい。裸の付き合いというのも、お互いを知るのにはいいかもね?」
「は、裸?」
イツキがそう言うと、がしっがしっとイツキの右腕と左腕に2人の人間が抱きついた。
「いくよー、イツキちゃーん、お風呂!」
「今日はいっぱい歩いて疲れた……」
「え、え、えええええええ!?」
酔っ払い2人に運ばれ、イツキは風呂場へと連行されてしまった。
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